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憂鬱な13No.s  作者: EBIFURAI9
【第二章】正義の在処
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浪人者の話

 翌日、私とイハナは町へ降りた。セレイアさんが摂取せっしゅする血液を買いに行くためだ。

 セレイアさんを守るために、アリエッタは城に残っている。アリエッタから離れるのは不安なのだが、だからと言ってイハナを一人で行かせるわけにはいかない。姉妹のどちらも狙われていると分かった以上、こういう形でしか外には出られない。

 アリエッタは戦うよりも身を守る事に魔法を使う方が向いているので、城に残る方を任せた。万が一外で戦闘になったら、体力の無いアリエッタに勝算は無い。どれだけ魔法に精通していても、彼女はただの子供なのだから。


 イハナが操る犬車は、診療所の前で停まった。見たところ小さい一軒家だが、イハナによると、この町唯一の診療所らしい。


「では、買って来るので少し待っていてほしいっす」

「承知いたしました」


 イハナが御者台から降りて、診療所の中に消えていく。


 私はぼんやりと空を仰いだ。

 雲一つない青天。きっと今日は、生身の人間には寒い一日だろう。そんな事を考える。


 視線を少し下に下げると、丘の上に立つ真新しい城が目に入った。この町の権限と、セレイアさんの命を狙う、アンデレトワ商会の拠点だ。


「あれに攻め入って、皆殺しにできたら楽なのに――」


 つい、そんな事を思ってしまう。

 きっとそんな事をしたら、イハナは私を嫌うだろう。私の事を正義の味方みたいに言う彼女が、私の本性を知ったら、幻滅するのは間違いない。

 その事に対して、私が思う事は特にない。仕方のないことだし、どうでもいい事だ。

 だが、アリエッタはそうは思っていないようで、なるべくイハナやセレイアさんに体裁の良い形で、この事態を収めたがっている様だ。

 そういう所が、私とアリエッタの違う所だろう。私は彼女以外の人間に何を思われようとどうでもいいが、アリエッタは人の印象を気にしている様だ。他人をどうでも良く思っているのは同じだが、親しい人には好かれたいらしい。

 そんな人間らしさが、アリエッタにまだちゃんとある事が分かって、正直私はホッとしている。

 ……結局私は、彼女に何を求めているのだろう。

 彼女の悪性に救いを求めているのに、私は彼女が悪辣な行為に走る事を恐れている。それは大きな矛盾だ。

 なるほど。そう考えると、おかしいのはアリエッタではなく、私の方なのか。


 ズレているのは、私………………


「あれー? どっかで見た事あると思ったら、この間の――」


 声がして、慌てて視線を道に移した。警戒のために張っていた生体感知で、人が近づいてくるのは分かっていたが、声をかけてくるとは思わなかった。せいぜい町の通行人だと思ったのだが――


 視線を移した先に、見覚えのある女が立っていた。


「よっす!」


 そんな風に気安くあいさつしてきたのは、先日さらわれたアリエッタとイハナを助けた女だった。列車を襲った暗殺者たちを始末してくれたものの、助けた人質を自ら巻き添えにして殺そうとした、わけの分からない女だ。

 着ている服は、男装に近い動きやすさ重視の旅装で、腰に巻いた赤い和柄の布が特徴的だった。髪は黒く、その顔つきは見るからに日系人だ。この世界にも、日本みたいな国が在るらしい。


「貴女は、この前の……」

「おっ、覚えててくれたんだ。いいねいいねー。んじゃさ、私と戦ってくれない?」

「はっ?」


 何の脈絡もない突飛な頼みに、私は素で反応してしまう。私が言うのもアレだが、この女はキレている。


「いやさ、アンタこの前、私の斬撃を弾き返したじゃん? あんなの、そうそうできる事じゃないんだよねー。見えないやいばとの距離を測った上に、それを素手で弾くなんてさ。

 私はね、そういう無茶苦茶な奴と戦うのが大好きなんだよね。そういう奴と殺し合いたくて、たまんないんだ」


 嬉々としてそう語る女の瞳は、濁っていた。表情に反して感情の見えない瞳。それはきっと、私が生身であったならしていたであろう瞳。アリエッタと同じ、人殺しの目だった。


「……貴女は何者なんですか?」


 私の問いに、陽気な態度で女は答えた。


「シエル・ベテチカ。傭兵だよー」


 ……傭兵。雇われて戦う戦士という事か。ならば、私達と同じ目をしていても不思議はないのだろうか? 同類の匂いか。やはり私にはよく分からない。


生憎あいにくと、私は主の言いつけ以外で戦う事はしませんので。他をあたってください」


 私が冷たくそう言うと、


「そっか、残念だなー」


 そんな風に言って、シエルはあっさり引き下がった。問答無用で襲ってくると思っていただけに、意外だ。狂った言動のわりには、弁えている様だ。


「しばらくこの辺に居るからさ、気が向いたら探してよ。それじゃあ、まったねー」


 陽気な態度で手をプラプラと振りながら、シエルは去って行った。どうも、彼女は嫌な感じだ。未知の危険を感じさせながらも、どこか知っている感覚があって、それが私を苛立たせる。


「……何なんだ、あいつ」


 普段の仮面を捨てて素に戻ってしまう程、私はシエルが嫌いになった。


「どうしたんすか? ミューさん」


 声をかけられて、我に返る。見ると、イハナが紙袋を抱えて立っていた。買い物は終えたらしい。


「いえ、何でもないですよ」


 イハナにそう言って再び道に視線を向けると、もうそこにシエルは居なかった。



          ◇



 ルーン・アンデレトワは不機嫌だった。

 雇っている暗殺組織の度重たびかさなる失敗に、うんざりしていたのだ。大金を払っているだけに、その苛立ちは収まる事が無い。


 ルーンは大商家の次男坊として生まれ、商人の何たるかを叩きこまれて育った男であった。それだけに、金勘定にはうるさい。安く買って高く売る。報酬を払った分の仕事はきっちりさせる。そうして成功を収めてきた。そこに例外は一切なく、たとえ雇った相手が王族すら恐れる暗殺組織の頭目であったとしても変わりはない。


 ルーンの前には、暗殺組織「ナプテンティコ」の幹部たち五人が頭を下げて並んでいた。その中心に立つ年若いリーダーが口を開いた。


「本当に申し訳ございません。次こそは、必ず――」


 言葉を遮るように、ルーンは力任せに机を叩く。


「次はえ! 二度だぞ? 二度も失敗して、次とかふざけてんのか? お前らにいくら使ったと思っているんだ! たかが女一人に負けて帰ってくるとはどういう事だ!」


「……返す言葉もございません」


「ったりめえだ! ……まあ良い。殺しに関しては、別の人間を雇った。お前らは、そいつの補助に回れ」


 ルーンがそう怒鳴った途端、部屋の扉が開いた。武装した私兵の一人が、伝言を伝えに来たのだ。私兵は一礼して中に入ると、ルーンに告げた。


「ベテチカと名乗る女が訪ねて来ましたが、どうなさいますか?」

「通せ。そいつが雇った傭兵だ」


 ルーンの指示に私兵は黙って頭を下げ、部屋を出て行った。


 ルーンは暗殺者たちに向き直って、わらった。


「来たぜ。裏世界で活動するなら、お前らも聞いた事くらいはあるだろう?」

「ベテチカ……あの"召喚狩り"が? しかし、女とは――」


 不可解だと言いたげな表情をする暗殺者のリーダーとは対照的に、ルーンはただただ愉快そうに語る。


「あまり知られちゃいないが、"召喚狩り"は女だ。見た目は成人してるかも怪しい小娘だがな、腕は噂通り――いや、それ以上だろう。冒険者ギルドの頭組かしらぐみすら手を焼く『災禍級』の魔獣を、奴が一瞬で仕留めたのを、俺は間近で見た事がある」


「そんな怪物が……いえ。女一人を殺すのに、そんな人間を呼んだのですか?」


「てめえらが、いつまで経ってもセレイアを殺せないからだろうがっ!」


 リーダーの言葉に、ルーンは激怒した。


「お前らが言う"腕の立つ女"とやらも、セレイアごと殺してやるさ。"召喚狩り"に勝てる奴なんざ、この世に居るわけがねえんだからな。お前らは囮役だ、いいな!」


 ルーンが言い終わるのと同時に、部屋の扉が再び開いた。さっきの私兵が少女を後ろに連れていた。私兵は少女を部屋へ通して、扉を閉める。


「相変わらず、怒りっぽいな、アンタ」


 入って来た少女は、馴れ馴れしい態度でルーンに話しかける。その姿を見て、暗殺者のリーダーが声を上げた。


「お前はっ!」

「あん? どっかで会った事ある?」


 とぼけた様子の少女に、リーダーは声を荒げた。


「ふざけるなっ! 俺たちの犬車を襲って、俺の仲間を殺したのはお前だろう!」


 リーダーの言葉に、ルーンは額を押さえた。


「んだよ、お前だったのか、シエル」


「ははー、そんな事もあったねえ。あの時は気まぐれに殺したかっただけなんだけどねー……まあ、あの時はまだ雇われてなかったし、関係ないよね?」


 悪びれる様子もなく陽気に笑う少女の言葉に、暗殺者のリーダーは戦慄した。暗殺者と言っても、それはあくまで仕事であって、彼らは殺人嗜好しこう者という訳ではない。狂人である少女とは、理解をへだてる壁があった。


「きっちり仕事をこなしてくれるのなら、不問にする」


 少女の言葉に、ルーンは素っ気なくそんな風に答えた。ルーンにとって、暗殺者たちの怨恨えんこんなどはどうでもいい事だった。彼らは金で雇っただけの、手駒に過ぎないのだから。


 暗殺組織の幹部たちは、歯を食いしばってその仕打ちに耐えた。彼らの頭目がそれに異を唱えない限り動くことはなく、リーダーは自分達がそういう扱いをされるにしかるべき"犬"である事を弁えていた。

 暗殺者のリーダーは、ただ黙って少女を睨みつけていた。


「そう怖い顔すんなって。これからはお仲間でしょ?」


 対照的に、少女は馴れ馴れしく暗殺者たちに笑いかけた。その態度に、罪悪感など皆無だ。


「で、今度は"何"を殺してほしいのかな?」


 少女の問いに、ルーンは勝利を確信したように笑って、


「吸血鬼だ」


 と答えた。

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