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憂鬱な13No.s  作者: EBIFURAI9
プロローグ
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異世界の話

 その日から、私は少女の人形となった。


 人形になった事を、不思議と悲しむような気持ちは無かった。むしろ、人でなくなった事に対して気分が良い事すらあって、そんな時やっぱり自分はどうかしているのだなと感じた。


 何度か親子の会話を聞くうちに、少女の名がアリエッタだというのが分かった。


 アリエッタは私を友人か、妹のように扱って接してくれた。言葉は分からないけれど、とても大切にされているという実感があった。彼女といる時間は、なんだか好きだった。

 昼間アリエッタが居ない間、私は彼女の父親の工房で、自分の胴体らしきものが造られていくのを観察して過ごした。その時間はひどく退屈だったけれど、アリエッタが帰ってくるのを待つのは嫌いじゃなかった。

 アリエッタが帰ってくると、私は彼女に抱かれて過ごす。彼女が勉強するときも、食事をするときも常に一緒だった。感触は無いけれど、心が伝わるとでもいうのだろうか。こうしている時間はとにかく落ち着いた。


 私が言葉を解せるというのは伝わっているようで、アリエッタは時間を割いて私に言葉を教えてくれた。彼女の教え方はとても適確で、かつ効果的だった。この家へ来て、三日も経たずに簡単な会話ができるようになってしまったのだ。意思の疎通が不可能な状態から、それだけの教育を私に施せる手腕に、ただただ感心した。


 アリエッタは中学生くらいの年齢のようだが、見た目以上に大人びていて、しっかりした女の子だった。母親の居ないらしいこの家庭では、アリエッタが家事のいっさいを処理していた。時おり父親の人形造りを手伝う姿も見られ、私はそんな何でもできてしまう彼女が大好きになった。



 ここに来てから一週間ほど経った、ある日の昼下がり。

 アリエッタの膝の上で、彼女の父親オルコットの作業を見ていた。退屈だった訳では無いが、静かだったのでアリエッタに話を振った。


「アリエッタ、おしえて、ください。ここは、なんという、くに?」

 私はぎこちない言葉で、ふと沸いた疑問をアリエッタに尋ねた。


 アリエッタはにこにことした笑顔を私に向けて答えた。


「リアチーヌだよ。それで、この町はアインツール。リアチーヌ国のアインツール」


 聞いた事のない地名だった。


「色々と、話せるようになってきたね」

 オルコットが作業台に向かったまま言った。


「アリエッタが、おしえて、くれています。彼女は、教えるのが、うまい」


 私がそう答えると、アリエッタは照れくさそうに笑って「ありがとう」と私に言った。


「ミューも覚えるのが上手よ」


 そう言ってアリエッタは私を抱きしめた。


 ミューとはこの世界での私の名前だ。元の名前の頭文字のМから取ったものである。生まれ変わったという認識を自分自身に持たせるつもりで、名乗るときに考えた名前だった。


「ふふっ、二人はすっかり仲良しだな」


 オルコットは作業の手を止めて私たちを見た。


「――しかし、地名を聞いても、ミューはピンと来ないだろう」

「はい」

 オルコットの言葉を、私は肯定する。


「そうだろうね。君は■■された身だからね」

「……■■?」


「■■というのは、えっと……魔法で異なる世界から呼び寄せたりする事を言うのよ」

 聞き慣れない単語に私が固まっていると、アリエッタが補足を入れてくれた。最近はこんなやり取りが多い。


 ■■というのは、召喚とかそんな意味合いの言葉らしい。


「つまり、この世界は、わたしのすんでいた世界と、ちがうばしょ、なんですね」


 私の解釈に、そうだとオルコットは頷いた。


「異界という認識で合っているよ。――自律人形を造るとき、その動きを命令する頭脳のような部分に魔法を使うんだがね。君を造る際に、その魔法の手法をちょっとだけ変えてみたんだ。そうしたら召喚魔法が発動してしまって、君をこの世界へと引きずり込んでしまったようなんだ」


 なんとなく察していたが、ここは私の知る世界とは別物らしい。話す人形を見て恐怖しないこの二人の態度や、魔法という単語が日常的に飛び交っているのを聞いて、そんなところだろうとは思っていた。だからと言う訳でもないが、今更驚くような事はしなかった。人形になった時点で不思議はお腹一杯だ。


「……だから、君には申し訳なく思っているんだ。君を無理やり召喚して、そんな姿にしてしまったことを怒っているんじゃないかとね。……君は落ち着いているから大丈夫だろうと、気にしないようにしていたが、やはり良くないな。すまなかった」


 オルコットは椅子を回して私を正面に見据えると、謝罪した。瞳を動かしてアリエッタの方を見ると、彼女は不安そうな表情で成り行きを見守っていた。


 やれやれ。今更こんな気遣い、私には意味がないというのに。


「オルコット、貴方が気にする事は、なにもない。わたしは、元々死んでいた。あなたは、わたしをよみがえらせてくれたのです。感謝こそしても、憎むことはない。ありがとう」


 やや本心ではなかったが、どうせ完全に死にきれないのなら生きている方がいい。

 人形として生まれ、少女のオモチャになる。そういう生き方ならば、罪深い人間で居るよりまだ楽しい方だ。

 私がそう言うと、険しかったオルコットの表情が和らいだ。アリエッタも大きく息を吐いたのが、体の動きで伝わってきた。


「作業にもどって、オルコット。わたしの体を、よろしく、おねがいします」

「ああ、分かった」


 オルコットはしっかりと頷いて、作業台に向き直った。


 また邪魔する流れになっては申し訳ないと思い、黙って作業風景を見つめていたら、今度はアリエッタが声をかけてきた。


「ミューは、人形になる前は幽霊だったの?」


 それは気を遣ってか、少しだけ遠慮がちな問い方だった。


「はい、そんなようなものです。わたしは、前にすんでいた世界で、死んだあと、無の中をただよっていたのです。オルコットに、呼ばれるまでずっと」


「無? 無って、どんな場所?」


「何もない、ばしょですよ。ややこしい、ですが、無いという事だけが在るばしょ、ですかね」


 案の定、アリエッタは顔をしかめる。


「よく分からないわ……あなた以外に人は居たの?」


「いいえ、居ませんよ。何も無いし、誰も居ない、そういう所でした」


「……そんなところに居て、寂しくはなかったの?」


「いいえ。静かで、とても居心地のよい、ばしょでした」


「ミューは、独りのほうが好きなのね」


 アリエッタはほんの少しだけ寂しそうな色を、その表情の中に見せた。そんな顔を私に向けてくれるのは、なんだか嬉しい。アリエッタは私を奇怪な人形ではなく、一つの命と見なして接してくれている。それは私にとっては重荷で在り、同時に飢えて欲している物でもあった。ひどい矛盾だ。

 だが、要は人との繋がりだ。家族とか友人、そう言ったものを他人に奪われて以来、私は無意識にそれを欲していた様だ。見せかけだけでない信頼とか友好とかをである。それを与えてくれる存在は今のところ、アリエッタとオルコットだけ。それが私の一方通行な気持ちでない事を願いたい。


「わたしは、貴女といる方が、好きですよ、アリエッタ。貴女は、どうですか?」


「もちろん私もよ。ミューは家族だもの」


 アリエッタはぱっと顔を明るくして、私を抱きしめた。


 文化が違うからかもしれないが、アリエッタは歳に対して、まだ多分に純粋さを残している子供だった。これがオルコットの育て方の賜物だというのなら、ただただ感心するばかりだ。


「ありがとう、アリエッタ。わたしは、貴女にあえて、しあわせだ」


 外面で表現できないからこそ、私は思いを最大限に声へと乗せた。


 どんな因果であれ、私がこの親子の元へたどり着いた事は幸運だったと思う。この少女に抱かれているうちは、私は幸せなお人形で居られる。それは人間で在る事を嫌った私にとって、何よりも救いになる形だった。


「よし、できたぞ。アリエッタ、ミューをこっちに」


 作業が終わったらしく、オルコットは楽しそうに声を上げると、作業台から胴体のパーツを抱え上げて近くの椅子に置いた。下腹部から下の無い上半身だけの胴体は、だいたい成人女性と同じくらいの大きさはあるように思える。


「はい、どうぞ」


 アリエッタは慎重な手つきで、私をオルコットへと渡した。オルコットは私を胴体へとはめ込んだ。


「さて、仮組みだけどどうかな。ミュー、指や腕を動かしてみてくれないかな」


 オルコットに言われたとおり、私は腕を上下させたり、手を握ったり開いたりした。まるで最初から私の身体だったかのように動いてくれる。

 もちろん触覚は存在しないので、"動いている"という現象を目で確かめないと認知できないのは奇妙な感覚だった。いや、"感覚"は既に存在しないのだから、印象と言った方が妥当か。

 改めて、自分はもはや生き物ですらないのだと実感した。


「どうだろう。動きに違和感を感じるような事は無いかな?」


「いいえ。正常に、動いていると、思います。すごいですね、貴方は」


「いちおう、人形職人を名乗ってますからね」


 私からの称賛を受け、オルコットは得意げに笑った。もしかしたらアリエッタの純粋さは、オルコットからそのまま遺伝した物なのかもしれない。この人もなかなかに素直な人だ。



 両手を得た私は、その日の晩から本を読み漁った。文学、論文、教本とジャンルは問わなかった。重要なのは言葉を覚える事と、この世界の基礎的な常識を身に着ける事だったからだ。アリエッタと、もっとちゃんと話ができるようになりたかった。


 己の指で一頁めくるごとに、身体がある喜びをかみしめる。実に大切な経験をさせてもらったと思えた。


 それと同時に、私を造ってくれているオルコットへ感謝の思いが募っていったのだった。

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