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憂鬱な13No.s  作者: EBIFURAI9
【第二章】正義の在処
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人質―イハナの話り

「なんでこんな事になっちゃったかなー」


 イハナ・アイルフィールは、荷車の中に放り込まれながらそんな事を呑気に思っていた。


 楽天的という、どんな状況でも気軽に構えられる性分を、イハナは自分の長所だと思っている。たとえそれが、列車強盗の人質になった場合であっても。


 賊は黒衣の少女を荷車に放り込むと、これが最後だと御者に言った。それを合図に、犬車は走り出す。荒っぽい運転で、荷車が激しく揺れるたびに、乗せられた人質たちは怯えたように声を上げた。

 最後に運ばれた黒衣の少女は、ちょうどイハナの目の前に落っこちてきた。少女は投げ込まれた衝撃の痛みで顔をしかめながらも、器用に動いて体を起こす。


 両手が縄で縛られているから、そんな動作も大変だろうなと思いながら、イハナは少女を眺めていた。


 無理やり人質を詰め込んだこの場所は、不快なくらいに窮屈きゅうくつだった。イハナと少女には、不意に頭をぶつけてしまいそうな距離間しかない。


 黒衣の少女はとても綺麗な人で、女のイハナでも見蕩みとれてしまいそうなほどに儚げな雰囲気と魅力を漂わせていた。

 イハナは意味も無く恥ずかしくなって、照れる気持ちを誤魔化すように声をかけた。


「大丈夫っすか? 今の痛かったでしょう」

「ええ、少しね。ありがとう」


 少女は澄ました顔で、上品に言った。こんな状況でも余裕たっぷりとは、相当に肝がわっているらしい。しかも嫌味な感じがしない。イハナは少女を、やんごとない身分のお方とみた。


「いやあ、しかし、ウチらもこんなのに捕まるとは運がないっすよね」

「本当にそうね。でも大丈夫よ。すぐに助けが来るから」


 少女は無表情ながらも、穏やかな口調でそう言った。よほどその"助け"とやらに信頼を置いている様だ。

 自分みたいな芋と違って、貴族の令嬢には腕の立つ戦士とかが付いているのだろうなと、イハナは思う。


「助けっすか。いいっすねー。ついでで良いんで、自分も助けてもらいたいっす」


 冗談二割、本音八割でイハナがそう言うと、後ろから賊の男の怒声が聞こえてきた。


「おいっ、そこ黙れ!」


 黒衣の少女が、不機嫌そうに男へ言い返す。表情は相変わらず無表情だ。


「あら、いいじゃない。別に貴方に迷惑は掛からないでしょ」

「黙れと言ったんだ!」


 男はそう言ってナイフを抜いた。その動作に怯えて、他の人質たちが騒ぐ。

 しかし、当の少女は一切動じることなく、澄ました顔のまま男を見ていた。少女の様子に、勇気だとか奮い立つというような要素は感じられない。少女はただ、平静だった。


 刃物を構える男を前にしてそんな態度を取れる少女を、イハナは不思議に思った。そんな人間が居るという事がただただ不思議だった。比喩ではなく、本当に無感情になれる人間が存在するのかと。


 しかし、次の瞬間少女は突然苦しみだした。


「――っ、あぐがぁっ!」


 そんな獣じみた声を上げて、少女はうずくまる。身体は小刻みに震え、激しい呼吸の音が響く。

 明らかに演技ではないその姿に、イハナはおろかナイフを抜いた賊でさえ、驚きのあまり固まっていた。


 しかし賊の男も刃物を抜いた手前、後に引けなくなったのか、苦しむ少女へと近づいていく。

 イハナはそんな男の動きに気づいて、少女の前に出た。


「ちょっとアンタ、何をするつもりっすか?」

「うるせぇ、そこをどけ! 病人だか知らんが、そんな奴は人質に要らないんだよ」


 盗賊の言葉に、イハナはいきどおった。勝手に人をさらっておきながら、何という言い草だろうか。


「アンタ、いくら何でもひどすぎるっすよ!」


 イハナは賊の男を目一杯に睨みつけた。何をしてくるか分からない恐怖は有るが、それでも立ち向かわずにはいられなかった。


 賊の男がナイフを振るい上げる。イハナは恐怖に目を閉じた。


 ――瞬間、疾走していた犬車が急停止した。


 荷台に乗っていた全員が、体勢を崩す。


「ってえな、何だよ。どうした?」

 勢いにつられて転んだナイフの賊が、苛立たし気に御者へ停まった理由を訊く。


「分かんねえ。前の車が停まったんだよ」

 御者はとぼけた様子でそれに応じた。


 次の瞬間、前方の車から声が響いた。年若い男の、あせりを帯びた怒声だった。


「全員、かがめ!」


 その異常な響きに、イハナは少女を押し倒して素早く対処した。判断と行動の速さにおいては、イハナは賊の男たちよりも素直だった。


 直後、何かを斬る様な音が周囲にとどろいた。

 イハナは自分達の真上を、音が通過していくのを感じとった。


 音が過ぎ去った後、顔を上げたイハナが見たのは信じられない光景だった。

 荷車の上半分が、跡形も無く消えていたのだ。これまで荷車を覆っていた(ほろ)は消え、頭上には青空が広がっている。

 イハナの目線には、真っ直ぐ水平に切り取られた痕跡が見て取れた。


 ゴトッ――


 何か重い物が落ちる音が、イハナの背後で鳴った。液体の流れ出る、不快な音がする。

 誰かが悲鳴を上げた。

 イハナは恐る恐る振り向き、息を詰まらせた。


 そこにあったのは死体だった。上半身を失くした、賊の男の死体だ。

 イハナが目を向けると、御者も同じように胸から上が無くなっていた。

 捕まった人質は皆、縛られて低い位置に居たおかげで助かったようだ。

 イハナはそこでようやく、さっきの指示の意味を理解した。


 不意に、前方の荷車の上で悲鳴が響いた。

 人質全員の視線が、一斉に前方の荷車へと集中する。


 前方の荷車の上に、一人の少女が立って居た。身に纏うその旅装は、冒険者と呼ばれる職業の人間によくあるものだった。しかし、彼女の身体に武器らしきものは見当たらず、代わりに色鮮やかな模様が刺繍ししゅうされた赤い腰布をたずえていた。


「なさけねえ声を上げるなよなぁ、お前それでも盗賊かよ」


 不敵に笑ってそう言うと、冒険者風の女は何かを蹴りつけた。それは男の死体だった。服装からして、賊の一味だろう。太ももには真新しい包帯で治療された跡があった。

 男の死体は荷車から落下し、無残な形で地面に転がる。


 その残虐さに人質でさえ恐怖して、誰一人声を発する者はいなかった。人質たちには、冒険者風の少女が助けに来た味方なのか、それとも殺しに来た敵なのかを見極める事が出来なかった。


「お前、何者だよ……」


 一人の男が立ち上がった。賊のリーダー格の男だった。


 イハナはその声を聴いて、彼が"かがめ"と指示した男だと分かった。

 冒険者風の少女は、賊のかしらに愉快な調子で返した。


「あっ? アタシの名前? アンタみたいな雑魚に名乗る意味ある?」


 賊のかしらは黒い包帯で隠したその表情を、嫌悪に歪めたようだった。


「ふざけるなよ、冒険者風情が!」


 賊のかしらは、冒険者風の女に斬りかかった。賊のかしらがショートソードを振るうのに対し、少女はその手に何も持っていなかった。


 誰もが少女が斬られる未来を予測した。

 しかし、実際にはそうはならなかった。


 イハナは奇妙な光景を目にした。冒険者風の少女が、剣を振るう"真似"をしたのだ。少女は持っていない剣を持っているかの如く振り、そして賊のかしらの剣をはじき返してしまった。

 その結果には、賊のかしらが一番驚いただろう。彼は一瞬何が起きたのか理解できず、固まった。


「何だ? 何なんだよそれ!」


 冒険者風の少女は、おどけるように答えた。


「教えなーい」


 少女は再び何も持っていない手で構える。今度は両手を使った双剣の構えだ。

 賊のかしらも少女の異常性を理解し、神経を研ぎ澄ます。


 二人の剣が、再びぶつかり合った。


 一見、乱雑に振り回しているだけに見える少女の両手、その手に握られている"透明な剣"に、賊のかしらは防戦を強いられていた。

 しかしそれでも、賊のかしらは非常に腕の立つ剣士であるといえる。少女の見えざる剣に対応しきっていたからだ。

 少女の武器がどんな得物なのか、形状も長さも分からない状態で戦いを強いられるのだ。優れた感覚と経験がなければ、すぐにでも切り捨てられていた事だろう。

 冒険者風の少女も、雑魚と見下した相手の確かな技術に感心し、口笛を鳴らした。


「やるじゃんか。雑魚って言ったのは、謝るわ。それでも弱いけどー」


 冒険者風の少女はそう言いながら、賊のかしらの身体を蹴り上げて弾き飛ばす。賊のかしらはあろうことか、イハナたちの真上に落ちてきた。


「ぬわーっ!」


 イハナは慌てて黒衣の少女を壁際に押し込み、自身も身を寄せる。空いた空間に、賊のかしらが落下した。衝撃で荷車が激しく揺れる。


 身体に受けた衝撃が強過ぎたのか、賊のかしらうめきながら小さくもがいた。


びに、私の名前教えてやんよ。『召喚狩り』だ」


「召喚、狩り?」


 少女の名乗ったその奇妙な名に、賊のかしらは眉をひそめる。


「じゃあ、そういう訳だから、もう死にな」


 冒険者風の少女は飛び上がり"何か"を投げた。

 少女の放った言葉は、明確な死の宣告。


 イハナは、少女の投げた"何か"に荷車全体を破壊しうる体積が在るのを感じ取った。不可視ではあるが、近づいてくる確かな圧力を感じたのだ。


 それは一瞬の出来事。もはや、避ける手段はないとあきらめたその時――


 イハナの視界に、突然別の女が現れた。黒い衣服に身を包んだ、死神のような不吉な陰のある女だった。

 黒衣の女は腕を払い、イハナ達に向かっていた"何か"を弾き飛ばした。圧力は近くの茂みへと流れて行き、轟音と土煙を巻き上げる。


 黒衣の女はちらりとイハナの方を向いた。実際にはそのかたわらでもがき苦しむ黒衣の少女を見たのだと、イハナはその視線から理解した。


「お嬢様、少しお待ちを」


 黒衣の女は優雅に御者台へ着地すると、冒険者風の少女と対峙した。


「貴女は敵ですか? 味方ですか?」


 黒衣の女の直球な問いかけに、冒険者風の女は苦笑いを浮かべた。


「何なのそれ。いきなり現れて、ウザっ。状況見りゃ分かるっしょ? アタシはこいつらを助けてやったんだよ」


 独特な話し方をする冒険者風の少女に対して、黒衣の女は丁寧な仕草で頭を下げた。


「そうですか。我が主人を助けていただき、感謝いたします。ですが、少しやり過ぎですね。人質を巻き込んでしまっては、貴女の善行も台無しですよ」


 黒衣の女の言葉に、冒険者風の少女は顔をしかめる。


「けっ、礼を言うか説教たれるか、どっちかにしろよ。あー、もう良い。マジ興ざめだし」


 冒険者風の少女は荷車から飛び降りると、ふらりと何処かへ歩いて行ってしまった。


「後は、好きにしちゃってー」


 黒衣の女の瞳には、片手をひらひらとさせながら、そんなふうに言って去って行く少女の後姿が映る。


「なんだ、あいつ?」


 黒衣の女は、これまでの丁寧な態度を豹変ひょうへんさせて、憎々しく呟いた。


「あのっ、すみません。この子の様子が、おかしくて!」


 イハナは恐れつつも、黒衣の女に声をかけた。彼女が、この苦しみもがく少女の身内である事は、なんとなく察していたからだ。


 黒衣の女は淀みのない足取りで人質の間を縫い、イハナ達に近づいてきた。

 瞬間、イハナの視界を何かが塞いだ。彼女と黒衣の女の間に、賊のかしらが立ち上がったのだ。


「……」


 黒衣の女と賊のかしらは一瞬にらみ合い、そして賊のかしらが逃げ出した。彼は近くの林に飛び降りて、逃げて行った。

 黒衣の女は注意深くその様子を見送ったが、追いはしなかった。彼女にとって優先すべき事は別にある。


 黒衣の女はイハナ達の前でかがむと、苦しむ少女に睡眠魔法をかけた。途端に、少女の動きがゆるやかなものに変わった。


「申し訳ありませんが、その水をいただけますか? 後でお返ししますので」


 黒衣の女は、イハナが腰から下げている水袋を指さした。

 薬を飲むために水が必要なのだろうと、イハナは快く了承した。


「もちろんっす。早く助けてあげてほしいっす」


 黒衣の女は礼を言って微笑むと、イハナから水袋を取った。

 黒衣の女は小瓶を取り出すと、中身を水袋の中に数量たらし、良く振り混ぜる。それを半眠状態の少女の口にゆっくりと流し込んでいった。


 少女の表情が心なしか穏やかになったように、イハナには感じられた。


「ありがとうございます。助かりました」


 黒衣の女はイハナに深く頭を下げた。それにイハナは畏縮いしゅくしてしまう。


「ああ、いえ。私は別に何も……それに、どちらかと言うと助けてもらったのは私ですし」


「いいえ。貴女様がお嬢様をかばって下さった事は、遠くから見えていましたから。本来なら、私がお守りするべきだったのです。慙愧ざんきえない事です。貴女様に心より感謝申し上げます」


 そう言って、黒衣の女はイハナの縄を解いた。


 こんな風に言葉を尽くして感謝されたのは初めてだったので、イハナは困ってうつむいてしまう。やはりこの黒衣の少女は、相当な家柄の御令嬢なんだなと、イハナは思った。


 それから黒衣の女によって人質全員の縄が解かれ、十分ほどで人質二十人が解放されたのだった。

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