堕ちた英雄の物語
国が在りました。額に角を持つ、鬼の人々の国でした。
ある時、国を巨大な獣が襲いました。
獣は街を壊し、多くの人を殺しました。そこには何の要求も無く、何の理由も有りませんでした。
多くの戦士が獣に挑み、そして敗れました。
屈強な戦士である鬼の人々でさえ太刀打ちできないほど、獣は強大な力を持っていたのです。
鬼の人々は、獣を魔竜と呼んで恐れました。
ある時、鬼の巫女が神託を授かりました。それは魔竜を討ち滅ぼす戦士を、異界から招来させろというお告げでした。
鬼の巫女は七日七晩呪文を唱え続け、異界の地から勇者を召喚しました。
勇者はうら若き乙女でした。勇者は、鬼の戦士たちの誰よりも弱そうな姿であったため、国の誰もが勇者の力を疑いました。
しかし、勇者の力は本物でした。勇者は不可視の剣をもって、魔竜を討ち滅ぼしました。
誰一人かなう事の無かった強大な獣を、勇者はいとも簡単に倒してしまったのです。
勇者の武勇は国中を駆け巡りました。
鬼たちは口々に勇者を称賛し、国王は勇者にどんな褒美も思うままに授けると言いました。
勇者は言いました。
「まだ足りない。こんなものでは、満ち足りない。もっと私に強い敵を討たせてほしい」と。
国王は困ってしまいました。勇者が求めるものは称賛でも、褒美でもなかったからです。勇者はただ、飽く事の無い闘争を欲していたのです。
要求に答える事は出来ないと、王は応えました。
勇者は言いました。
「ならば、貴方の首をもらうとしよう。そうすれば、この国の者達全てが私の敵となるだろう」
勇者は宣言したとおり、国王の首をはねてしまいました。
国の人々は国王の死を悲しみました。
国の人々は失望と怒りで、勇者を憎みました。
国中の誰もが勇者の敵となり、鬼たちは勇者に挑みました。
しかし、魔竜を討ち滅ぼすような強大な力を持った勇者に敵う者は、この国には一人も居ませんでした。
多くの鬼たちが命を落としました。それでも勇者は戦う事を止めません。
ある時、鬼の一人が勇者に言いました。
「勇者様、どうかお止めください。この国に戦える者はもう残っておりません」
勇者はそれを聞いて、ひどく落胆しました。
「なんてつまらない事を言う。私はお前の王を殺したのだぞ。お前の父を、兄を、弟を殺したのだぞ。それなのにお前は武器を持たず、私にただ懇願するのか?」
勇者は鬼の首をはねました。
勇者は戦う事を止めました。戦える者は誰も残っていなかったからです。
だから勇者は、ただ殺しました。国の女を、子供を、老人をただ殺しました。
やがて国は滅びました。
勇者は骸で満ちた死地を捨て、旅に出ました。
勇者の中にあるのは戦いへの欲望と、命を奪う事への欲求だけ。
勇者は世界中を廻り、魔物を退治しました。人々はその度に、彼女を英雄と称賛しました。
けれど、勇者はそんな言葉には心を動かされませんでした。勇者を満たしてくれるのは、命を奪い合う瞬間の感情だけだったからです。
勇者はやがて、自分に敵う者など、この世界のどこにも居ないのだと理解しました。
勇者は魔物も人も見境なく殺すようになりました。
人々は勇者を英雄とは呼ばなくなりました。
殺戮者となった勇者は、虚ろな心で今も探し続けています。自分に敵う敵対者、最強の戦士を。
やがて勇者は自らと対等なモノを探し出すため、自らをこう称するようになりました。
『召喚狩り』と。