カバーストーリー2
開店と共に、客が来た。街一番の規模を誇る銀行というだけあって、既に各カウンターは埋まっている。受付係のナタリーの前には、一人の少女がやって来た。
死人の様な白い肌を持つ、儚げな美しい少女だった。黒いドレスの上に冬物の外套を羽織っているが、その質は一目見て良い物だと分かる。外出するにはいささか着飾り過ぎだが、この少女なら許される風格があるなと、ナタリーは思った。
「本日はどの様な御用でしょうか?」
ナタリーは少女が相手でも、いつも通りに客として対応した。
「これを、支配人に渡してください」
少女は無表情でそう言って、ナタリーに手紙を差し出した。きっと緊張しているのだろうと、ナタリーは微笑ましい気持ちになった。
「かしこまりました。少々お待ちください」
ナタリーは少女から手紙を受け取ると、言われたとおりに支配人へ持って行く。
貴族との取引が多いこの銀行では、こういう事は日常茶飯事だった。大抵の場合、早急に資金が要るから融通しろというような内容である。
もちろん、銀行としての体裁を保つために無闇な貸し付けはできないが、貴族たちは身分が保証されているので、臨機応変に対応するのがここのやり方となっていた。
支配人はナタリーから受け取った手紙に目を通し、顔をしかめた。
「君、これは誰が?」
支配人の反応にナタリーも不穏な空気を感じ、気まずそうに自分のカウンターを促した。黒衣の少女を見て、支配人の表情はより険しくなった。
支配人はナタリーと共にカウンターへと向かった。ナタリーは状況が分からず、自分が何か失態をしてしまったのではないかと心配になった。
「お待たせしました。支配人のアムラです。恐れ入りますが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
支配人の問いに、少女は余裕をもって答えた。
「ロアン・パスフィリクですわ。疑うというのでしたら、向こうに父が居りますが、今はその……あまり機嫌が良くないので……」
少女は戸惑い気味に、壁際のベンチに座る男を指し示した。そこに座っていたのは、ギャラン・パスフィリクだった。この街の最高権力者であり、横暴な男として広く知られている。この銀行の重要な取引相手でありながら、目の上のたんこぶでもあるという、支配人にとっては胃の痛い相手であった。
娘と名乗るこの少女がわざわざ機嫌が悪いと警告したからには、今は直接関わる事がどれだけ面倒な事態を引き起こす事になるのか、支配人にはよく解ていた。
支配人は快く、代理人であるロアンへ対応した。
「それでロアン様。この手紙の内容なのですが、本当によろしいのですか?」
手紙には、ギャランの隠し財産を預けている"裏の金庫"から全額を引き出すように指示が書かれていた。
明るみに出れば、銀行もただでは済まない危険な代物でありながら、重要な資金源でもある膨大な金がここに預けられている。これこそが、銀行にとってギャランが厄介な取引相手である一番の理由であった。
それを全額引き出すという事もまた、銀行にとっては都合が良くもあり、痛手でもある。
「父が言うには、半までに用意できなければあの事をばらすと。私には何の事か分かりませんが、父は大変急いでおりますので」
ロアンは静かな口調で、支配人に発破をかけた。
後ろめたい事は多い。銀行組織での事か、それとも個人的な事か。支配人は、気が気でない。
時計の針は十分を刺していた。指定の時間までは、あと二十分しかない。ベンチへ目を向けると、すでにギャランは居なかった。
喉元に刃物でも突きつけられたような心持で、支配人は要求を受け入れた。
「早急に準備いたしますので、少々お待ちください」
「ええ。よろしくお願いいたします」
支配人の目には、無表情な少女の口元が一瞬嗤ったように見えた。
銀行の職員総出で取り掛かり、ギャランの隠し財産三十万四千マネ(約三億五千万円)を運び出した。ケース六つ分にもなった金は、パスフィリク家の従者らしき女が手押し車に乗せて外へと運んでいった。
「ありがとうございました。父も喜ぶと思いますわ。それでは、これで」
ロアンは最後まで無表情のまま会釈をして、去って行った。
見送る職員たちは、疲れ切った様子で息を吐くのだった。




