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憂鬱な13No.s  作者: EBIFURAI9
【第一章】少女崩壊
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憂鬱な殺人閑話3

 雪はまだ、降り止まない。

 すでに多くの惨劇が引き起こされたと言うのに、この夜は変わらず静かに眠り続けている。


 私達は、町の外れにある軍の施設に侵入した。ここはオルコットと共に試験で訪れた場所だ。こんな形で再び訪れる事になるとは思ってもみなかった。


 アリエッタの見立てに従って、内部に侵入する。流石に軍の施設とあって、深夜でも警備が厳重だった。常時魔力を生成し続ける事のできる私でなければ、透明化の魔法で侵入する事は出来なかっただろうと、アリエッタは言った。


 アリエッタに指示されるまま進むと、尋問室と書かれた部屋にたどり着いた。中からは男の怒声が絶え間なく聞こえてくる。


「はぁ……やりますね、アリエッタ」

「まぐれよ」


 アリエッタは私の背から降りると、扉を開いた。私も透明化を解除して後に続く。


 部屋の中は殺風景な場所だった。何も無い空間に椅子が一つ。どう見ても死んでいる囚人がその上に縛られていて、その男を拷問していたであろう尋問官の男が一人。中に居たのはこの二人だけだった。


「なんだ、お前らは?」


 尋問官は肩で息をしながら、未だ薄れぬ笑顔のまま、私達を見た。この男は、加虐によって高揚を得るたちらしい。


「一つ訊きたい事があるのだけれど。オルコットと言う男を尋問したのは貴方かしら?」


 アリエッタの問いに、尋問官は不機嫌そうに顔を歪ませた。


「聞いてんのは俺だ! 質問で返すんじゃねえ!」


 尋問官は声を荒げて、アリエッタに鞭を振るった。私は前に出て鞭を左手で受け止める。そのままの勢いで右手で尋問官の腕を掴み、へし折った。捻じれた腕から鞭が落ちる。

 悲鳴を上げる尋問官の腹部に膝蹴りを撃つ。尋問官はむせながら、膝をついた。その背を踏みつけて、押さえ込む。


「悪いけど、貴方の質問に答える義理は無いの。まあ、そうなると当然、私の質問に答える義理も貴方には無い訳だけど、どうなるかは判るわね?」


 アリエッタの冷ややかな言葉を、尋問官は一蹴した。


「ふんっ、お前みたいなガキの脅しに屈して、尋問官が務まるかよ」


「そう。なら、別にいいわ。私も貴方の真似をさせてもらうから」


 アリエッタはそう言うと、尋問官に手をかざした。


「リヴ・ボルティ」


 アリエッタの冷たい声と共に、その手から雷撃が発せられる。電気を浴びた尋問官は、悲鳴を上げて苦しみもがいた。


「ねえ、早く答えて下さらない?」


 アリエッタは感情の無い言葉で、尋問官へ言った。

 尋問官もこれには参ったのか、素直に話し始めた。


「は、話す、話すからっ!」


 アリエッタが雷撃を止めた。


「だ、誰だって? 誰を尋問したって?」


 激しく呼吸をしながら、絞り出すように尋問官は声を出す。


「……オルコットよ」


「オル――――――あ、ああ、したよ。した。反逆を企てた人形師だ。最期まで口を割らなかった、あの男だろう?」


 私が言うのもなんだが、彼は正直すぎた。こんな事までして私達がその事を訊き出す理由は何なのかを、この男は考えなかった。余計な一言が、彼の命運を分けたのだ。


「……そう」


 虚ろだったアリエッタの口元が、歪んだ。

 アリエッタは服の収納から小瓶を取り出した。コルク栓を抜き、小瓶の中身を全て尋問官の頭にかけた。


「冷てっ! お前、いったい何を?」


 混乱する男に向けて、アリエッタは再び手をかざした。


「アルナ・ティロ・アルナ」


 唱える呪文は、私の記憶には載っていないものだった。

 途端、男が苦しみ出した。致死の毒に苦しむような、そんな尋常ではない反応だ。


「ミュー、もう足を離しても良いわ」


 私が押さえつけていた足を退けると、男はもがきながら部屋の隅に転がって行った。


「……アリエッタ、あれは何なのですか?」


「アシュメスの禁術の一つよ。毒による苦しみを永遠に味わい続ける、拷問の術。彼は術によって生かされ、術によって苦しむ。術を解けば死ぬだけの事。……お父さんを殺した男ですもの。苦しんで苦しんで、それでも死ねない苦しみを彼に与えて、始めて私は満足できるわ。そうでしょう、ミュー?」


 アリエッタは嬉しそうに笑った。晴れやかな、春の日差しの様な笑顔だった。

 禁術なんて名の付くそんな物騒な代物をどこで習得したかなんて、今更考えるまでもない。アグラードなら、そのくらいの蔵書は普通に持っていても不思議に思わない。


「ええ。その通りです」


 私はやんわりと頷いた。

 アリエッタが満足そうで、私は幸せだ。



「そこまでだ!」


 声と共に扉が開き、兵士たちが部屋へなだれ込んできた。彼らは円陣を作り、私達を取り囲む。


「何者だ? 軍施設への不法侵入は重罪だぞ」


 兵士の一人が私達に問う。すぐ地べたで拷問感が暴れているというのに、ずいぶんと呑気な対応だ。

 その言葉を無視して、アリエッタは虚ろな表情でただ一言、私に命じた。


鏖殺おうさつよ」

「承知いたしました」


 生体感知で人数を計り、人数分の氷塊を魔法で生成し、撃ち込んだ。この間一秒かからず。

 私達を取り囲んでいた兵士たちは、反撃の間も無く一斉せいに倒れた。


 警報の音なのか、サイレンが施設内でけたたましく鳴り響いた。


 部屋の外へ出ると、兵士たちが待ち構えていた。彼らは銃器の様なものをこちらに向けて構えていた。あれは図鑑で見た事がある。魔法にうとい者でも戦えるように開発された、魔法銃と呼ばれる小銃だ。商品名はストチェックとかなんとか……名銃だとかでアリエッタが熱心に解説してくれたのを覚えている。


 指揮官の号令を合図に無数の火球が射出され、こちらに向かって来た。完全展開した防御魔法で防ぐ。もう一度防ぐ。もう一度……これでリロードの感覚は掴んだ。


 火球を防いだ瞬間に防御魔法を解除し、爆破魔法を撃つ。爆発の炎は兵士たちを飲み込んで、建物ごと吹き飛ばした。もう一度防御魔法を展開して、衝撃からアリエッタを守る。


「ミュー、生命探知を。周囲に何人?」


 アリエッタの指示を受け、索敵をかける。


「範囲内には二十八人です。ラズゴットをこのまま探しますか?」

「ええ、もちろんだわ。必要であれば全員始末するだけよ」


 アリエッタは感情の無い顔で、頷いた。こんな状況であっても、彼女の心は動かない。それは私も同じだ。


 ただ静かで、微動だにしない感情。それは凪いでいるのではなく、何もないという事。私たちの中にあるのは、オルコットをおとしめた男を狩るという目的、ただそれだけだ。


「承知いたしました」


 私は通路の先に新たに現れた敵へ、攻撃を開始した。



          ◇



 索敵をかけ続けた結果、逃げる動きのある集団が居る事に気づいた。私達は見当をつけて、その集団を追いかけた。


 結果、その予想は見事に的中した。


 ラズゴットを避難させようという一団は、広大な訓練場へ向かって移動していた。


「支部長、早く避難を」


 護衛の兵士の一人が、ラズゴットを急かした。


「状況はどうなっている? 襲撃者はいったい何人だ?」


 ラズゴットは毅然とした態度で状況の確認をとる。しかし、それに応えられる兵士はこの中にはいなかったらしい。不明という返答を受け、ラズゴットの顔が曇った。


 私は射程圏内に入った事を確認し、氷塊を発射した。ラズゴットの周囲を取り囲んでいた五人の兵士の頭が爆ぜる。


 必死な様子で周囲を見回すラズゴットの前に、私達は透明化を解除して姿を現した。


「お前たちが侵入者か」


 軍の高官というだけあって、ラズゴットはこんな状況下でも強い態度で私達を見据えた。


「ええ。人形師オルコットの仇討ちですわ」


 アリエッタが応じた。


「……そうか。確か娘がいると聞いていたな。ふっ、子供二人を相手に歯が立たないとは、情けない話だな」


 ラズゴットは呆れ笑いを浮かべて、首を振った。


「確かに、領主の指示でオルコットを不当に連行した。立場上逆らえなかったとはいえ、それは言い訳にはならないだろう。君たちには私を殺す権利がある」


 ラズゴットはそう言いながらも剣を抜いた。


「それでも抵抗はなさるのですね」


 アリエッタが平淡に呟いた。

 ラズゴットは勝気な笑みを浮かべる。


「当然。私は軍人だ。死ぬときは戦って死ぬ」


「いいでしょう――」


 アリエッタが私に指示を出そうとした刹那、思わぬ乱入者が現れた。私は防御魔法を展開し、アリエッタを雷撃魔法から守る。


 私たちの前に、新たな敵が立ちはだかった。上空から舞い降りたそれは、脚の無い天使の人形であった。かつて私が完全敗北を帰した、王都工房製の自律人形だ。


「支部長、ご無事で!」


 援軍が数人現れる。彼らが人形を連れてきたのか。


「良かったわね、ミュー。これで雪辱できるわ。貴女の本当の力、見せてあげて」


 再び包囲されたというのに、アリエッタは変わらぬ態度でそんな事を言った。


「ええ、今度こそ必ず」


 アリエッタの言う通り、こんな形であれ再戦できたのは幸運だ。あの時とは状況も性能も違う。今こそ、オルコットの実力を示す時だ。


「アルカンド、敵をせん滅しろ!」


 兵士の一人が指令を飛ばす。アルカンドと言うらしい天使の人形は、私に向かって迫ってきた。相変あいかわらず速い。


 私も応戦するため、駆け出した。


 アルカンドは七つの氷塊を生成し、私に向かって不規則に撃ち出した。

 空間に七か所防壁を生成し、その全てを受け止める。前回と違って、こちらの処理能力は上がっているのだ。同じ手は食わない。


 アルカンドは両手から仕込み刃を出し、私に斬りかかる。

 一歩前へ踏み出し、アルカンドの両手首を掴んだ。

 アルカンドを引き込んで、その頭部を掴み、地面に叩きつける。


 アルカンドは胴を反らせて、脚の代わりに付いた腹部を私に振るった。蜂の様なその腹の先端にも仕込み刃が付いていた。

 私は横転して、アルカンドから離れる。

 アルカンドは腹部を振りかざした力で一回転して、体を起こした。


 アルカンドは氷塊を無数に生成し、射出する。

 私は大きく飛び退いて、それらを回避した。


 土砂降りの氷塊が、破竹の勢いで白い地面をえぐっていく。恐ろしい破壊力だ。


 ――あちらの魔力残量はどのくらいだろうか? これだけ撃ったなら、それなりに減っているはずだ。元々生物ではない人形には魔力が作れない。人形の最大の弱点というのなら、まさしくそれだろう。


 試しに、高威力の爆破魔法をアルカンドへ撃った。

 アルカンドはそれを防御魔法で受け止めた。

 爆炎の中へ、更に火球魔法を射出する。


 こちらの思惑通り、アルカンドは防御する事が出来ずに火球の直撃を食らった。片翼と左腕が爆ぜ、腹部が抉られる。


 アルカンドが防げなかった理由は単純に、魔力の枯渇だった。防御魔法は防いだ衝撃に応じて魔力を消費するため、内蔵された魔力が尽きれば展開できなくなってしまう。

 私のように無限に魔力を作れる炉があれば話は別だが、これはオルコットが心血を注いだ一点物だ。


 動きの鈍くなったアルカンドへ、更に火球を飛ばす。二つ避けられ、三つ胴体に直撃した。アルカンドはそれで、地に堕ちた。


 アルカンドに止めを刺そうとする私めがけて、兵士たちが魔法を撃った。アリエッタが私の元へ駆け寄り、代わりに防御魔法を張ってくれる。


 障壁の外で爆ぜる魔法を後目しりめに、私はアルカンドの頭部を踏みつけ、粉砕した。地面で鈍く動き続けていたアルカンドは、今度こそ停止した。


 氷塊を人数分生成し、兵士達に打ち込む。アルカンドの勝利を確信して、愚かにも潜まずに密集していた彼らはあっけなく倒れた。


「さあ、今度こそ終わりですわ」


 再び独りになったラズゴットへ向かって、アリエッタが一歩踏み出す。


「こんな事が……たった一人の子供相手に、軍の最新兵器まで敗れるなどと」


 アルカンドが敗れるとは思わなかったのか、それとも援軍が一瞬で片付いたからか、ラズゴットは動揺していた。

 アリエッタが愉快そうに声を上げる。


「これが我が父の力ですわ。貴方が真に国を想うのなら、彼をおとしめるべきでは無かったのです」


「まさか、そいつは人形なのか?」


「ええ。父が造り上げた、最後の作品です。彼女で貴方を討ってこそ、弔いに相応しい」


 アリエッタの言葉に、ラズゴットは顔をしかめる。


「これも報いか――」


 呟き、ラズゴットは剣を構えてアリエッタに向かって来た。


「殺して」


 私は前に出て、アリエッタの指示通りラズゴットの心臓へ氷塊を撃ち込んだ。少し軌道がずれ、氷塊は彼の肺を貫いた。

 血を吐いて地面に倒れたラズゴットの元へ、アリエッタは歩み寄る。


「――これで、きは、すんだか?」


 ラズゴットは、か細い声でアリエッタに問う。

 見下ろすアリエッタは興味を失くしたように、虚ろな表情で答えた。


「いいえ。永遠に晴れないわ。貴方たちを死んでも許さない」


 それは無感情な、冷たい言葉だった。怒りも憎しみも無い、しかし確かなうらみ言。


「そうか……」


 ラズゴットはアリエッタを憐れむように見つめて、そして息絶えた。


「――さあ、行きましょうか」


 アリエッタは穏やかに私へ言った。

 私は首を振る。


「いいえ。まだ残党が残っています」


「……別に彼らを始末する理由はないと思うのだけど?」


 アリエッタは不思議そうに首をかしげた。その姿は少し可愛らしくて微笑ましい。


「いいえ。彼らを放っておけば、必ず貴女の情報が外へ漏れてしまう。それだけは避けなくては」


 私が守らなければならないのは、アリエッタの身の安全だ。そのためには、脅威は排除しなくてはならない。


「別に私は気にしないけれど……いいわ。貴女がそうしたいのなら、任せるわ」

「ありがとうございます」


 主の許しを得て、私は残党狩りに動き出した。


 この夜、アインツールの軍演習場に駐在していた総勢百九十三人の職員が何者かの襲撃によって、全滅した。状況を説明できる者は生き残っておらず、記録も炎に消えた。

 戦争中の出来事という事もあって多くの憶測を生んだが、その真実を知る者はいない。

 この事件は、王国の歴史上最も奇怪な大虐殺として、長く語り継がれる事になる。

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