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憂鬱な13No.s  作者: EBIFURAI9
【第一章】少女崩壊
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憂鬱な殺人閑話2

 翌日から、私の核である魔石に戦闘動作を書き込む作業が始まった。アリエッタは行動を起こす前に、私を仕上げておきたかったらしい。


 魔法百十四種、戦闘動作七十七種、身体機能十三種という膨大な情報の書き込みは、丸二日を要する重作業となった。

 夜中の零時を迎えたちょうど今、その最後の書き込みが終了した。


「さあ、これで貴女は完全よ」


 アリエッタはうっとりとした表情で、人形の頭部を開いた。幾重にも重なった防御壁が開いていき、格納庫が現れる。そこに魔石わたしをはめ込み、アリエッタは人形の頭部を閉じた。


 私の視界は闇に包まれる。


 意識が身体に流れ込んでいく。人形の中に血脈の様に張り巡らされた管を通って、私の魔力が染み渡る。


 二分がかりで私の身体は起動した。視界が開けて、アリエッタを見下ろす。


「どうかしら?」


「異常ありません。それどころか、調子がいいみたいです」


 二日がかりのアップグレードで、私自身がこの身体に適応したのだろう。感覚がこれまで以上に良く馴染む。まるで最初から私の身体だったかのような、安定感だ。


「……これでようやく、始められますね」


 アリエッタはゆっくりと頷いた。


「ええ。計画の準備は全て整っているわ」


 アリエッタは笑う。憎悪は彼女にとって、悦楽でしかないから。だからこそ、これから私たちが始めるのは復讐であって、復讐ではない。すなわちこれは――


「狩りの時間を始めましょう」


 アリエッタは命じる。彼女は狩人で、私は猟犬だ。



          ◆



 今夜の天気は雪だった。

 こんな夜ほど、雪が降る。まるで何かの暗示みたいに。


 私はアリエッタを抱えて、夜の街を跳んだ。道をくよりもこの方が早く移動できるからだ。それに人目にも付きにくい。私達はこれから人を殺しに行くのだから、このくらいの用心はしておくのが当然だろう。


 屋根伝いに跳んだおかげで、私達は三十分以上かかる道のりを十分も経たずにく事ができた。

 パスフィリク家の敷地の門前には、誰も立っていなかった。目を凝らすと、屋敷の前には灯りが見えた。深夜帯で雪という事もあって、門番は玄関に待機しているらしい。


「アリエッタ、玄関前に二人居ます。この間の男たちみたいですね」


「……そう。別にどうでもいいわ。手早く殺してしまって」


 アリエッタはその言葉通り興味がないのか、表情一つ変えずに命じた。


「承知いたしました」


 私は門を足場に、強めに跳んだ。門から屋敷までは少し距離があるからだ。空中で透明化の魔法をかけて、静かに着地する。玄関から約三メートルの距離。射程圏内だ。

 私は魔法で麻痺魔法を飛ばした。門番達は声も出せずに地面へ倒れる。


 透明化を解除し、抱えていたアリエッタを地面に降ろす。


 歩いて来る私たちを見て、門番たちの瞳が揺れているのが分かった。混乱と恐怖が、その固まった表情からうかがえる。


 私は門番の一人の額に人差し指を当てて、電撃魔法を流した。門番は体を震わせて、動かなくなった。

 もう一人の元へと行き、同じように額に指を当てる。この門番は、アリエッタを殴った男だったか。


「この前はどうも、門番さん。今日は入れていただきますね」


 涙を流す門番へ愛想良く笑いかけて、電気を流した。少しやり過ぎたのか、煙が口から吹き上がってきた。


 不用心にも、屋敷の玄関に鍵はかかっていなかった。


 私は扉を開けてアリエッタを中へ通す。それから、アリエッタの指示で門番の死体を持ち上げて中へと入れた。


「アリエッ――お嬢様、この死体をいかがいたしましょう?」


 万が一の事を考えて、外では名前を呼ばないようにした方が良いだろう。


「この屋敷にも地下室はあるでしょう。そこへ運んで頂戴。とりあえず事が終わるまでは、その辺に積んでおいていいわ」


「承知いたしました」


 玄関隅に死体を放り投げる。


「生体感知は人形の機能についているから、この屋敷の人間を探し出して皆殺しにして頂戴。なるべく痕跡を残さないように。私は、ロアンとパスフィリク夫人を探すわ。その二人を見つけても、一人で殺してはダメよ」


 アリエッタは無邪気な笑顔でそう言うと、一人屋敷の奥へと行ってしまった。


 私は命じられたとおり、身体に備わった生体感知機能で生き物の痕跡を探した。これは魔力の源である生命力を感知する機能だ。生命力と言っても、この世界には自然物と動物で異なる二種類のものが存在していて、この機能は主に動物のものに作用する。見た感じをざっくりと説明してしまうなら、温度の代わりに生命力を見る、サーモグラフィーならぬライフグラフィーとでも言ったところか。


 精度はなかなか高いようで、壁越しでも部屋の中で寝ている人間の形がはっきりと分かる。しかも広範囲を検知できる。屋敷の敷地内にどれだけの人間が居るのかは、一瞬で知る事が出来た。これをアリエッタが知らないはずはない。おそらく、彼女は探す手間すら楽しみたいのだろう。


 屋敷の中には女が四人に男が一人。それと子供が一人居る。ロアンと夫人は個室で寝ているので、すぐに分かった。男に関しても……まあ、これは別にいいだろう。


 私は一つの部屋でまとまって寝ている女性三人を、始末しに向かった。

 痕跡を残すなと言われたので、悲鳴や血が出ないように雷撃魔法で片付けた。


 生体感知を使うと、アリエッタはまだロアンの部屋に居るようだった。争っている様子はないみたいだが、念のため向かう。


 ロアンの部屋の扉を開けると、アリエッタがロアンを見下ろしていた。ロアンは手足を後ろでまとめて縛られ、猿ぐつわをかまされていた。

 アリエッタは私の方へゆっくりと振り向いた。


「あら、貴女の方はもう終わったの?」


「はい。ご指示通りに」


「そう。ご苦労様。じゃあ、一緒に夫人のところへ行きましょうか」


 アリエッタはロアンを無視して、こちらに歩いてきた。


「……そのままでよろしいのですか?」


 私が訊くと、アリエッタは少し振り向いて横目にロアンを見た。怯えた様子で私達に何かを訴えようとするロアンの表情を見て、アリエッタは心底嬉しそうに笑顔を浮かべる。


「あの子には少し手伝ってもらいたいことがあるから。後で拾いに戻りましょう」


 アリエッタは廊下へ出て行ったので、私もそれに続いた。


「ここが夫人の部屋ですね」


 部屋の前に来たので伝えると、アリエッタは礼だけ言って通り過ぎてしまった。不思議に思いつつも、アリエッタの後に続く。


 彼女は無人の部屋の前に来ると、「ここね」と呟いて中に入った。


 そこは書斎の様だった。扉のプレートにギャランの名前が有ったので、彼の部屋だろう。アリエッタは書斎机を漁り始める。


「ミュー、刃物と鍵を探して頂戴。ああ、鍵はあったわ。刃物をお願い。短剣がいいわ」


「承知いたしました」


 私は壁際に設置された棚を物色する。勲章やトロフィーが並んでいる中に、ケースに入った銀色のナイフを見つけた。刃にはギャランの名前が彫られている。


「アリエッタ、これはどうでしょう?」


「名前が彫ってある。良いわね。こういうのが欲しかったの。ありがとう」


 アリエッタは受け取ったケースをわざわざ書斎机に置いてから、開いてナイフを取り出した。


「さあ、行きましょうか」


 アリエッタは漁った形跡を片付けて、部屋を出た。


 夫人の部屋の前に来ると、アリエッタは躊躇ちゅうちょなく音を立てて扉を開けた。ベットの上に居た男女が、驚きの形相でこちらを見つめる。

 アリエッタは男が居る事に初めて気が付いたのか、少し意外そうに声を出した。


「あら、これは好都合」


 無遠慮に寝室へ踏み入った侵入者に、夫人は怒声を浴びせる。


「あんた達誰よ! どうして家のお屋敷に居るの!?」


 不倫現場を見られたからか、夫人は気まずそうな表情を見せた。相手の男の方は、状況が呑み込めずに固まっている。

 アリエッタはそんな夫人に、うやうやしくお辞儀をした。


「はじめまして、夫人。私はギャランの姪のアリエッタと申します。……初対面で恐縮ですが、貴女には死んでいただきますわ。呪うのなら、叔父様を呪ってください」


 アリエッタの言葉に反論する機会は、夫人には無かった。次の瞬間、麻痺魔法で硬直した夫人は、ベットの上にひっくり返ったからだ。


 間男が悲鳴を上げてベットから飛び降りる。


「ミューっ!」


 アリエッタの指示に従い、間男をぶん殴って取り押さえた。


「ぼ、僕は何もしてない! む、無関係だろう!」


「何もしていない人間なんて、居ないわ」


 男の悲痛な叫びに、アリエッタは冷たく応えた。


 アリエッタは夫人へ歩み寄ると、その首にギャランのナイフを突き立てた。アリエッタがナイフを抜いた瞬間、心臓の鼓動に合わせて血が二回飛び散った。それで終わった。


「なあ、助けてくれよ。誰にも言わないからさ。必要だって言うなら、金も出すから」


 懇願する男へ、アリエッタが言い放つ。


「ダメよ。お金で解決しようとする人間は、お金をもらえば裏切るのよ」


 アリエッタは私に間男の口を塞がせ、ナイフで間男の心臓を突き刺した。今度は抜かなかった。


「この二人はこのままでいいわ。ギャランが不倫現場を押さえて、殺したように見えるでしょう。――私は金庫を探すわ。貴女は地下室に門番の死体を隠して頂戴」


「承知いたしました」


 私達は再び分かれた。私は命じられた通りに地下室を探し、死体を地下へと移動させる。ちょうど最後の一人を運び終えたところで、アリエッタが玄関で待っていた。その手には大きな皮袋が握られている。


「有ったわ。ギャランの隠し金、八千六百マネ。これでは足りないほど借金があったのか、それともケチなだけなのか。……多分、後者でしょうね」


 アリエッタは呆れたようにため息をついた。これではオルコットも救われない。


「ミュー、ロアンを担いできて頂戴。私たち二人を抱えて、跳べるかしら?」


「大丈夫だと思います。今日は風が穏やかなので」


「そう。なら、お願いするわ」


 命じられた通りロアンを運び、屋敷を離れた。怯えきったロアンは、抵抗せずに大人しくしていた。私はロアンを抱え、アリエッタを背負って夜の街を跳んだ。


 流石に二人も運ぶと飛距離は落ちる。それでも難なく屋根を跳んで移動する事ができるのだから、この身体の性能に驚くばかりだ。


 屋敷へ戻ると、アリエッタの指示で作業部屋にロアンを転がした。それから、屋敷中に油をく。

作業部屋は特に念入りにいた。その様子を見て、ロアンも私たちが何をしようとしているのか、気が付いたのだろう。それまで大人しかった彼女が、急に暴れだした。


 この部屋は防音仕様なので、私はロアンの猿ぐつわを取ってやった。


「あなた達、私を燃やす気?」


「アリエッタは、そう考えているようですね」


「お願い、助けて。私まだ、死にたくない」


 ロアンは泣きながら、私に懇願こんがんした。


「そういうのは、お嬢様と相談してください」


 私がそう言うのと同時に、アリエッタが部屋に入ってきた。彼女の手には旅行用の大きな鞄が握られている。


「ミュー、これに工具を入れて頂戴。やっぱりお父さんの物は持っていくわ」


 アリエッタはそう言って、作業台の上に鞄を広げた。

 私も作業台へ行き、荷作りを手伝う。


「ちょっと、アリエッタっ!」


 ロアンが叫んだ。


「廊下にもお金を入れた鞄があるから、出るときに持ってきてほしいの。私じゃ重くて」

「承知いたしました」


 アリエッタはロアンに構う事なく、工具をまとめる。


「アリエッタっ!」

「はぁ……なにかしら、ロアン?」


 アリエッタは静かな表情で、ロアンに振り向いた。


「お願い、助けてアリエッタ。あの事は謝るから!」


「あの事? いったいどの事かしら。刺した事? 私に残飯を浴びせた事? ああ、指の骨を折られた事も有ったわね。その事かしら? もう、謝ってくれなくても良いわ。私は別に、貴女に復讐したくてここに連れてきたわけじゃないのだもの。貴女の父親同様、私も貴女を口実にさせてもらうわ。貴女に一番の屈辱くつじょくをあげる。貴女は、貴女があれほど嫌った私になって死ぬのよ」


 淡々と、感情の無い声でアリエッタは話した。侮蔑ぶべつや軽蔑ではなく、単なる興味の欠如けつじょによるものだろう。アリエッタにとっては、オルコットを殺した人間以外に興味は無いのだ。それがたとえ、自分を虐げてきた相手であっても。


 アリエッタが今までロアンに手を出さなかったのは、それだけの理由なのだ。本当に殺すほど興味が無かった。


 ただ、言葉の最後に彼女を悔しがらせようとする意図が見えた事に、私は少し驚いた。それはわずかであっても、ロアンに対する想いがある事への表れだから。それが興味と呼べないほどに、微量な感情であったとしても。


 鞄に荷物を入れ終えて、アリエッタに声をかける。

「お嬢様、終わりました」


 アリエッタが中身を確認して、頷いた。私は鞄を閉めて、廊下に運ぶ。

 扉が開けっ放しなので、部屋の中から、二人の会話が聞こえてきた。


「お願い、助けてアリエッタ。何でもするから、殺さないでっ!」

「――」


 いや、正確にはロアンが一人で騒いでいるだけか。


「……ミュー、ロアンの紐を切ってやりなさい」


 私が部屋に戻ると、どういうつもりなのかアリエッタはそんな事を言った。

 私はロアンの手足を縛る紐を焼き切った。絡まった紐を解いてやると、ロアンは私を突き飛ばして扉へと駆け出した。


 アリエッタは、そんなロアンの背に麻痺魔法を飛ばした。硬直したロアンはその場に倒れ込む。

 ロアンの表情は希望に満ちたまま固まっていた。その瞳だけが揺れ動き、涙が頬を伝う。


「紐だけ焼け残ったら、カモフラージュにならないからよ」


 穏やかな声で私に訳を説明して、アリエッタは部屋を出た。

 ロアンをまたぐ際、アリエッタは小さく「さようなら」と呟いた。


 私たちはそれぞれ鞄を持って、玄関に立つ。

 アリエッタは名残惜しそうに、屋敷を見つめていた。


「……ここは私の全てだった。私の世界は、この場所で完結していたのに。どうしてみんな、放っておいてくれなかったのかしら」


 それは彼女にしては珍しい、憎しみのこもった声だった。アリエッタの横顔は寂しそうで、私はついこんな事を言ってしまった。


「永遠に変わらないものなんてありませんよ。私達がどれだけ大切にしていても、世界はそれを奪っていく。だから、いつでも新しいものに目を向けてください。過去を想っても辛いだけだ」


「……それは、貴女もいずれ消えてしまうという事?」


 アリエッタは私を見た。霞んだ瞳でただ、寂しそうに見つめていた。


「私は貴女を絶対に裏切りませんよ。でも約束はできません」


 私は知っているから。どれだけ自分達が危うい存在であるかを。どれだけ大切に想っても、人はあっさりと死んでしまう。世界は無慈悲に奪って行ってしまう。だから希望なんて、持てるはずがない。


「約束しなくていいわ。ただ、いつまでも私の傍に居て」


 アリエッタはいつも通りの穏やかな口調でそう言うと、魔法で火の粉を出した。

 まき散らされた燈色の粒子は、床に落ちて炎となった。火は油を伝って屋敷の奥へと走っていく。


「さようなら、お父さん、お母さん」


 アリエッタは祈る様に呟いて、屋敷を後にした。

 私達は屋敷が消えゆく様を見届ける事なく、次の狩場へと向かった。

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