憂鬱な殺人閑話2
翌日から、私の核である魔石に戦闘動作を書き込む作業が始まった。アリエッタは行動を起こす前に、私を仕上げておきたかったらしい。
魔法百十四種、戦闘動作七十七種、身体機能十三種という膨大な情報の書き込みは、丸二日を要する重作業となった。
夜中の零時を迎えたちょうど今、その最後の書き込みが終了した。
「さあ、これで貴女は完全よ」
アリエッタはうっとりとした表情で、人形の頭部を開いた。幾重にも重なった防御壁が開いていき、格納庫が現れる。そこに魔石をはめ込み、アリエッタは人形の頭部を閉じた。
私の視界は闇に包まれる。
意識が身体に流れ込んでいく。人形の中に血脈の様に張り巡らされた管を通って、私の魔力が染み渡る。
二分がかりで私の身体は起動した。視界が開けて、アリエッタを見下ろす。
「どうかしら?」
「異常ありません。それどころか、調子がいいみたいです」
二日がかりのアップグレードで、私自身がこの身体に適応したのだろう。感覚がこれまで以上に良く馴染む。まるで最初から私の身体だったかのような、安定感だ。
「……これでようやく、始められますね」
アリエッタはゆっくりと頷いた。
「ええ。計画の準備は全て整っているわ」
アリエッタは笑う。憎悪は彼女にとって、悦楽でしかないから。だからこそ、これから私たちが始めるのは復讐であって、復讐ではない。すなわちこれは――
「狩りの時間を始めましょう」
アリエッタは命じる。彼女は狩人で、私は猟犬だ。
◆
今夜の天気は雪だった。
こんな夜ほど、雪が降る。まるで何かの暗示みたいに。
私はアリエッタを抱えて、夜の街を跳んだ。道を往くよりもこの方が早く移動できるからだ。それに人目にも付きにくい。私達はこれから人を殺しに行くのだから、このくらいの用心はしておくのが当然だろう。
屋根伝いに跳んだおかげで、私達は三十分以上かかる道のりを十分も経たずに往く事ができた。
パスフィリク家の敷地の門前には、誰も立っていなかった。目を凝らすと、屋敷の前には灯りが見えた。深夜帯で雪という事もあって、門番は玄関に待機しているらしい。
「アリエッタ、玄関前に二人居ます。この間の男たちみたいですね」
「……そう。別にどうでもいいわ。手早く殺してしまって」
アリエッタはその言葉通り興味がないのか、表情一つ変えずに命じた。
「承知いたしました」
私は門を足場に、強めに跳んだ。門から屋敷までは少し距離があるからだ。空中で透明化の魔法をかけて、静かに着地する。玄関から約三メートルの距離。射程圏内だ。
私は魔法で麻痺魔法を飛ばした。門番達は声も出せずに地面へ倒れる。
透明化を解除し、抱えていたアリエッタを地面に降ろす。
歩いて来る私たちを見て、門番たちの瞳が揺れているのが分かった。混乱と恐怖が、その固まった表情から窺える。
私は門番の一人の額に人差し指を当てて、電撃魔法を流した。門番は体を震わせて、動かなくなった。
もう一人の元へと行き、同じように額に指を当てる。この門番は、アリエッタを殴った男だったか。
「この前はどうも、門番さん。今日は入れていただきますね」
涙を流す門番へ愛想良く笑いかけて、電気を流した。少しやり過ぎたのか、煙が口から吹き上がってきた。
不用心にも、屋敷の玄関に鍵はかかっていなかった。
私は扉を開けてアリエッタを中へ通す。それから、アリエッタの指示で門番の死体を持ち上げて中へと入れた。
「アリエッ――お嬢様、この死体をいかがいたしましょう?」
万が一の事を考えて、外では名前を呼ばないようにした方が良いだろう。
「この屋敷にも地下室はあるでしょう。そこへ運んで頂戴。とりあえず事が終わるまでは、その辺に積んでおいていいわ」
「承知いたしました」
玄関隅に死体を放り投げる。
「生体感知は人形の機能についているから、この屋敷の人間を探し出して皆殺しにして頂戴。なるべく痕跡を残さないように。私は、ロアンとパスフィリク夫人を探すわ。その二人を見つけても、一人で殺してはダメよ」
アリエッタは無邪気な笑顔でそう言うと、一人屋敷の奥へと行ってしまった。
私は命じられたとおり、身体に備わった生体感知機能で生き物の痕跡を探した。これは魔力の源である生命力を感知する機能だ。生命力と言っても、この世界には自然物と動物で異なる二種類のものが存在していて、この機能は主に動物のものに作用する。見た感じをざっくりと説明してしまうなら、温度の代わりに生命力を見る、サーモグラフィーならぬライフグラフィーとでも言ったところか。
精度はなかなか高いようで、壁越しでも部屋の中で寝ている人間の形がはっきりと分かる。しかも広範囲を検知できる。屋敷の敷地内にどれだけの人間が居るのかは、一瞬で知る事が出来た。これをアリエッタが知らないはずはない。おそらく、彼女は探す手間すら楽しみたいのだろう。
屋敷の中には女が四人に男が一人。それと子供が一人居る。ロアンと夫人は個室で寝ているので、すぐに分かった。男に関しても……まあ、これは別にいいだろう。
私は一つの部屋でまとまって寝ている女性三人を、始末しに向かった。
痕跡を残すなと言われたので、悲鳴や血が出ないように雷撃魔法で片付けた。
生体感知を使うと、アリエッタはまだロアンの部屋に居るようだった。争っている様子はないみたいだが、念のため向かう。
ロアンの部屋の扉を開けると、アリエッタがロアンを見下ろしていた。ロアンは手足を後ろでまとめて縛られ、猿ぐつわをかまされていた。
アリエッタは私の方へゆっくりと振り向いた。
「あら、貴女の方はもう終わったの?」
「はい。ご指示通りに」
「そう。ご苦労様。じゃあ、一緒に夫人のところへ行きましょうか」
アリエッタはロアンを無視して、こちらに歩いてきた。
「……そのままでよろしいのですか?」
私が訊くと、アリエッタは少し振り向いて横目にロアンを見た。怯えた様子で私達に何かを訴えようとするロアンの表情を見て、アリエッタは心底嬉しそうに笑顔を浮かべる。
「あの子には少し手伝ってもらいたいことがあるから。後で拾いに戻りましょう」
アリエッタは廊下へ出て行ったので、私もそれに続いた。
「ここが夫人の部屋ですね」
部屋の前に来たので伝えると、アリエッタは礼だけ言って通り過ぎてしまった。不思議に思いつつも、アリエッタの後に続く。
彼女は無人の部屋の前に来ると、「ここね」と呟いて中に入った。
そこは書斎の様だった。扉のプレートにギャランの名前が有ったので、彼の部屋だろう。アリエッタは書斎机を漁り始める。
「ミュー、刃物と鍵を探して頂戴。ああ、鍵はあったわ。刃物をお願い。短剣がいいわ」
「承知いたしました」
私は壁際に設置された棚を物色する。勲章やトロフィーが並んでいる中に、ケースに入った銀色のナイフを見つけた。刃にはギャランの名前が彫られている。
「アリエッタ、これはどうでしょう?」
「名前が彫ってある。良いわね。こういうのが欲しかったの。ありがとう」
アリエッタは受け取ったケースをわざわざ書斎机に置いてから、開いてナイフを取り出した。
「さあ、行きましょうか」
アリエッタは漁った形跡を片付けて、部屋を出た。
夫人の部屋の前に来ると、アリエッタは躊躇なく音を立てて扉を開けた。ベットの上に居た男女が、驚きの形相でこちらを見つめる。
アリエッタは男が居る事に初めて気が付いたのか、少し意外そうに声を出した。
「あら、これは好都合」
無遠慮に寝室へ踏み入った侵入者に、夫人は怒声を浴びせる。
「あんた達誰よ! どうして家のお屋敷に居るの!?」
不倫現場を見られたからか、夫人は気まずそうな表情を見せた。相手の男の方は、状況が呑み込めずに固まっている。
アリエッタはそんな夫人に、恭しくお辞儀をした。
「はじめまして、夫人。私はギャランの姪のアリエッタと申します。……初対面で恐縮ですが、貴女には死んでいただきますわ。呪うのなら、叔父様を呪ってください」
アリエッタの言葉に反論する機会は、夫人には無かった。次の瞬間、麻痺魔法で硬直した夫人は、ベットの上にひっくり返ったからだ。
間男が悲鳴を上げてベットから飛び降りる。
「ミューっ!」
アリエッタの指示に従い、間男をぶん殴って取り押さえた。
「ぼ、僕は何もしてない! む、無関係だろう!」
「何もしていない人間なんて、居ないわ」
男の悲痛な叫びに、アリエッタは冷たく応えた。
アリエッタは夫人へ歩み寄ると、その首にギャランのナイフを突き立てた。アリエッタがナイフを抜いた瞬間、心臓の鼓動に合わせて血が二回飛び散った。それで終わった。
「なあ、助けてくれよ。誰にも言わないからさ。必要だって言うなら、金も出すから」
懇願する男へ、アリエッタが言い放つ。
「ダメよ。お金で解決しようとする人間は、お金をもらえば裏切るのよ」
アリエッタは私に間男の口を塞がせ、ナイフで間男の心臓を突き刺した。今度は抜かなかった。
「この二人はこのままでいいわ。ギャランが不倫現場を押さえて、殺したように見えるでしょう。――私は金庫を探すわ。貴女は地下室に門番の死体を隠して頂戴」
「承知いたしました」
私達は再び分かれた。私は命じられた通りに地下室を探し、死体を地下へと移動させる。ちょうど最後の一人を運び終えたところで、アリエッタが玄関で待っていた。その手には大きな皮袋が握られている。
「有ったわ。ギャランの隠し金、八千六百マネ。これでは足りないほど借金があったのか、それともケチなだけなのか。……多分、後者でしょうね」
アリエッタは呆れたようにため息をついた。これではオルコットも救われない。
「ミュー、ロアンを担いできて頂戴。私たち二人を抱えて、跳べるかしら?」
「大丈夫だと思います。今日は風が穏やかなので」
「そう。なら、お願いするわ」
命じられた通りロアンを運び、屋敷を離れた。怯えきったロアンは、抵抗せずに大人しくしていた。私はロアンを抱え、アリエッタを背負って夜の街を跳んだ。
流石に二人も運ぶと飛距離は落ちる。それでも難なく屋根を跳んで移動する事ができるのだから、この身体の性能に驚くばかりだ。
屋敷へ戻ると、アリエッタの指示で作業部屋にロアンを転がした。それから、屋敷中に油を撒く。
作業部屋は特に念入りに撒いた。その様子を見て、ロアンも私たちが何をしようとしているのか、気が付いたのだろう。それまで大人しかった彼女が、急に暴れだした。
この部屋は防音仕様なので、私はロアンの猿ぐつわを取ってやった。
「あなた達、私を燃やす気?」
「アリエッタは、そう考えているようですね」
「お願い、助けて。私まだ、死にたくない」
ロアンは泣きながら、私に懇願した。
「そういうのは、お嬢様と相談してください」
私がそう言うのと同時に、アリエッタが部屋に入ってきた。彼女の手には旅行用の大きな鞄が握られている。
「ミュー、これに工具を入れて頂戴。やっぱりお父さんの物は持っていくわ」
アリエッタはそう言って、作業台の上に鞄を広げた。
私も作業台へ行き、荷作りを手伝う。
「ちょっと、アリエッタっ!」
ロアンが叫んだ。
「廊下にもお金を入れた鞄があるから、出るときに持ってきてほしいの。私じゃ重くて」
「承知いたしました」
アリエッタはロアンに構う事なく、工具をまとめる。
「アリエッタっ!」
「はぁ……なにかしら、ロアン?」
アリエッタは静かな表情で、ロアンに振り向いた。
「お願い、助けてアリエッタ。あの事は謝るから!」
「あの事? いったいどの事かしら。刺した事? 私に残飯を浴びせた事? ああ、指の骨を折られた事も有ったわね。その事かしら? もう、謝ってくれなくても良いわ。私は別に、貴女に復讐したくてここに連れてきたわけじゃないのだもの。貴女の父親同様、私も貴女を口実にさせてもらうわ。貴女に一番の屈辱をあげる。貴女は、貴女があれほど嫌った私になって死ぬのよ」
淡々と、感情の無い声でアリエッタは話した。侮蔑や軽蔑ではなく、単なる興味の欠如によるものだろう。アリエッタにとっては、オルコットを殺した人間以外に興味は無いのだ。それがたとえ、自分を虐げてきた相手であっても。
アリエッタが今までロアンに手を出さなかったのは、それだけの理由なのだ。本当に殺すほど興味が無かった。
ただ、言葉の最後に彼女を悔しがらせようとする意図が見えた事に、私は少し驚いた。それは僅かであっても、ロアンに対する想いがある事への表れだから。それが興味と呼べないほどに、微量な感情であったとしても。
鞄に荷物を入れ終えて、アリエッタに声をかける。
「お嬢様、終わりました」
アリエッタが中身を確認して、頷いた。私は鞄を閉めて、廊下に運ぶ。
扉が開けっ放しなので、部屋の中から、二人の会話が聞こえてきた。
「お願い、助けてアリエッタ。何でもするから、殺さないでっ!」
「――」
いや、正確にはロアンが一人で騒いでいるだけか。
「……ミュー、ロアンの紐を切ってやりなさい」
私が部屋に戻ると、どういうつもりなのかアリエッタはそんな事を言った。
私はロアンの手足を縛る紐を焼き切った。絡まった紐を解いてやると、ロアンは私を突き飛ばして扉へと駆け出した。
アリエッタは、そんなロアンの背に麻痺魔法を飛ばした。硬直したロアンはその場に倒れ込む。
ロアンの表情は希望に満ちたまま固まっていた。その瞳だけが揺れ動き、涙が頬を伝う。
「紐だけ焼け残ったら、カモフラージュにならないからよ」
穏やかな声で私に訳を説明して、アリエッタは部屋を出た。
ロアンを跨ぐ際、アリエッタは小さく「さようなら」と呟いた。
私たちはそれぞれ鞄を持って、玄関に立つ。
アリエッタは名残惜しそうに、屋敷を見つめていた。
「……ここは私の全てだった。私の世界は、この場所で完結していたのに。どうしてみんな、放っておいてくれなかったのかしら」
それは彼女にしては珍しい、憎しみのこもった声だった。アリエッタの横顔は寂しそうで、私はついこんな事を言ってしまった。
「永遠に変わらないものなんてありませんよ。私達がどれだけ大切にしていても、世界はそれを奪っていく。だから、いつでも新しいものに目を向けてください。過去を想っても辛いだけだ」
「……それは、貴女もいずれ消えてしまうという事?」
アリエッタは私を見た。霞んだ瞳でただ、寂しそうに見つめていた。
「私は貴女を絶対に裏切りませんよ。でも約束はできません」
私は知っているから。どれだけ自分達が危うい存在であるかを。どれだけ大切に想っても、人はあっさりと死んでしまう。世界は無慈悲に奪って行ってしまう。だから希望なんて、持てるはずがない。
「約束しなくていいわ。ただ、いつまでも私の傍に居て」
アリエッタはいつも通りの穏やかな口調でそう言うと、魔法で火の粉を出した。
まき散らされた燈色の粒子は、床に落ちて炎となった。火は油を伝って屋敷の奥へと走っていく。
「さようなら、お父さん、お母さん」
アリエッタは祈る様に呟いて、屋敷を後にした。
私達は屋敷が消えゆく様を見届ける事なく、次の狩場へと向かった。




