憂鬱な殺人閑話1
朝を迎え、アリエッタの状態はひとまず落ち着いた様だった。今は狂乱の状態から脱し、理性的に話す事ができるようになっている。
それでも身体の調子は悪いそうで、彼女の顔色は冴えない。死人の様な血色の悪い肌は、危うい気配が常に漂っていて、倒れやしないかと不安になる。
そんな状態で、彼女は私の整備を始めた。心配する私をよそに、彼女は楽しそうに作業をするので、止める気にはなれなかった。
娼館襲撃で得た経験を元に私は評価点と改善点をアリエッタに伝え、彼女はそれを聞いて私の身体を調整する。そんな作業が丸一日行われた。
「少し休みましょうか」
アリエッタはそう言って、座っていた椅子の背もたれに倒れた。
たった今調整が終わった右脚を動かしてみながら、私はアリエッタに気になっている事を訊いてみる。
「アリエッタ。一つ、訊いてもよろしいでしょうか?」
「いいわ」
疲れが出たのか、アリエッタは椅子に背を預けた姿勢で目を閉じたまま応えた。
「どうして私を、戦闘人形へ改造したのですか?」
少しの間。
アリエッタはしばらくして、何かを納得したように声を上げた。
「……ああ、なるほど。嫌ね、ミュー。私がお父さんの設計図をいじる訳がないでしょう。貴女は最初から戦闘人形だったのよ」
アリエッタはうっすらと瞼を上げて、微笑みながら私を見た。
その返答は予想外だった。私はオルコットが戦闘人形を造る訳がないと信じていたからだ。そのせいで、私はアグラード先生の言葉に揺り動かされたというのもある。
「オルコットがこの身体を設計するとは、意外です」
それを聞いて、アリエッタはくすくすと笑った。
「確かに最初は意外だったけれど、造っているうちに私にもその意思は理解できたわ。それは、身体を使う貴女が一番分かると思っていたのだけれど」
「……申し訳ございません。私には、分かりません」
本当に分からない。オルコットと言う人は平穏を愛し、人を傷つける事を嫌う人間で在った。彼が私たちと同じ類のモノであるとはとても思えない。そんな彼がここまで徹底した兵器を造ってしまうだろうか。
「ミュー、武器というのはね、戦うためではなく守るために在る事が一番望ましい形なのよ」
アリエッタは体を起こして前のめりになると、私を見据えた。
「……オルコットは、貴女を守るためにこの身体を造ったのですか」
「ええ。そうだと思うわ。それと同時に、お父さんは自分の作品の集大成を造りたかったのだと思う」
「集大成ですか?」
「ええ。貴女のその頭を初めて私に見せてくれた時に、お父さん言っていたでしょう? これは僕の集大成なんだって。その頭は、元からその身体の為に設計されているのよ。……お父さんはね、貴女を造るまでに本当に多くの試作品を造ったの。半年の間に全部で十二体。それらは共通の機構を進化させながら受け継いでいったけれど、その設計思想は毎回異なっていたの。あれはきっと、お父さんなりの遊び心だったのかもしれないわね。魔法に特化したお人形に、武器を扱うのが得意なお人形。中には、一時的に行動速度が速まる人形なんて言うのも在ったっけ。あれは本当にすごかったわ。最後には自壊してバラバラになってしまったけれどね。そういった個性を、お父さんは全て貴女に詰め込もうとしたの。人形師オルコットが造った、最終作にして最高傑作。十三番目のお人形よ」
アリエッタが私の身体造りに執着していた理由が、ようやく理解できた。この身体は形見として、オルコットの存在を想わせるのに大きな意味を持つものだったらしい。
「私には、それほど多くの機能が搭載されているのですか?」
「ええ。完璧に仕上げたわ。いつかやったように、貴女の核に動作を書き込み終われば、使えるようになるはずよ。――ああ、まだ完壁とは言えないか」
そう言って、アリエッタは作業台の隅に置かれた紙を手に取った。アグラード先生が書き残していった、私の改善点だ。
内容が理解できない私へ、アリエッタは紙に書かれている事を解説してくれた。
「これはね、魔法での干渉を防御するための魔法式。つまりは、核に書き込む情報なの。人形は麻痺とか毒とかにならないから、私もお父さんも見逃してしまっていたわ。これが有れば貴女は完璧ね」
アリエッタは満足そうに言うが、私としては不満だ。もちろん、先生のおかげで私の力がより強固なものになるのは喜ばしい事だが、全ての事が結局彼女の思惑通りに運んでいる気がして嫌だった。
これはもう、完全に私の我儘でしかないのだが。
そんな事を思っていると、アリエッタは意外な言葉を呟いた。
「やっぱり、アグラード先生はすごい人だわ。でも、少し意地悪ね」
「……貴女が彼女をそんなふうに言うとは、意外ですね」
「あら、そうかしら? だって、あの人は貴女を苛めるのだもの。もちろん尊敬はしているけれど、それとは別の話よ。私、夢の中で貴女が先生に言いくるめられている所を見たの。駄目よ、惑わされては。貴女が無感情な殺戮者なんて、そんな事あるはずない。確かにそうなのかもしれないけれど、それだけではないはず。私の知っている貴女は、人を愛する事の出来る優しい人。だから自分の在り方に疑問をもってはダメよ。あの人は極端なだけなんだから」
「そこまで言っていただけるとは恐縮です」
こんなふうに評価してもらえると、やはり嬉しくなる。結局私の性質については、私自身はっきりとは理解できていないけれど。それはもう、私にとってさほど重要な問題じゃない。アリエッタがそう言ってくれるのなら、それでいい。
「事実を言ったまでよ。それに、意地悪と言ったのにはもう一つ理由があるの。これよ」
アリエッタは私にメモ書きを見せた。アリエッタが指さした一番下の項目には、こんな走り書きがしてあった。
『ギャランを問い詰めろ。君たちがやるべき事はそれで分かる』
何の事だろうか。この文面ではいまいちよく解らない。
「きっとあの人、全て分かっている。そのうえで、あえて私達にギャランを問い詰めさせたいのね」
確かにこの書き方だと、アリエッタの言う通りなのかもしれない。あの人はあの手この手でアリエッタの悪性を表へ出そうとしていたきらいがある。
まあ結局、今のアリエッタは薬の影響なのか、元々秘めていた悪性を隠そうとはしていない様なのだが。その証拠に、彼女は楽しそうな笑みを浮かべてこんな事を言った。
「でもまあ、先生の言う事に間違いは無いし、聞いてみるのも良いかもしれないわ。今から、ちょっと拷問しに行きましょうか」
コンビニに行くみたいな感覚でそんな事を言われても、という感じだが、私は彼女に従って立ち上がった。
そういえば今日は、食事を運んでいない。
◇
私が地下室の鉄扉を開けた途端、ギャランが憎たらしく吼えた。
「やっと来たか馬鹿者め! この私を餓死させるつもりかっ!」
面の皮が厚いとは、こういう事を言うのだろうか。この状況で、よくそんな態度がとれるものだ。
今日はアリエッタの為にランタンを持ってきたので、地下の様子がよく分かる。みすぼらしく汚れたギャランの姿もよく見えた。今すぐに視界から消し去りたい。
ギャランの側からも私達が見えているのか、眩しさに顔を強張らせながらも、アリエッタの姿に驚きの声を上げる。
「なっ! お前がなぜここに居る? アシュメス達はどうした?」
「彼らなら、私が始末しました」
アリエッタの代わりに答えると、ギャランは愕然とした表情をつくる。ようやく自分の身が危険であると認識できたのか、彼の態度に焦りの様なものが見え始めた。
「お、お前ら俺に何をするつもりだ?」
アリエッタが前に出て、それに答えた。
「あら、訊くまでもないでしょう」
脅しなのか、本心からなのか、アリエッタはくすくすと楽しそうに嗤う。
「俺に何かしてみろ、ふ、二人とも極刑にしてやるぞ!」
「あら、叔父様面白い。外に出られると、本気で思っているの?」
アリエッタはギャランの前でかがむと、その髪を掴んで吊し上げた。右手に持ったナイフを彼の耳元に突きつける。
「エルーシナの耳って、長くて切り落とし易そうね」
「なっ――や、やめろ。何を考えている――」
「唾を飛ばさないでくれるかしら? 斬ってしまうわよ」
ドスの利いた声に気圧されて、ギャランは言葉を飲み込んだ。
「三つの質問に答えてください。返答以外の事を話したら、どうなるか分かりますね?」
ギャランは必死に頷いた。
「どうして、私達を嵌めようとしたのです?」
「か、金が必要だったからだ」
「……いいでしょう。二つ目、お父さんを殺したのは叔父様?」
「ち、ちがう。あれは軍の拷問官が勝手にやった事だ!」
「いいわ。三つ目。この件で貴方に手を貸した人間の名前を全て教えて下さい」
「……」
ギャランは沈黙した。それにうんざりした様子で息を吐いて、アリエッタはナイフを彼の耳に入れた。
「あがぁあああああああああああああああああ!」
ギャランの絶叫が、部屋を満たした。
ナイフは彼の耳に半分ほど切り込みを入れた。
「うるさいわ。これ以上私に手間を取らせないでくださいな。でないと、本当に落としてしまいます」
アリエッタは少し煩わしそうに、それでも落ち着いた様子で淡々と話した。
ギャランにもアリエッタが本気だと理解できたのだろう。彼は涙を流しながら口を動かす。
「つ、妻のオルファだ。あ、あいつの父親は憲兵団の重役だから、口を利いてもらった。あ、あとはラズゴット支部長だ。軍の責任者だよ。彼には報酬も渡した!」
必死の形相で、早口気味にギャランは仲間を売った。
「ありがとうございます。叔父様。これで次に誰を殺せば良いかが分かりましたわ」
アリエッタはにこやかにそう言うと、ナイフを振り払った。
根元から断ち切られた耳が、宙を飛ぶ。
「―――――――――――――――――――――――――――!!!!」
耳を塞ぎたくなるような、不快な叫びが響いた。
アリエッタも顔をしかめて耳を塞いでいたので、急いで彼女を地下室から連れ出した。
鉄の扉を閉めれば、中の音はもう届かない。
「ふぅ、まったく――」
アリエッタはうんざりしながら呟いて、私の方を向いた。
「お腹すいたし、夕食にしましょうか」
彼女は何事も無かったかのように、すっきりとした顔で私にそう言った。