羅刹の女2
「私があの事件の犯人さ」
アグラード先生は不敵に笑ってそう言った。表情は冗談めいているのに、その声はとても真剣だった。
「……貴女は、殺人鬼なのですか?」
「殺人鬼……そうだね。これまで幾度となく、私はそう呼ばれてきた。面と向かって言われるのは、これが初めてだけどね」
嬉しそうに、アグラード先生は言う。その心理を、私は理解できない。
「冗談ですよね?」
その事実を否定したくて、私は願うように問う。それをアグラード先生は嘲笑った。
「どうしてそう思うのだね」
「だって、貴女はそんな人じゃない。貴女はいつだって子供の――アリエッタの味方だった」
アグラード先生は、一瞬微かに瞼を上げた。
「光栄なことだね。君のような子に、そう言ってもらえるとは。だが、私は誰の味方でもないよ。確かにアリエッタと君は、私のお気に入りだ。君たち二人を援助している事も否定はしない。だが、それは私の趣味だからというだけの事だ。死んだ娘たちは、私の気分を害したから死んだ。私の――いや、私達のアリエッタを虐げたから、殺したんだ」
アグラード先生はいつも通りの様子で話す。その不敵な態度は、己の悪を肯定できる強さの表れなのか。
「そういう意味では、君と私は似て非なる殺人者だ。君は他のために施行し、私は己がために思考する。だが、たどり着く結果は同じだ。君には匂いが分かるだろう?」
「匂い?」
アグラード先生は私に歩み寄る。彼女は私の髪に触れた。
「血の匂い。同族の匂いだ」
アグラード先生は言う。自ら怪物と称した私と、同じモノなのだと。
「――なら、今度は私が訊く番です。貴女の衝動の起源、趣味と称したそれは何なのですか?」
問う声は、震えていた。私自身、その理由がわからない。妙な昂りが、私を落ち着かなくさせる。
「私はね、花を育てるのが好きなのさ」
アグラード先生は嗤う。間近で見て、初めてこの人の笑顔が偽物である事を知った。その瞳は虚ろ。底なしの闇。それは、私がかつて居たあの場所と同じ。この人の中には「 」しかない。
私はこの人が、たまらなく恐ろしい。
「花とは……アリエッタの事ですか?」
発した言葉はまた、震えていた。この身体になって、自分の身に降りかかる恐怖に慄いたのは、これが初めてだ。
「そうだよ。そして、君の事でもある。――私は寂しいんだ。孤独であるから、仲間が欲しくなる」
「仲間……私と貴女はそうかもしれない。でも、彼女は違う。貴女は彼女を、歪めようと言うのですか」
「いいや。アリエッタは至上の逸材だよ。私は自ら壊れ、君は誰かに壊された。だが、あの子は最初から壊れている」
「そんなはずない!」
私はアグラード先生から距離を取った。呪縛を断ち切り、恐怖を押し込める。
「貴女は、悪魔だ」
「然り」
アグラード先生は嗤う。
「最初からアリエッタを、壊そうとしていたの?」
「否。最初から彼女は壊れていた。それにここ最近の出来事は、私の思惑とは無関係だよ」
「それでも、きっかけを作ったのは貴女だ。貴女はさっき、事の原因が自分にあると言ったじゃないか」
「もちろん。私が六人の少女を殺さなければ、ロアンがあんな行動に出る事は無かっただろう。だが、たとえ私が動かなくても、いつかこうなっていたさ。例えば君だ。君はアリエッタに最悪を運んでしまったと恐れていたが、それは半分当たっている。君の存在がアリエッタを変えたことは間違いない。君が居なければ、アリエッタは静かに潜む事を、辛抱強く続けていただろう。だが君が、彼女に立ち向かう選択がある事を教えてしまった。それは一見、正しい事に見えるだろうが、人にはそれぞれ見合った戦い方というものが在る。君はアリエッタに、身の丈以上の行動を強要してしまったのだ。そのせいでロアン達の行動は悪化した。私が彼女を庇わなければ、いつか必ずアリエッタは傷を負った。私がきっかけを作らなくてもね」
「だったら、貴女は庇うだけで良かったはずだ。それ以上の事を、貴女は自分の為にやったのでしょう」
「その通り。だが、それはアリエッタの為でもあった。君は彼女の表層しか知らないだろう。君はアリエッタをどんな子供だと思っていた? 純粋で無垢な子供など、この世にはいないよ。人であれば、必ずその内に闇がある。彼女は私の図書館で何を研究していたと思う? 彼女が初めから壊れていると言ったのは、そういう事だ」
「アリエッタが、ロアン達を殺そうとしていたと?」
「ああ。君が現れるよりもずっと前からね。おそらくは、ただの妄想だったのだろう。だが、それだって繰り返せばいつか本物になってしまうかもしれない。彼女は一年以上もの間、実に多彩な殺人構想を組み立てていた。全てを感知しているわけじゃないが、十や二十では収まらないだろう。そして、そのどれもが美しかった。あの子は神童だよ。かつて魔王と呼ばれた者達でさえ、あの子には及ぶまい」
「……それが貴女の妄言でないと、証明できる根拠があるの?」
私は得も言われぬ圧迫感をふり払って、なんとか声を吐き出した。
「証拠が必要かね?」
「ええ。でないなら、貴女はアリエッタを侮辱した事になる」
私は構える。
「そうやって、君は戦おうとする。それは君が戦えるからだろう。戦える身体は誰にもらった? その新しい身体は誰が造った? それが証明にならないかね」
「これを設計したのはオルコットだ!」
私は叫んだ。否定したかった。そんな事があるはずないと。
だが、オルコットは私を普通の人形にすると言った。オルコットは兵器を造る事を嫌った。そんな彼が、今の身体を設計するだろうか?
この身体はあまりにも、戦いに特化している。人を殺すのに、都合が良すぎる。
「真実を知ろうとするのなら、アリエッタと話せ。君たちは互いにもっと話をするべきだ。自分達の話をね。互いを美化しすぎているよ、君たちは。君はアリエッタの事を本当に理解しようとしているかい? 綺麗なところだけを見て、深入りしようとはしなかったんじゃないのか?」
アグラード先生の指摘が、痛いほど胸に刺さった。
その通りだった。嫌われたくなくて、嫌いになりたくなくて、私はいつも心のどこかで距離を取っていた。アリエッタの事を、アリエッタ自身から聞こうとはしてこなかった。
気力を無くし、戦意を失って、私は構えを解いた。
「――貴女はどうして、そう何でも分かるんです? 貴女は、不自然なまでに私達の事を知っている。知り過ぎている。まるで、心を読んでいるみたいだ」
アグラード先生は感心した様子で、眉を上げた。
「心を読むか。なるほど、いい表現だ。これは、まあ、才能の様なものだよ。私は人の本質を見定める事ができる。そういう力があるんだ」
アグラード先生にしては珍しく、言及を避ける様な迷いのある口ぶりだった。
「その千里眼みたいな力で、私達を惑わすのが貴女の趣味なの?」
自分でも驚くほどに、声に覇気がない。痛い所をつかれて、よほどショックだったのか。
「惑わすつもりはないさ。さっきも言ったが、私の趣味は育てる事なんだ。――アグラードはこの国ができる以前から、代々王に仕える者達だった。私にもその血は流れているのだろう。私は仕えるべき王を求めている」
「王様? 何の話をしているの?」
「アリエッタだよ。あの子には特別な器があるんだ。人は誰でも器を持っている。そこに何を入れるかは個々の自由だが、器の大きさは平等じゃない。世界を救う勇者や、覇を称える王にはそれにふさわしい強大な器がある。それを人は才能や資質と呼ぶ」
「アリエッタには、そういう器があると?」
「ああ。彼女はきっと大きなことを成すだろう。それこそ、かつて魔王と呼ばれた支配者たちの様な存在になるかもしれない。私は彼女をそこへと導きたい」
陶酔した様子で、アグラード先生は語った。
「大した趣味ね。そんな事の為に、アリエッタをこんな目に遭わせたの? 自分の都合よくアリエッタを傷つけて、異常者にしたいわけ!」
許せない。私達を欺いたこの女が、許せない。
「アリエッタは最初から異常だよ。言っているだろう、あの子は最初から壊れていた」
「だまれっ!」
掴みかかる私を前に、アグラード先生はため息交じりに指を鳴らした。
瞬間、私の身体は支えを失って崩れ落ちた。
何が起きた?
アグラード先生は私を見降ろして言う。
「これは大きな弱点だな。魔力の流れを止めただけで、動けなくなるとは……」
アグラード先生は私の顔に手をかざした。すると再び、身体の感覚が繋がった。
「何をしたのです?」
私は立ち上がりながら、アグラード先生に問う。
「君の体内を流れている魔力の流れを止めたのだ。このくらい、一流の魔法使いなら誰でもできるぞ。――工房に案内しろ。アリエッタのために、改善点を残していこう」
そう言ってアグラード先生は、部屋を出た。私も仕方なく後を追う。
私は先導して、アグラード先生を作業部屋へと連れて行く。無防備に背中を見せるのは落ち着かないが、彼女は何もしてこない様子だった。
「貴女は結局、アリエッタの味方なのですか?」
「一度だって敵対した事は無いよ。私は彼女が持つ、本来の資質に目覚めてほしかっただけなんだ。そういう意味では、君の敵ではあるかもな」
背後で、アグラード先生は小さく笑った。
作業部屋へ通すと、アグラード先生は作業台の設計図を一通り見てから、新しい紙を取り出して何かを書き始めた。
半ば監視のつもりで様子を見守っていると、アグラード先生は手元を止めずに口を開いた。
「ロアンの取り巻きを殺したのは、アリエッタを守るためだった。誓って、ロアンがあんな行動に出るとは思っていなかったよ。連鎖的にこういう状況になってしまうと予想できていたのなら、私だって止めたかった。君とは考え方が違うけれど、それでもアリエッタを友人だと思っているんだ。私は彼女の本質を肯定してあげたかっただけで、傷つけるつもりは無かったんだよ」
アグラード先生は落ち着いた調子でそう言った。私には、それが本物の後悔がこもった言葉に聞こえた。
「……確かに貴女は、優しい先生でしたよ。だから、分からない。貴女が言う、あの子の本質ってやつが」
アグラード先生は困った様な顔で笑う。
「……それこそ、アリエッタと話して君が見定めるべきだ。私の口から言ったところで、君は信じないだろう。あの子は君が思っているほど、清らかな娘ではないさ」
書き物を終えたのか、アグラード先生は立ち上がった。
「君もいずれ彼女の本質に気が付くだろう。彼女はいつか必ず、私達と同じ道に足を踏み入れる」
「そんな事、私がさせない」
アグラードを睨みつける。対する彼女の瞳は、ただ虚しく私を見つめる。
「今日は帰るよ。中和用の薬を置いて行くから、暴れだしたら水で薄めて飲ませなさい」
アグラード先生はわざとらしく肩をすくめると、部屋を後にした。
……
私はアグラード先生を追いかける。
「玄関まで、送ります」
礼儀として申し出ると、アグラード先生は、嬉しそうに笑った。




