表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
憂鬱な13No.s  作者: EBIFURAI9
【第一章】少女崩壊
18/274

――の話3

「それでは、行ってまいります」「行ってきます」


 私たちはオルコットに見送られて、夕暮れの街へと出掛けた。


 アリエッタの不安を少しでも解消できればと、私は彼女に手を差し出す。アリエッタはそれを直ぐに握り返してきた。木製の手が軽くきしむ。


 震える手は、寒さからか。それとも――


 アリエッタの吐く息が白い。防寒に徹した彼女の服装を見れば、外がそれほどに寒くなっている事が分かる。

 外出前、オルコットから半ば無理やりにマフラーを巻かれたが、その理由がよく分かった。エプロンドレスだけでは、かえって目立ってしまうからだろう。私は寒さを感じない分、そういうところに意識が回らなかった。


「こうしていると、姉妹みたいに見えるのかな」


 アリエッタが不意に呟いた。


「どうでしょう。そうなると、背の高さ的に、私がお姉ちゃんでしょうか」


 私の方が、頭一つ分彼女より高い。私の返しに、アリエッタは不満げに唸った。


「ミューがお姉ちゃんかぁ……分かるような、分からないような」


「……まあ、そうかもしれませんね。アリエッタには、色々な事を教わりましたから。確かに貴女の方が姉っぽいかもしれませんね。――それにしても、随分と小さいお姉ちゃんですね」


 私がからかってそう言うと、アリエッタはむくれた。


「むぅ……すぐに大きくなるもの。そうしたら、ミューの事なんてすぐに抜いてしまうんだから」


「ええ、本当ですかー」


「あぁっ! 今日のミュー、ちょっと意地悪ね」


「ふふっ、すみません。……あっ、でもこの服装だと、姉妹よりも。主従の方がしっくりくるかもしれませんね。令嬢とその侍女みたいな」


「えぇ、私そんな柄じゃないよぉ」


「そうですか? 私は似合うと思いますけどねぇ……お嬢様っ」


「もう、止めてったら」


 アリエッタがくすくすと楽しそうに笑った。このところ見る事の無かった、彼女の本当の笑顔だ。


 ――ああ、良かった。


「あっ、少し遠回りをしてもいいかしら?」

 十字路に差し掛かり、アリエッタが提案した。私は当然、それに従う。


「この先にね、私の好きな場所があるんだ。ミューをいつか連れて来たいと思っていたの」


 アリエッタが私の手を引いた。その事に少し驚きつつ、安堵する。


 家を出たときには辛そうに固まっていた表情も、今は穏やかで明るいものに変わっている。やはり、アリエッタを外に連れ出したのは正解だった。


 アリエッタに引かれて訪れたのは、商店の多く並ぶ区画だった。街灯とショーウィンドウの輝きが古い街並みを美しく照らしていて、洒落た雰囲気の場所だ。


 人通りが一気に増えて怖くなったのか、アリエッタは私にしがみつくような形で歩いていた。心配だが、彼女がここに来たいと言ったのだから、どうしようもない。


 アリエッタは仕立物屋のショーウィンドウの前で止まった。


「ここよ、アリエッタ」

「おぉ……」


 思わず声が漏れてしまう。


 ショーウィンドウにはマヌカンが三体並んでいて、女性物の服を着飾っていた。その周りを、冬を意識した煌びやかな装飾が彩っている。作った者のセンスを称賛したくなるような光景だった。


「すごく素敵ですね、アリエッタ」


「でしょう? このお店、季節ごとにショーウィンドウの中身が変わるんだけど、毎回すっごく綺麗なの。しかもここにある人形は、全部お父さんが造ったものなんだよ」


「へえ、これが全部」


 ショーウィンドウの飾りの中には、いくつか人形がある。妖精や小人を模した小さな人形が、雪の中で楽しげに踊っていた。今にも動き出しそうな、生命力を感じる人形たちに、私は心の底から感心した。


「オルコットは、本当に良い職人ですね。彼の作品には、なんというか、優しさがある」


 ただ精緻せいちであるというだけではない。見ているだけで安心するような、そんな柔らかさがこの人形たちにはある。オルコットの人柄が表れているようだ。


 アリエッタは隣で頷く。


「うん。分かるよ。見ていると、とっても温かな気持ちになれるよね。私、お父さんが造った人形が大好き」


「ええ。私もです」


 私たちはしばらくその光景に見入っていた。普段なら一分もすれば見飽きてしまうようなものなのに、私はそこから離れがたかったのだ。きっと、アリエッタも同じだった事だろう。


 ふと見たアリエッタの横顔は、とても印象的だった。真剣と表現してもいいほどに彼女はショーウィンドウの中を見つめていて、その瞳だけが彼女の感情を表すようにキラキラと輝いていた。幸福な子供の顔。そしてその姿に私もまた、幸せを感じてしまう。


 私が願う時間がここにある。永遠に、このままだったらいいのに。


 それでも約束の時間というものが在るので、私はアリエッタに声をかけて、再び歩き始めた。完全に夜を迎えた街は、人通りが更に増えてにぎやかになっていた。


 私はアリエッタを抱き込むような形で、道を急いだ。アリエッタの身体が震えている。ここから一刻も早く離れたかった。


 通りを抜けて商店の少ない場所まで行くと、人通りは一気に減った。地図によると、ここから先は住宅街になるので、もう大丈夫だろう。私はアリエッタの手を取り、再び並んで歩いた。


 私は周囲に気を配りながら、アリエッタの様子を定期的にうかがった。顔色は良い。家を出る前よりも、ずっとすっきりとした顔をしていた。


 そのせいで、私に隙が生まれてしまったのかもしれない。


 曲がり角に差し掛かったところで、急に建物の陰から男が現れた。アリエッタが男と衝突して倒れそうになるのを、私は慌てて受け止める。


「ごめんなさ――」

「気をつけろっ!」

 男は怒鳴ってこちらを一瞥いちべつすると、謝りもせずに去って行ってしまった。謝罪を怒気で遮られたアリエッタは、声を詰まらせる。


「チッ――あの男……大丈夫ですか、アリエッタ?」


 アリエッタは私にしがみついていた。脚が大きく震えて、生まれたばかりの小鹿の様になっている。


「だ、大丈夫よ――――あ、あれ? おかしいな……」


 アリエッタはその場に崩れ落ちてしまった。私を見上げるその表情は、酷く怯えている。唇は震え、瞳は視点が定まっていない。


「アリエッタっ!」


「ミ、ミュー、助けて、助けてぇっ! 私、おかしい。おかしいよ……体が、動かない――」


 アリエッタは、すがる瞳で私に訴える。


 私自身どうして良いか分からず、アリエッタを抱きしめた。守ると言ったくせに、なんて様だ。


「大丈夫です。……大丈夫。私が――お傍に居ます」


 幸いなことに通行人は居なかった。これで見知らぬ他人がこの場に居れば、状況はもっと悪化していたかもしれない。


 アリエッタが落ち着くのを待って、私は彼女を背負って道を引き返した。もう、アグラード先生の元へ行くほどの気力はアリエッタに無いだろう。今も私の背でぐったりとしている。


 最悪だ。最悪で最悪で最悪だ。

 何のための私なんだ。どうしてついて来たっ!

 最悪だ。守るって言ったのに、私はアリエッタを裏切ってしまった。これじゃあ、状況を悪化させただけじゃないか。私は、わたしはなんて――


 自分を責める事以外、何もできない無力さに憤りながら、私は屋敷へと戻った。


 屋敷へ戻ると、アリエッタは何も言わずに自室に籠ってしまった。閉め出されてしまった私は、心配するオルコットに状況を報告をする。


「……そうか。そんな事が――ありがとう、ミュー。一応言っておくけれど、君は悪くない。自分を責めないように。いいね?」


 話を聞き終えたオルコットは、私の心中を見透かしたようにそう言った。


「ですが……やはり私にも非があります。護衛としての役目を果たせず、申し訳ありません」


「なってしまったものは仕方ないさ、ミュー。不測の事態だったんだろう? なら、もういいよ」


 オルコットの声は少しだけ苛立っているようだった。それとも、憤っていたのか。どちらにしても、似たようなものには違いない。


 私は黙って頭を下げると、その場を後にした。


 どうも、今は居場所がない。私は意味も無く、屋敷の中を徘徊する。思考の中で渦巻いているのは、後悔ばかり。結局それは、ただ自分を慰めているだけの行為だと気が付いて、私は壁を殴った。


 来客を知らせるベルが鳴った。


 私は意識を切り替えて、玄関に向かう。オルコットと玄関で鉢合わせた。私が玄関の扉を開ける。

 外に立っていたのは、二人組の男だった。どちらも真っ黒な服装で、夜中に尋ねてくる時点でおよそ堅気カタギには見えない。


「どちら様でしょうか」

 警戒しながらたずねる。


「我々は、人形師のオルコット氏と会いたい。取り次いでもらえるか」


 ほとんど命令みたいな口調で、男の一人が言った。

 どうしようか迷っていると、後ろからオルコットが出た。


「僕がオルコットだ。何のご用ですか?」


「ここでは話せない。入れてもらえるかな?」


「……いいでしょう。どうぞ」


 オルコットも警戒しつつ、それでも謎の来客を客間へと通した。

 私は臨戦態勢を取っていたが、茶を出すようにオルコットから指示されてしまったので、仕方なく台所へと向かった。


 アリエッタの事もあって胸騒ぎがしたので、一刻も早く戻るために手早く茶の準備を済ませる。

 お湯を沸かしている最中にオルコットの怒号が聞こえて、私は客間へと走った。オルコットが声を荒げるなど、そうそうある事ではない。一ヶ月以上共に暮らしているが、初めての事だ。


「――僕はいくら積まれたって、国を裏切る事はしない。それに、あの人形はもう破棄してしまった」


 オルコットの声が聞こえてくる。さっきよりは落ち着いているが、それでも彼らしからぬ強い口調だ。それにしても、何の話だろうか。人形?


「オル――旦那様っ! 何事ですか」


 私はそう叫んで客間の扉を開けた。

 客間には応接用のソファーがあり、それに座って向かい合わせに話していたらしい。というのも、オルコットだけは立ち上がって、対面の男たちを睨んでいたからだ。


「……ミュー、お客様はもうお帰りだ。送ってさし上げなさい」


 オルコットは不快そうに顔をしかめて、私にそう命じた。

 話は終わったとオルコットに宣言されてしまった二人は、静かにソファーから立ち上がった。私は二人を先導し、玄関まで送って行った。念のために二人が門の外まで行くのを確認してから、戻った。


 オルコットは元の優しい様子に戻って、私に謝った。


「悪かったね。ありがとう、ミュー」


「いえ。それよりも、さっきの方たちはいったい?」


「……敵国の軍人らしいな。どうも、僕が造った人形を――つまりは君を買い取りたいと言ってきた。僕とアリエッタも亡命させるって」


「それであんなに怒っていらしたのですか」


「聞こえてしまったかい?」


 オルコットは恥ずかしそうに頬をかいた。それからまた深刻な表情に戻って、説くように私に言った。


「――それよりも、気になるのはアリエッタだ。あの二人がもしかしたら何かしてくるかもしれない。家の中に居ても、用心してくれ。頼むよ、ミュー」


「……承知いたしました」


 私はしっかりと頷く。これ以上、アリエッタに怖い思いはさせられない。今度こそ、私が守らなくては。



 しかし、そうした決意を裏切って、不幸とは続くものなのか。私の力が及ばないような場所から、その最悪は始まった。それは、今年初めての雪が降った朝の事だった――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ