――の話1
「――という訳です。六針縫う傷にはなりましたが、腕の機能に障害が残る事はないそうです」
アグラード先生が説明を終えた。
ここはアリエッタの寝室だ。ケガを負ったアリエッタは、直後に気を失って病院に運ばれ、治療を受けたそうだ。それから一度目覚めて、自力で帰って来たらしい。今も自分のベットで眠っているが、これは気疲れによるものだろう。
オルコットは話を聞き終えると、アグラード先生に頭を下げた。
「そうですか。ありがとうございました、先生。わざわざ家にまで来ていただいて」
「いえ。この件は私にも責任があります。娘さんをこんな目に遭わせてしまい、申し訳ございません」
「それで、憲兵の方には?」
「はい。現場に来た憲兵には、私から事情を説明しておきました。……とはいえ、パスフィリクの令嬢相手となると、どうなるか分かりませんが」
「……それは、しばらく様子を見ましょう」
二人の顔はとても複雑そうだ。アリエッタを刺したロアンという少女は、この街の領主パスフィリク家の一人娘だ。その父親は悪評の絶えない男で、買収や裏工作は平気でしてくるような人物だと聞く。二人が危惧しているのは、そういう事だろう。権力者と地位のない者の対立には、どの世界でも似たような問題が起こるみたいだ。
「そしたら、私はこれで。何かあれば、いつでもご連絡ください」
アグラード先生は小さく頭を下げると、部屋を出ようと歩き出す。途中、机の上に置かれた私を見て足を止めた。
「あっ、送っていきますよ」
オルコットの提案を拒否し、アグラード先生は言う。
「いえ、オルコットさんはアリエッタ君についてあげてください。……少し、ミュー君と話をしても?」
「えっ? ああ……」
オルコットが視線を私に移す。私が決めろという事らしい。
「承知いたしました。では、廊下で話を」
アグラード先生は、頭部だけの私を持ち上げて、部屋の外へと移動した。
静かな廊下に、小さなアグラード先生のため息が響く。
「すまなかった。約束を守れなくて」
アグラード先生が、ぽつりと呟いた。
「約束?」
「ああ。しただろう? 学校に居る間は私が彼女を守ると」
「それは……仕方のないことです。誰にも防ぎようがなかった」
「それはどうだろう。ロアンがどんな動きを見せるか、私はそれなりに予想を立てていたんだよ。思っていたよりも彼女が臆病だった事に気が付かなかった私のミスだよ、これは」
「……どういうことです? まるで、ロアンがアリエッタに何かしてくるのを知っていた様な口ぶりですね」
「そう、怒ってくれるな。私なりにアリエッタを守ろうとしていたという事だよ。――君は、女児を狙った連続殺人を知っているかな?」
「急に話が変わりましたね。ええ、知っていますよ。貴族の子供を狙った斬殺事件ですね。今日の朝刊に六人目が出たって、載っていました」
「そう、それだ。大丈夫。ちゃんと話は繋がっているから。殺された少女たちは皆、ロアン・パスフィリクの取り巻きだ。つまり、アリエッタを虐めていた実行犯たちなんだよ。君は覚えているかな? 君がアリエッタの首にぶら下がって学校へついて来た日に、汚水をぶっかけてきた三人組を」
顔ははっきりと思い出せないが、それなら覚えている。
「あの子たちが、殺されたんですか?」
「そうだ。生徒たちの噂じゃ、アリエッタが復讐して回っているなんて馬鹿げた話もあるほどだ。おそらく、ロアンはその噂を真に受けたんだろうな。手下が全員殺されてしまって、次は自分の番だと焦ったのかもしれん」
「なんだか、気の毒な話ですね」
アグラード先生は顔をしかめた。
「おいおい、ロアンの味方をするのか?」
「別にそういう訳じゃ……アリエッタにした事は許せませんし、可哀想だとも思いません。ただ、気の毒だと言ったまでです」
「ふむ――私にしてみれば、あれは当然の報いだよ。大した理由も無く、散々他人を虐げたのだ。己の行為は必ず廻って自分に返ってくる。その覚悟が、あの娘には無かったというだけの事だよ」
吐き捨てるように、アグラード先生は言った。その表情には、あからさまなロアンへの嫌悪が見て取れる。
私は不安になって、その解をアグラード先生に求めた。
「……これから、どうなるんでしょうか?」
「さあ、どうなるかな。アリエッタの状態次第だが、それでもしばらくは学校には来ない方が良い。ロアンもそうだが、パスフィリク家がどう出るかも分からないからな。君はなるべく彼女の傍に居て、守ってあげる事だ。
君は知らないだろうけどね、君が現れるまで、アリエッタは静かな子だったんだ。周囲に徹底して無関心な子供だった。その頃も私の相手をたまにしてくれていたが、それでも心を開いてくれていたかというと、それも違うんだろう。そんなあの子が、ある日を境に急に明るくなったんで何かと思っていたら、突然君を連れてきた。すぐに分かったよ。君は、アリエッタが初めて心を開いた友人だったんだ。アリエッタにとって、君は代えの効かない存在だ。私に言われるまでもないと思うが、どうかよろしく頼む」
「ええ。分かっています」
私だって、それは同じことだ。今の私には、あの親子しかない。私を本当の意味で生き返らせてくれたあの二人だけが、私の存在理由なのだから。
「さてと。私はもう帰るとしよう。一応、学校の方にも報告しなくてはいけないからね。アリエッタの休学届は出しておくから、その辺の手続きは心配ないと、二人に伝えてくれ」
「承知しました。ありがとうございます、先生」
「私には、このくらいの事しかできないからね。――っと、部屋に戻るのは少しためらわれるな」
アグラード先生が私の所在に困っていると、ちょうど部屋からオルコットが出てきた。
「……話の邪魔をしてしまいましたかね?」
心配そうに訊ねるオルコットへ、アグラード先生は首を振って私を差し出した。
「いえ、ちょうど良かった。オルコットさん、ミュー君をお返しします」
手渡され、私はオルコットの手に抱かれる。
「では、これで失礼します。アリエッタ君によろしくお伝えください」
「はい、必ず。先生も、帰りの道中気を付けてください」
オルコットが恭しくそう言うと、アグラード先生はきっちりとしたお辞儀で返した。そのまま、私たちは玄関までアグラード先生を見送った。
「さてと、アリエッタが起きる前に、ミューの身体を直しておこうか」
「はい。よろしくお願いいたします」
先生の姿が見えなくなるまで待って、私たちは作業場に移動した。
作業場に入ると、作業台の上に見慣れぬ物を見つけた。白い布に覆われたそこそこの大きさの"何か"。こんな物がここに在った覚えはない。
「本当は、こんな状況で渡すはずじゃなかったんだけどね」
オルコットは悲しそうな声で呟いて、白い布を取った。下から現れたのは、人間の頭だった。――否。人形の頭か。それは人の頭部と見間違える程に精緻な造形だった。
今の頭部は瞳以外のっぺらぼうのマヌカン人形だが、これにはちゃんと鼻孔も口もある。
白い肌と整い過ぎた顔立ちは美しくもあり、同時に不気味でもある。髪も生えていて、アリエッタと同じ綺麗な黄金色だった。
息を呑むほどに麗しい、少女の模造品。
オルコットは私の顔が、人形と向かい合わせになる様に向けた。
「これは、君への贈り物だよ」
「これを……私にですか? そんな、もったいない!」
つい、そんな感想を口にすると、オルコットが可笑しそうに笑った。
「どんな風に言われるか心配だったけれど、まさかもったいないとは――」
「いや、だって、こんなにも素敵な人形なのに。私なんかにはとても……」
「素敵ってことは、気に入ってもらえたのかな?」
オルコットは私を作業台に置いて、木箱から私の胴体を取り出した。人形の頭を手に取り、その首へと接続し始める。
「も、もちろんです。これは、もう、なんていうか本当にすごいですよ、オルコット。さっき戦った王都の自律人形なんて目じゃないです。美術品ですよこれは!」
柄にもなく興奮してしまう。そのくらい、この作品は素晴らしい。
「そこまで言ってもらえると、職人冥利に尽きるね。喜んでもらえるように、頑張った甲斐があるよ」
オルコットは嬉しそうに微笑んだが、私としては喜ぶどころではない。これを自分の身体にするのは恐れ多い。極端な例え方をするならば、何億という値のドレスを身に着けて日常生活を送るようなものだ。そんな怖いこと、私にはとてもできない。
そんな私の心中を知ってか知らずか、オルコットは私を新たな頭部へと移し替えてしまった。
接続された身体の神経は、今までと同じように問題なく繋がった。感触がないのに、体が動く事を認識できるのだから、つくづく不思議な身体である。
「どうだい? 身体は上手く繋がったかな?」
「はい。問題ありません……あっ!」
口が動いた。話す速度に合わせて顎の関節が動く。
「良し! 成功したね。いやあ、これは戦闘人形以上の難産だったよ」
達成感に満ち溢れた顔で、オルコットは頷く。
「えっと、あの、これどういう原理なのですか?」
「うん。戦闘動作を書き込んでいるときに気が付いたんだけどね、君が話すとき、魔石から微弱だけど魔力に似たものが放出されている様なんだ。それを感知して動くように造ってみたんだ。顔のパーツは人の筋組織と同じ組み方をしているから、ちょっとだけなら表情も変えられるよ」
「なんですかそれ、天才ですか!」
素で感想が出てしまった。
オルコットが手鏡を差し出したので見てみると、確かに私の意思に合わせて表情が微妙に動く。無表情の域はそれでも出ないが、逆にそれが自然で良い。
「うわぁ、なんだこれ……」
「さあ、次は服を着ようか」
私が新しい頭のギミックに唖然としていると、オルコットがどこからか服を取り出した。この世界では一般的な婦人服のワンピースだ。
言われてみれば、私は今までずっと裸だったのか。そう考えると、急に恥ずかしくなってきた。
今までは見た目がモロ人形だったので気にならなかったが、確かに今の顔ではそれは道徳的に許されない気がする。
私はオルコットに手伝ってもらいながら、この世界に来て初めて服を着た。
鏡に映る私の姿は、まるで本物の少女の様。気分が上がって、何を思ったかつい一回転してしまう。
オルコットはその様子を驚いた様に見つめて、微笑んだ。
「なんだか、娘が一人増えたような気分だよ」
「……アリエッタが今の私を見たら、驚くでしょうね」
「そうだね。見せに行ってあげたらどうかな。きっと、あの子も喜ぶよ」
「いいですね。そうしてみます」
私は頷いて見せ、アリエッタの部屋へと移動した。歩く速度が、少しだけ早くなる。
「失礼します」
まだ寝ているかもしれないので、小さく声をかけて部屋に入った。
私の予想に反して、アリエッタは起きていた。
ベットの上で、膝を抱えてうずくまっていた。彼女の右腕には、痛々しく包帯が巻かれている。
彼女は泣き腫らした顔をこちらに向けて、そして目を見開いた。
「え゛……ど、どうして?」
小さく鼻をすすって、アリエッタは愕然とした表情を見せる。
「オルコットに、造っていただいたんです。どうでしょう、か?」
「す、すっごく素敵だわ! ミュー、貴女なのね?」
アリエッタの表情が一気に晴れる。彼女は素早くベットから降りると、私の元に駆け寄ってきた。
「一瞬、貴女が本当に人間になったのかと思ったわ」
「ええ。私も少し驚いています」
アリエッタは瞳を輝かせて、私の顔をじっくりと見つめた。なんだか気恥ずかしい。
「どうだい、驚いただろう?」
半開きのままだった扉を開いて、オルコットが入ってきた。
「ええ、本当に驚いたわ。どうやったの、お父さん?」
「そりゃもう、色々と。僕の集大成的な作品だからね。一言じゃ語れないよ」
オルコットは楽しそうに話すが、同時にその苦労も感じさせるような表情だった。試験の調整と同時進行で私に隠れて造っていたのだとすると、相当無理をしたに違いない。
「どうだろう。しばらく学校を休んで、僕の仕事を手伝ってくれないかな。僕はミューの身体をもっと凄いものにしたいと思っているんだ。一緒にやらないかい?」
オルコットはアリエッタに向かってそう言った。
私をもっと凄くするという言葉の真意はともかくとして、アリエッタを休ませる為の説得としては上手い。アリエッタは性格からして、ただ休めと言ってしまうと気を病むだろう。
アリエッタはしばらく考え込んで、最後には頷いた。アリエッタの事だ、こちらの意図も理解したうえでの選択だろう。
「うん。そうする」
そう言って笑ったアリエッタの表情はとてもぎこちなかったけれど、私はホッとしていた。きっとオルコットも同じだっただろう。
問題は多いけれど、こうして私たちの日常は、いつも通りに過ぎていく。




