試験の話3
決勝戦が始まった。まだ二戦目だけれど、この試験に参加した工房は四つだけらしいのでこれで決勝だ。
対戦相手と対峙した瞬間、私でさえその美しさに魅入った。相手の人形はそれほどに美しかったのだ。
女性の姿を模した上半身には翼が生えていて、天使の様な印象がある。一方で下半身は一纏めにされていて蜂の腹部の様になっているが、これも全体的な形を見れば均整が取れていて、上手く纏まっていた。
オルコットが評価したとおり、この人形を造った人間は腕の良い職人だと思った。これは兵器ではなく、芸術品だ。
審判の合図を受けて、オルコットが指示を出した。私はそれを受けてから行動を開始する。
私は相手に向かって駆け出した。戦略のない突攻。これで相手の力量をはかれる。
人形が魔法を発動したのか、氷塊が空中に五本現れた。それらはそれぞれ別方向から私に向かって飛んできた。正面に一本、上空に二本、左右から一本ずつだ。私の回避できる空間を後方に絞った形。
私はとっさに防御魔法を完全展開して防いだ。
通常、防御魔法には二種類の使い方が存在する。自分の周囲を完全に囲って結界を張る『完全展開型』と、空間の特定の範囲だけに展開して防御する『限定展開型』だ。
『完全展開型』は四方からの攻撃に対処できるが、自分自身を囲ってしまうために移動が制限されてしまう。
対して『限定展開型』は空間の一部に防壁を作る事で、術者の移動が制限されないという特徴があるが、攻撃の数によっては対応しきれないという欠点がある。
この人形は私の移動を止めるために、防御魔法を完全展開するように誘発したのだ。
防御魔法を解いた瞬間、人形が肉迫してきた。飛行できるとはいえ、数メートルの距離を一気に詰められたのは予想外だ。
こいつ、速いっ!
人形が、両掌から出した仕込み刀を交差させて、私めがけて振り払った。
寸でのところでしゃがんで回避し、人形の向こう側へと飛び出す。すぐさま振り向いて人形の背に雷撃を打ち込む。人形はそれを振り向きもせずに回避した。
この人形は、さっきの雑魚ロボットとは比べ物にならない程に強い。さっきのが単調なアナログ機器だとするならば、こちらは人間を超えた動きを実現した精密機械だ。
私は、この人形に勝てないと理解した。
人形が空中を旋回して突撃してきた。両手から生えた刃を、私の首めがけて振り下ろす。今度は回避が遅れて、刃が私の首を切り落とした。頭と胴体が切り離されて、私の身体は完全に沈黙した。
あっけなく私は敗北した。
今になって思えば、わざと負けるだ何だと言っていた自分は、少し調子に乗っていた。心のどこかで、機械相手に負けるはずがないと思っていたのだろう。恥ずかしい話だ。
試合終了の指示が叫ばれ、オルコットが私を拾いに駆け付けた。
心配そうに私を見るオルコットへ、無事であることを伝えるために、私は三回瞬きした。
泣きそうな、安心したような、そんな表情を私に向けるオルコット。彼の不安と安堵が同時に伝わってくる。大切にされているという実感を得る。
それを見ているうちに、私は自分の在り方を受け入れようと思えてきた。
一つ自分が目標にしてきたことが終わって、気持ちに整理がついたのかもしれない。
私は自分が嫌いで、人で在る事が嫌だ。だから、人形の姿になった事だけで、それは満足しようと思う。私に幸福を追う資格や権利は無いけれど、それでも私を家族と言ってくれるのならば、私はこの人達の人形ではなく、家族で在ろうと決めた。
この人達と居ると、温かい。これからも近くに居たい。
それは人間の魂と人形の身体を持った不安定な私が在り続けるための、新たな願いとなった。
◇
試験会場からの帰り、私はオルコットに抱かれて犬車に乗った。身体の方は行きと一緒で木箱で荷台に積まれている。
オルコットは、窓から外の景色を眺めていた。外は夕暮れ時なのか暗くて、更に雨が降っていた。
暗い箱車の中で、私は雨音を聞きながらオルコットの腕の中で目を閉じていた。私は眠らないけれど、そうしているほうが、なんだかロマンティックだと思えたからだ。
オルコットは視線をこちらに向けて、言った。
「終わったね、ミュー。今日はありがとう。お疲れさま」
「はい。オルコットもお疲れさまでした。これでやっと、兵器造りから解放されますね」
「そうだね。君のおかげで報酬も貰えたし、しばらくはまた普通の人形を造りたいね。……ああ、そうだ。君に贈り物を用意してあるんだよ」
「贈り物ですか?」
なんだろう。その響きに、少しだけワクワクする。私も存外まだまだ子供らしい。
オルコットは頷く。
「ああ。今日のお礼にと、前から少しずつ造っていたんだ。きっと、君も気に入ってくれると思う」
「ふふっ、すごく楽しみです」
オルコットが不思議そうに私を見た。
「君も笑うんだね。ちょっと意外だ」
「……そうでしょうか? 今までにもあった気がしますが」
「どうだったかな。でも、そんなに楽しそうに笑ったのは初めて聞いたよ」
「それはまぁ、心境の変化と申しますか、そんなところです」
これまでは人形らしく在ろうと努めてきたけれど、これからは人間らしくしていこうと思った。
オルコットは微笑んだ。
「そうか――っと」
車が停まった。どうやら屋敷の前に着いたらしい。
オルコットに抱えられて、馬車を降りる。すると、玄関に誰かが立っているのが見えた。その人は私たちを見ると、傘をさして玄関から走ってきた。鉄格子の門を開けて、私たちの元に駆け寄る。
それはアグラード先生だった。彼女はなぜか深刻な顔で、オルコットを見つめた。
「貴女は?」
初対面のオルコットは首をかしげる。
私からオルコットへ紹介した。
「この方は、アレン・アグラード先生です。アリエッタの事を教えていただいている――」
そこまで言ったところで、オルコットはアリエッタの話を思い出した様子で、頷いた。
「ああ、貴女があの。どうも、父親のオルコットです。いつも娘がお世話になっております」
オルコットが差し出した握手に、アグラード先生は応える。彼女は、暗い表情を変えないままに言った。
「お父様、娘さんの事でお話が。アリエッタ君が、同級生に刺されました――」
一瞬、その場の誰もが言葉を失った。
静けさの中で、残されたけたたましい雨音だけが、まるで胸騒ぎの様に鳴っていた。




