試験の話2
私はオルコットと共に、迎えに来た軍人に連れられて外に在る演習場の一角に移動した。
四隅に旗を立てて境界を敷いたバトルフィールドの中で、私と敵は対峙する。
ガムチラの工房の人形は、人の形をしていなかった。四肢は有るが頭部は無く、代わりに胸の位置にある溝から青い光が一つ漏れていて、それがその人形の目であるように私には感じられた。足は短く、代わりに腕が異様に長い。何と例えようのない異形の姿は、もはや人形と表現するには無理がある。これこそ本当にロボットと呼ぶべきだろう。
相手の方が私よりも強そうな見た目だが、どうだろうか。互いに使える魔法は同じ十種類。しかも防御魔法を習得している以上、魔法の打ち合いで決着がつく事は無いはずだ。となると接近戦で勝負するしかないわけだが、それこそ人形の性能差が明確に表れるところだ。私はあの絡繰り相手に、どう立ち回ればいい?
軍人が戦闘開始の合図を出した。それに反応して、オルコットが指示を飛ばす。
「ミュー、対個別形体で戦闘を開始。目標は前方の自律人形だ」
私は頷いて、動き出す。
私には不要なやり取りだが、自我の無い人形を演じるには必要な行為だ。相手の方も同じような指示を人形に飛ばしている。
向かって行ったのは私だけだった。敵の人形は移動せずに、火炎の球を魔法で飛ばして迎撃してきた。防御魔法でそれらを防いで正面から突っ込んでいく。
魔法での撃ち合いが意味のないものだと、どうして気が付かないのか。
――いや、そもそも思考がないのか。相手は自我の無い人形。命じられた動きだけを繰り返す、ただのモノなのだ。私の様に戦略を考える様な事は出来ないのだろう。
うらやましい話だ。
私は人形に肉薄すると、胴体の溝に手を当てた。零距離での雷撃魔法を食らわせる。これなら相手は防御魔法で防ぐことはできず、かつ私に反動などのダメージは無い。
内部から焼かれた人形は、隙間という隙間から煙を噴き上げて動かなくなった。
戦闘時間は一分にも満たない。苛立ちを発散しきれないままに、あっけなく終わってしまった。
べつに戦う事が好きなわけではないが、これはあまりにもつまらない。
「ミュー、戦闘終了だ。戻れ」
指示に従いオルコットの元へ戻る。その途中で、審査員たちの話声が聞こえてきた。
「おいおい、ずいぶんと呆気なかったな」
「あれ、ガムチラだろ? ロレム工房の代表の」
「ロレムだって? はあ、無名の工房に負けるとは腕が落ちたな」
こういうのは気分が良い。味気ない戦闘だったが、ガムチラへの意趣返しにはなったようだ。ついでにオルコットの評価も上がった事だろう。私としてはそれが嬉しい。
「お疲れ様」
オルコットの労いに、私は無言で頷く。そのまま軍人に連れられて、私たちは控え室へと戻った。
去り際にガムチラの方を見ると、膝を落として項垂れていた。その光景には特に思うところはなく、冷めた心持ちで、私はオルコットの後に続いた。
「初めての戦闘はどうだった? 怖くはなかったかい?」
控え室で二人きりになってから、オルコットは心配そうに私を見た。
「私は大丈夫です。ああいうのは初めてでしたが、不思議と怖くはなかったですよ」
あんな風に戦うのは初めての事だったが、さっきの戦闘で恐怖を感じる事は無かった。逆に高揚感も無かったわけで、戦いの間、私の心は終始落ち着いていた。感覚のない身体になってからは、特に自分の事となると感情が鈍くなる。
「そうか。しかし、凄いな君は。あんなにあっさりと勝ってしまうとは思わなかったよ」
「あれは……相手が良かっただけですよ。あの人形は行動が単純だったし、動きが鈍かった。」
実際、なんの抵抗も受けずに事が進んでしまった。あれを戦闘と呼んでしまう事自体がお粗末な話だ。
オルコットも確かにねと頷いた。
「こう言ってしまうのは気が引けるけれど、あれは未完成品だと思っていいだろう。量産機というのが先行してしまって、簡素に作り過ぎてしまったんだろうね」
「ふふん。これでオルコットが、あの下品な男よりも優れた職人であるという事が証明できましたね」
「君が勝ってくれたのは嬉しいけれど、僕はこんな事で人形師としての優劣を競いたくはないよ」
オルコットは困り顔でそう言った。彼は元々人形を兵器として戦わせることも、それに自分が関わる事も快くは思っていないのだ。ガムチラの挑発にオルコットが乗らなかったのも、それが理由だろう。
「……そうでしたね。では、次の試合で手早く敗北して帰りましょう」
「その事なんだけど、次の戦いもさっきの様に楽な勝負になるとは、思わない方が良い。ガムチラさんの人形はあくまでも欠陥品だ。この試験に参加した他二つの工房も有名な所だから、きっと優秀な人形を出してくると思う。しかも一回戦を勝ち抜いている所となればなおさらだ」
「それならそれで良いではありませんか。私も下手に演技して負けるより、強い相手に負かされる方が楽できます」
オルコットが息を吐いた。
「僕は君の事が心配なんだよ、ミュー。君は自分の事を省みる必要はないと言うが、僕は君をただの人形だと思った事はない。今までに何度も言っている事だけどね。……頼むから、無茶だけはしないでくれ。身体は直してあげられるけれど、頭はダメだ。中の魔石が壊れたら君がどうなってしまうか分からない。いいね?」
少しだけ強く、説教気味にオルコットは言った。
私は少しだけ戸惑いながら、それに頷いた。
「……はい。気を付けます」
私にとっては複雑な心境だ。物でありたいという願望や、人形として扱ってほしいと思う心が私の中に在る一方で、オルコットの言葉を温かく感じている部分もある。
人間は嫌いだが、この親子だけは例外だ。この親子に家族として迎え入れてもらえることが、たまらなく嬉しいと思う。だが、自分にそんな資格はない。人を殺して死んだ私が、転生してまで幸せになってはいけない。光を求めてはいけないはずなのだ。
「大丈夫かい?」
気が付くと、オルコットが心配そうに私を見ていた。
私がどんな風に返そうか悩んでいると、部屋の扉を誰かがノックした。扉を開けて、一人の軍人が姿を現した。
先ほどの軍人とは違う、初老の男性。着ている制服には勲章なのか飾りが付いていて、ひと目で地位のある人間だという事が分かった。顔つきも厳しく、風格が漂う。
オルコットは彼を見るなり、立ち上がって深々とお辞儀した。
「どうもご無沙汰しております、ラズゴット支部長」
「ああ、君も元気そうで何よりだ。さっきの戦闘見せてもらったよ。やはり君に頼んで正解だったな」
「ご期待に応えられて何よりです。僕のような無名の職人に、このような仕事を与えてくださり、ほんとうに感謝しております」
「なに。君の実力を買っての事だ。有名であろうと、世間の評価に気を良くして怠けていては、貴族共と何ら変わらん。軍としては個人の実力を評価してこそ、国の成長が見込めると考えている。――次はアルガンサフ工房との対戦だ。君には期待しているよ」
「はい。ありがとうございます」
ラズゴットというらしい男は、それではと言って部屋を出て行った。
扉が閉まると、オルコットは緊張を解くように息を吐いた。
「やれやれ、こういうのは疲れる」
「オルコット、今の男は何者ですか?」
「ああ、彼は軍の高官だよ。自律人形の戦争投入を推進している人でね、今回の仕事はあの人から受けたものなんだ」
「なるほど。あの方は、オルコットを評価してくれているようですね」
「うん。本当にうれしい限りだよ。僕みたいなのを、有名処と並べて指名してくれるんだから。――しかし、王都の工房と対戦だとはねえ……」
まいったなと、オルコットは頬をかく。
「アルガンサフと言っていましたね。それは、そんなに凄い工房なのですか?」
「うん。この国の最高峰と言っていいだろうね。王室御用達の工房だよ。武器や魔道具を主に扱っているところだから、きっと凄い人形を造って来ただろうね」
これから戦う相手の事だというのに、オルコットは嬉しそうに話した。
「楽しそうですね、オルコット」
「まあね。この国最高の職人集団が造った人形を間近で見られるんだ。気分も上がるよ」
「まったく。貴方という人は……」
子供みたいに目を輝かせるオルコットを見ていると、なんだか微笑ましい気分になった。
そうしていると、部屋の扉が前触れもなく開いて、軍人が私たちを呼びに来た。




