後悔の異世界英雄譚
男は英雄になりたかった。
人の笑顔を見るのが好きだったから。
感謝されると、心が温かくなったから。
愛おしいと思える人の笑顔を守りたかったから。
だから男は戦った。
第二の生で手に入れた無双の力で、数多の悪を打ち滅ぼした。
魔獣を倒した。
圧政を強いる権力者を捕まえた。
争いが早く終わる様に、戦争にも参加した。
武力によって、武力を相殺する。
彼は矛盾を抱きながら、それでも"争いの無い世界"を求めて戦った。
男には、それを可能にできてしまう力があった。稚拙な夢を、浅はかな希望を、行使できてしまう力があった。
彼はそれ故に、考える事をしなかった。自らの行動が持つ意味と、それがもたらす結果を。
害悪を退けるだけならば、彼の力は全ての人々を救う事ができた。
彼の敵が人でない限り、彼は平等な英雄で居られた。
だが、ひとたび彼の敵が人となってしまった時、世界を乱す害悪が人と人の間で生み出された物であった場合、彼は彼の理想とする英雄ではなくなってしまった。
そうしてたどり着いたのは、理想とは程遠い世界だった。
黄昏の空の下、男は地獄の中に居た。
自らが落とした城塞から見下ろす街は、この世に顕現した最悪であった。
燃え盛る街並みと、積み上げられた人の残骸と、鉄と血。
ここに在るのはそれだけだった。
ここに居るのは、男だけだった。
どれだけ武に長けていても、世界の流れを食い止める程の力にはなり得なかったことを、男は思い知らされた。
争いを始めたのが群衆の決定である以上、その群衆たち一人一人に働きかける力でなくては、争いは止められない。
一方、男の持つ力は個を殺す事に特化した力であった。そんなものでは端から、世界など変えられるはずもない。
自身の行為は、いたずらに争いを加速させただけではなかったのか。男はそう苦悩した。
こんなものが、勇者の所業なのだろうか。
こんなものが、英雄のする事なのだろうか。
男の疑問を肯定するように、味方側の兵士たちは男を称賛した。
誰もが男を勇者と呼んだ。国へ帰れば英雄として讃えられると、皆が口々に言った。
なるほどと、男は悲観した。確かに英雄にはなれたらしい。
しかしそれは、男の望んだモノからは遥かにかけ離れた、不名誉以外の何物でもなかった。
―――違う。違う、違う違う違うっ!
男は叫ぶ。
こんなのは、望んだモノじゃない。
人を助けたかっただけで、人を殺したかったわけじゃないっ!
どこで道を違えたのか。どこから自分は間違ってしまったのか?
そうして気が付けば、男は自分が本当に守りたかったものすら失っていた。
抱いた理想も、愛した人の笑顔も、彼の元にはすでに無い。
それに気づいた時、男は絶望した。その日以来、彼は勇者である事を止めた。
これは、そんな勇者の結末の物語である。
故にこれは、輝かしい英雄譚ではない。一人の男の、憂鬱な後悔の物語だ。




