激昂のアリエッタ
ミカ率いる三十五名の兵士と共に、アリエッタはアルフェン郊外に在る劇場を訪れていた。
戦争による不況で五年前に閉鎖され、今では誰も立ち入らない廃墟である。
そんな廃墟の中から発されているミューの反応を捉え、アリエッタは急ぎこの場所に駆け付けたのだ。
製作過程で取り付けられた機能のおかげで、アリエッタはミューがどこに居ようと見つけ出す事ができる様になっている。
「ここで間違いない。……ありがとう、お父さん」
手元の受信器でミューの位置を特定したアリエッタは、部下たちに突入の合図を出す。
先行する兵士達に続いて、アリエッタも劇場へ踏み込んだ。
荒れ果てた昏いエントランスで、一行は生死体たちと遭遇した。
場を埋め尽くすような生死体の群れを相手に、兵士たちは乱れぬ連携で冷静に対応していく。
兵士たちが意図的に作り出した安全地帯を通り抜け、アリエッタは講堂の扉を開いた。
暗いロビーから一転して、講堂の中は照明で眩いばかりに明るかった。
扇状に展開された座席と階段の先、壇上にエニグマとミューが居た。
首を両断されたミューの姿に、アリエッタは一瞬だけ嫌悪の表情を浮かべ、また無表情に戻る。
「っ! 意外に早い到着だな、アイルフィール!」
焦った様に、エニグマが言う。
「お嬢様っ!」
ミューもまた、アリエッタを案じて不安そうな声を上げた。
「少し待っていて。今、助けに行くわ」
アリエッタはミューへ微笑みかけると、すぐに静かな表情に戻って、階段を降りていく。
「……私には、我慢ならない物が二つあるわ。一つは、子供を傷つける大人。もう一つは、私の家族を傷つける者。貴女はどちらも犯してしまった」
アリエッタは無表情のまま、感情のない声で淡々と言葉を吐き出す。エニグマを一心に見つめたその瞳は、底なしの虚ろ。
エニグマですら、そんなアリエッタの様子に悪寒を感じて、苦笑いを浮かべた。
「っ……壊れモノめ。能力者でもないお前に、何ができる!」
アリエッタは足を止め、深紅の宝石を取り出した。
「貴女には死んでもらうわ」
冷たい声だった。
「ふっ、赤色魔鉱だと? ちょっと魔力量に余裕ができたくらいで、私を倒せると? 舐めてくれるな!」
エニグマが構えた。瞬間、アリエッタが詠唱を叫ぶ。
「リブ・フロイスッ!」
壇上のエニグマを取り囲むように、無数の魔法陣が空中に現れた。魔法陣から放たれた氷塊の弾丸が、エニグマに向かって一点集中する。
弾け飛ぶ氷の破片でエニグマへの命中が確認できないと、アリエッタは迷わず次の動作に移った。
「リブ・ゲイルッ!」
アリエッタが風魔法で背後へ大きく飛んだ瞬間、アリエッタの居た地点に、エニグマが現れた。
距離を離されたエニグマが歯噛みする。
「くっ……」
「……やはりそういう事。その能力、飛ばす距離に制限は無くても、飛ばす物体との距離には制限がある様ね」
アリエッタの指摘に、エニグマが顔色を変える。
「何故お前が、そんな事を知っている!」
「ネネッシュよ。あの子はよく見ていたわ。状況を事細かに聞き出せば、このくらいの予想は付く。私をみくびらない事ね。私はもう、何も失わないと決めているの。敵は全力で、殺すっ!」
アリエッタが魔法を発動し、再び氷塊弾の陣でエニグマを取り囲む。
「二度同じ手を食うかっ!」
アリエッタが魔法を発動させたのとほぼ同時に、エニグマもアリエッタの前へと転移していた。
射程圏内にアリエッタを捉え、後は高度三万フィートにでも飛ばしてしまえばいい。そう考えたエニグマが転移した先に見たのは、予想外の光景だった。
アリエッタが拳銃を構えていたのだ。それは初めから、エニグマが自身の目の前に来ると予測していた動きだった。
「魔法は囮かっ!」
アリエッタの回転式拳銃から放たれた氷弾が、エニグマの電子パッドを貫いた。穿たれた電子パッドは機能を停止する。
「っ! 貴様ぁ!」
エニグマがパッドを捨て、自分の体一つで能力を使う判断をするまでの間に、アリエッタは更に引き金を引いた。
二発の氷弾は、エニグマの右太ももと膝を撃ち抜いた。
「あぐっ!」
跪くエニグマから、風魔法でアリエッタは距離を取る。続けざまに、取り出した筒を二つ、エニグマへと投げた。
「リヴ・ゲイルッ!」
アリエッタの放った風魔法に乗って、筒はエニグマの目の前まで運ばれる。瞬間、筒二つが爆ぜた。
至近距離で爆発を食らい、エニグマの身体が吹き飛ぶ。
爆炎の晴れた先に現れたのは、焦げた地面に倒れる満身創痍のエニグマ。右腕が吹き飛び、体中から血が噴き出していた。
そんなエニグマへ、アリエッタは容赦なく氷弾を撃ち込んでいく。
三発食らったところで、エニグマは振り絞った力で防御魔法を展開した。しかし、アリエッタの氷弾は急場の防御魔法を破壊し、その向こう側に居るエニグマへ命中する。
全八発を撃ち尽くして、アリエッタはすぐさま拳銃を割って排莢する。
「しっ……死体撃ちとは、容赦が、ないな……」
ひねり出したようなエニグマの言葉に、アリエッタは冷たく答える。
「召喚者は核が無くなるまで死なないそうね。だったら、気が狂うぐらい、自分から死にたくなるくらい、貴女を永久に痛めつけてあげる」
シリンダーに新たな弾を詰め、アリエッタは銃口をエニグマへ向けた。
エニグマは全身を痛みに震わせながら、ゆっくりと立ち上がる。
「うっ、うぁっ、うあがぁああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
獣の様な叫びを上げて、エニグマの身体が再生されていく。吹き飛んだ腕すらも、生え変わろうとしていた。
アリエッタはエニグマの胴に、氷弾五発を連続して撃ち込んでいく。
反動で体を左右に揺らしながら、エニグマは倒れる様に後退していく。
その傷すら瞬時に塞いで、エニグマは大きく血を吐き出した。バケツをひっくり返したような吐血は、床を真っ赤に染め上げる。エニグマはそのまま、受け身も取れずに仰向けに倒れた。
アリエッタに受けたダメージではない。彼女を傷つけているものは、彼女自身の能力だった。
限界を迎えつつあるエニグマの身体は、傷を自然に治癒する力にすら耐えられず崩壊していく。
そうしてできた傷を塞いで、更に傷つく。アリエッタの猛攻によって限界に達したエニグマの身体は、その悪循環へと追い込まれてしまったのだ。
「あうぇっ! あぐっ! あがぁああああああ!」
叫びながら、血をまき散らしながら、エニグマは血の海でのたうちまわる。
そんなエニグマの状態を知るはずもないアリエッタは、気にも留めず更に氷弾を撃ち込んだ。
二発の氷弾を受けて、エニグマの身体は二回跳ねた。
のたうつ体力すらなくなったエニグマは、か細く早い呼吸の合間に小さく呟いた。
「グレ、ゴリー……やっぱり、お前は変態だ…………こんなの、苦しいばっかで……ぜんぜん、きもちよくなんか……ないじゃないか」
拳銃に新たな弾を装填し、アリエッタはエニグマへ近づいてその頭部へ銃口を向けた。
「死なないのだから、死に際の言葉なんていらないでしょう」
三発の氷弾が、エニグマの頭部を撃ち抜いた。
エニグマの意識は、一時的に途絶える。そうして脳の修復の代償を、取り戻したばかりの意識で受け、再び痛みにのたうち回った。
エニグマの身体は階段へ転げ落ち、そのまま壇の下まで赤い線を描いた。
「……まだまだ、こんな物じゃないでしょう」
ぴくりとも動かなくなったエニグマの下へ向かうため、アリエッタはゆっくりと階段を降りて行く。
エニグマの顔を見るために、仰向けに捲ろうと手をかけた瞬間、アリエッタの頭上で唐突に声がした。
「そこまでにしてあげてくれないかなぁ」
「―――っ!」
アリエッタの行動は早かった。すぐさま風魔法で後方に跳躍すると、防御魔法を展開する。
檀上に、声の主らしき見知らぬ少女が居た。
一点の穢れもない、純白の少女だった。頭からつま先まで真っ白な少女の、唯一紅い虚ろな左目がいやらしく笑う。
「ちょっとすご過ぎない、キミ? 僕らより容赦ないよね」
ケラケラと笑いながら、少女はエニグマを庇うようにして、壇下へと飛び降りた。
アリエッタは表情一つ変えぬまま、少女に問う。
「三人目? グレゴリーという死霊術は貴女かしら?」
少女は大げさに感心してみせ、手を叩いた。
「おぉ、凄いね! なんで知ってるの? ―――なぁんてね。情報が伝わる様に仕向けたの、僕なんだけどね」
アリエッタの表情に、一瞬だけ嫌悪が現れる。
「何の目的で、そんな事を?」
「うーん。気まぐれ? どうせいつかは殺すし、早めに知ってもらえばいいかなぁって。まあ、そういう訳だから、改めて自己紹介。僕の名前はグレゴリー。グレゴリー・カーニヴァル。座は第七階。好きなものは死体死体死体!」
底抜けに明るく振る舞って、グレゴリーはわざとらしく優雅な仕草でお辞儀してみせた。
「……貴女も召喚者なの?」
アリエッタの問いに、グレゴリーは首をかしげて、にかっと笑った。
「そういう君は、ただの一般人? だねぇ!」
グレゴリーはおどけた様子で、くるりと一回転する。無防備にアリエッタを背を向けて、グレゴリーはエニグマの身体をまさぐり始めた。
「んーっと、えーっと、おっ、あったあった!」
何かをエニグマの身体から見つけ出したグレゴリーは、そのまま一気にそれを引き抜いた。
「―――――――――――――――――――――――――――!!」
大量の血しぶきを上げて、エニグマは最期の絶叫と共に灰に変わった。
グレゴリーが引き抜いた物は、赤い三角形の石だった。
「それは、エニグマの魂結晶! 貴女達は、仲間ではなかったの?」
グレゴリーはアリエッタへと振り返り、小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「なんだよー。敵が背中を向けたら、撃つのは常識じゃない。君の怒りなんて、そんなものなのかい?」
「…………」
押し黙るアリエッタを前に、グレゴリーは一人愉快に振る舞う。
「それとも、僕に対する怒りが足りなかった? それならこれはどう?」
グレゴリーが手品めいた手つきで両手を重ねると、その手にミューの頭部が現れた。
「―――なっ!」
アリエッタは目を見開き、さっきまでミューの頭部があった場所を見た。当然、そこに彼女の姿は無い。
「こうすればさぁ、君は僕を殺してくれるよね?」
ミューの顔面に、グレゴリーは四本の指を突き立てる。
そこにはミューの核となる魔石が組み込まれている。人形であるミューの唯一の弱点であり、ミューという存在の全てを担う心臓部である。
「やめてぇっ!」
「お嬢様っ、お逃げ下さ―――」
アリエッタの絶叫を小気味良いBGMにしながら、グレゴリーはその手でミューの頭部を貫いた。
ミューは言葉半ばで沈黙して、動かなくなる。
グレゴリーは壊れた頭部を、ゴミを捨てる様にして適当な方向へ放り投げた。
「いや……だめよ、そんなのっ―――いやあああああああああああああああああ!!」
アリエッタは頭を抱えて、その場にしゃがみ込んだ。最愛の家族の死を前にして、彼女の虚勢は崩壊した。
その様子を愉悦の表情で眺めるグレゴリー。
アリエッタの悲鳴を聞きつけ、ミカが講堂の入り口に現れた。
「どうした、アリエッタ! ―――っ!」
ミカは驚愕した。取り乱すアリエッタと、その前に立つ白い少女に。
「アンタは……どうしてここに……」
何メートルも離れた位置から、グレゴリーはミカの呟きを聞き取る。
「おや、僕を知っているのかい? うーん、この感じだと、以前の僕が助けたのかな? まあ、どうでもいいや」
グレゴリーは檀上に飛び乗ると、アリエッタ達の方へ向き直り、両腕を開きながら声高らかに宣言した。
「さあさ、準備は整った! 大いに歌って、大いに踊って、大いに食らえ! 喝采せよ、喝采せよー! 謝肉祭の開幕だぁ!」
グレゴリーの宣言と同時に、講堂内に生死体が押し寄せた。
通路という通路、隙間という隙間から、動く死体があふれ出す。
ミカはアリエッタの下へ駆け寄ると、その身体を抱え上げて一目散に逃げだした。
「いやぁ! まって、ミューが、ミューがぁ!!」
「……くそっ!」
腕の中で泣きじゃくるアリエッタの心中を想い、ミカも苦しく顔を歪めた。
講堂を去って行く二人の背を眺めながら、グレゴリーはいつまでも楽しそうに笑い続けていた。




