マッドデバイスキラー
私は気が付くと、そこに立っていた。
さっきまで居た半獣人街の景色は無く、今私の周囲にあるのは見知らぬ廃墟の講堂らしき風景だ。
屋外から屋内へ、私はどうやらエニグマの力で転移させられてしまったらしい。
それにしても、ここはどこだろう? エニグマは私の身体を調べると言っていたし、地の果てへ追いやられたという訳でも無さそうだが。
講堂内の照明は弱く、あまりはっきりと周囲を確認する事ができない。
ただ、私の周囲に奇妙なモノがいくつも立っているのがシルエットで見えていて、それが気になった。
それは座席の前後に空いた通路にいくつも整列して並べられていて、陰影でしか見れないせいか、どこか墓標の様な印象を受ける。
「……」
私は火炎魔法で小さな火の玉を手のひらに浮かべた。燈色の光で、周囲が照らされていく。
瞬間、見えた物に私は嫌悪を覚えた。
それは、額縁だった。いくつも並んだ額縁の中には、絵ではなく人体の一部が飾られていた。
どうやら、戦利品をはく製にしているらしい。
「なんて、醜悪な……」
とても正気とは思えない。どんな目的があるにしろ、こんな事が許されていいものか。
「気に入ってもらえたかな?」
ふいに、エニグマの声が背後からした。
まだ水銀の剣は健在だ。私は振り返りざま、剣で背後を薙ぎ払う。
瞬間、鈍い音がして世界がぐるりと回転した。
―――いや、首が落とされたのか。
そんな馬鹿な。いったいどうやって?
魔力源を失った体は硬直し、七つの剣は全て水銀に戻って床に落ちた。
転がる頭部が、丁度エニグマの方を向いて止まった。彼女の手には、黒い板が握られている。
「首と胴の空間を裂いた。私にも、この程度の攻撃はできるのだよ」
エニグマが板をいじると、私の胴体が消えた。それから彼女は私の髪を掴み、乱暴に頭部を持ち上げた。
「くっ、この体を乱暴に扱うんじゃない!」
「君には聞きたい事がある。まだ殺しはしないよ」
私の言葉を無視して、どこか楽しそうにそう言いながら、エニグマは講堂の奥へと進み始めた。壇上の上まで来ると、私を適当な場所に乗せて、エニグマは黒い板をいじる。すると、講堂内の照明が点いて、途端に周囲が明るくなった。
講堂内に整列した不気味なはく製の列が、まるで観客の様にこちらを見ている様に感じられた。
目を背けて壇上を見れば、そこには更に異質な光景が広がっていた。
壇上には、異世界の研究設備が敷かれていた。パッと目についてわかるのは、CTスキャナーやノートパソコンあたりだろうか。それ以外にも、用途の分からない機械が所狭しと並んでいる。元居た世界には当たり前にあったこれらは、こちらの世界では遥か未来の技術である。
よく見れば、エニグマの手元にある黒い板は電子タブレットだった。
「これは、いったい……この世界には存在しないはずなのに」
私の身体をCTスキャナーにかけながら、エニグマは愉快そうに語る。
「その通り。これらは向こうの世界の装置だ。この世界にはまだ、電子機器など存在していないからね。
まあ、もっとも、この世界の主要なエネルギーは石炭や電気などではなく、総じて魔力だ。自然界が発する半永久的な資源を消費して発展したこの世界が、そもそもこの先も私達の世界と同じ様な発展を遂げるのかは怪しいところだがね。エネルギー問題の観点から言えば……いや、そもそもそんな問題など起こらない時点で、この世界はある意味完成されている。文明が発展する上で要となる"資源"を奪い合う必要が無いというのは、実に素晴らしい。向こうの世界もそうであったなら、我々の帝国が衰退する事も無かっただろうにな」
「ライヒ……お前は―――」
「ふふっ、私も若い頃はレイシズムなんて妄執に憑りつかれた、愚か者の一人に過ぎなかったのだよ。だが、それも今は遥か遠く百年以上も前の、前世の話だ。こうして混沌とした世界へ来てみれば、自分が実につまらない理由で命を落としたものだと思うよ」
エニグマはこちらへ振り返り、自虐交じりの苦笑を浮かべる。
「私の能力は君の指摘通り、空間の操作を可能とするものだ。長距離を一瞬で移動する事も、物体を送りこんだり、逆に呼び出したりもできる。残念ながら私自身は世界を移動できないが、向こうからこれらの物品を呼び込む事はできるのだ」
「……これだけの力が在りながら、どうしてお前はネルンやスカジャハスを頼ったりした? 一人でどうとでもなっただろうに」
「頼ったというのは、適確では無いな。利用しただけだとも」
「お前のプライドなんて、どうでも良い」
「ふむ、これは手厳しい。……まあ、色々と事情があってね。私の力は不完全なのだよ。―――いや、不完全なのは存在の方かな。そのせいで、私の身体はこの能力に耐えきれない。あまり乱発して使うと、最悪死ぬ可能性すらある。だからその負担を肩代わりしてもらうための魔具として、このパッドを使っているんだ。それにあやかって、私はこの能力を≪デバイス≫なんて呼んだりしているのだが……まあ、それはどうでも良いか。このパッドの仲介でだいぶ楽になるとはいえ、やはり反動が強くてね。それならと、手足になる代わりの人間達を使役したというわけさ」
エニグマは惜しむことなく自身の事情を明かす。もう私には何もできないと思っているのだろう。悔しいが、実際首が繋がっていなければ、私にできる事は何もない。
「それなら、わざわざ手足になる人間達を排除していった理由は? お前は意図的に、私達が彼らを追い詰める様に仕組んでいたはずだ」
「ほう、気づいていたか。なかなかどうして、主従ともども優秀じゃないか。私の研究はもうほとんど完成していてね、彼らは用済みだったのだよ。憲兵にでも捕まってボロを出されるくらいなら、君たちの実力を把握するために捨て駒になってもらおうと思ったまでだよ。私にとって重要なのは、君の身体をできる限り無傷で手に入れる事だったからね」
「どうして、そこまで私を?」
「哀しいね。当の本人が、その価値を自覚していないとは。魔法人形を造る全ての魔学者にとっての最終目標は、人そのものを作り出す事にある。その過程で兵器としての有用性を見出したのは、あくまで軍属共の思惑でしかない。原初、神は人を造った。ならば人は、何を生み出せば対等な高みへ昇る事ができるのか。その一つの試みとして、この学問は存在しているのだよ。君の存在は、何百年という時間の中で、この世界の学者たちが積み重ねて来た思想と思考の、一つの到達点であるといえるだろう。人に限りなく近く、そして人よりも優れている。人形として、これ以上の完成形は無いだろう。
私はね、こう思うのだよ。人間が自分達にできない仕事をさせる為に機械を造った様に、神もまた、何らかの目的で自分達よりも優れた道具として、我々を造ったのではないかとね? ならば、私の求める解は、より優れた新人類の創造にある。それを成し遂げた時、私は人を造った神となり、同時に人を超越した存在という意味でも神になる。その為の"最期"の式に、君は必要不可欠なんだ」
「神様になるのが、お前の目的? 学者のくせに、人類の支配が目標なんて幼稚な話だ」
皮肉を込めて言い放つと、エニグマはクツクツと笑った。
「それは確かに幼稚な話だ。生憎と、私にその様な願望は無いよ。私は一人の男が成し遂げられなかった使命を、代わりに叶えてやりたいと思っているだけなんだから」
「使命?」
「……かつて、神を殺すために、神になろうとした男が居た。そいつは志半ばで死んだ。それだけの事さ。もう、百年近く前の話だ」
どこか寂しそうに話すエニグマを、私は意外に思う。もっと狂人然とした人物かと思っていたが、一連の行動の根底にある物は、感傷のようなものらしい。
「その男の意思を継いで、お前はこんな凶行に及んだと? お前も召喚者なら、この世界を守るために呼ばれたはず。どうして、こんな―――」
私のその言葉に、エニグマは吹き出した。ひどく滑稽だと言う様に、腹を抱えて笑いだす。
「はははは、そんな話を一体誰から聞いた? 召喚者が、世界を守る? ははははははっ、こんな滑稽な話があるか!」
「以前会った召喚者は言っていた。世界の厄災となる竜を殺すために、この世界へ呼ばれたのだと」
合点がいったとばかりに、エニグマは頷く。
「ああ、なるほど。その話はシエルか。アイツと会って生きているという事は……君は彼女を倒したのかね?」
「っ! シエルを知っているのか?」
「ああ。座の逸れ者とは言え、召喚者の管理は私の仕事だったからな。とは言え、最近は把握していない奴も何人か居るが……」
「……召喚者とは、いったい何?」
エニグマは小馬鹿にしたような笑みを、私に向けた。
「それを私に尋ねるとは、滑稽だな番外者。どうやら何も知らずに放り出されたと見える。……撮影は終わったか。悪いが、話はここまでだ。私にはもう、時間が無いのでね」
そう言って、エニグマは私に背を向けて再び装置をいじり出した。
首だけになった状態ではどうする事も出来ず、私は自分の身体が開かれていく様を見ている事しかできなかった。
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