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憂鬱な13No.s  作者: EBIFURAI9
【第三章】彼女の愛したセカイに葬送曲を【上】
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裏切り者の話

 泣き腫らした顔を笑顔にして、ネネッシュは拠点の扉を開けた。

 後に続くクラムやイハナの表情から、外でのやり取りをなんとなく察したアリエッタとミューは、微笑んで三人を出迎えた。


「お疲れ様、イハナ。悪かったわね」


「大丈夫っすよ。このくらい、何でもないっす」


 アリエッタの礼に、イハナははにかんだ。

 

「クラム様、脚の調子はどうですか?」


 具合を案じるミューに、クラムはすっきりとした表情で答えた。


「あっ、はい。まだ、上手く動かせないんですけど、お医者様によれば問題はないそうで、あとは練習次第だと」


「そうですか。無事に定着して良かった」


「すぐに働けるよう、頑張りますね」


「ええ、お待ちしてます」


 会話に湧き始めた女性陣を、唐突にサスティバンが制した。


「静かに……なんだ? 外が騒がしいな」


 ミューはハッとして、生体感知を起動させた。

 拠点前の道路で複数人の反応を視認したミューは、即座にその事をアリエッタへ伝える


「……お嬢様」


「ええ。―――イハナ、二人を奥の部屋にお願い」


「了解したっす。ささっ、二人ともこっちへ」


 イハナに押されて、クラムとネネッシュは奥の部屋へと避難する。ネネッシュは振り向いて、不安そうにミューとアリエッタを見た。


「あのっ……」


「大丈夫です。心配ありませんよ。さぁ、早く」


 ネネッシュは何かを言いかけたが、言葉を呑み込んで頷くと、奥の部屋へと駆けて行った。

 アリエッタは姿勢を低くしながら、サスティバンへしゃがめと合図をする。


「どう、ミュー? 外には何人いるの?」


 アリエッタの問いに、ミューは落ち着いた様子で答えた。


「十八人です。全員が、魔銃を所持しているようです」


「おいっ、どういう事だ。敵の襲撃か?」


 状況が把握できていないサスティバンは、大柄な体を床へ付けながら訊く。


「はい。撃って来ます!」


 ミューが宣言した瞬間、無数の氷塊と火の玉が拠点の壁を貫いた。壁を穿ち、窓ガラスを砕きながら、魔法が三人の頭上を通り過ぎていく。三人に当たりそうな魔法は、ミューが張った防御魔法によって全て弾いた。


「くそっ、なんて数だ!」


「拡散型の魔法……ストチェックじゃない。ヘルティナス? 私の銃で私を襲うなんて、なかなか面白い冗談じゃない」


 苦い顔をするサスティバンとは対照的に、どこか楽しそうにアリエッタは言う。


「おい、従者。どうする?」


「ご心配なく。援軍が来ましたので」


 攻勢の相談を持ちかけて来たサスティバンへ、ミューは静かに答えた。ミューの生体感知には、外の状況が全て映っている。

 間もなく、魔法の雨がぴたりと収まった。それと同時に、ミカが穴だらけの扉を開いて、拠点に入って来た。


「悪い。到着が遅れた」


「いえ、いい時に来たわ。ありがとう」


「ミカ、状況は?」


 ミューの問いに、ミカは立ち位置を移動して扉から外の様子を三人に見せる。拠点前に集まっていた襲撃者たちは、全員が麻痺魔法によって無力化され、地面に倒れていた。


「外に居る連中は半獣人ウェアクァールだ。おそらく、スカジャハスだろうな。獣人は殺すなと言われたから、全員麻痺で黙らせてあるだけだ」


「良い判断よ。ありがとう」


「スカジャハスだと? どういう事だ!」


 サスティバンが外へと駆けて行く。それを三人も追いかけた。


「おいっ、誰に命じられた!」


 サスティバンは襲撃者の一人の胸倉を掴み上げると、激しく揺さぶった。全身が痺れて動けなくなっている襲撃者は、青い顔をしながら頭部を前後へ揺らす。


「無駄よ。魔法で束縛されて動けないんだから。ミュー、解呪を」


「承知いたしました」


 ミューが、襲撃者の麻痺を解呪魔法で治療した。途端、襲撃者の表情に柔らかさが戻る。身体の硬直が緩んだのだ。


「さぁ、話してもらうぞ。どうしてお前らがここを襲撃した!」


「バルメットが言ったんだ、こいつらがこの件の黒幕だって。俺たちを信用させるために、一芝居打ったんだって。サスティバン、アンタ、だまされてんだよ」


「そんなわけあるか、馬鹿野郎! ―――ったく! バルメットの野郎、何を考えてやがる!」


 襲撃者を突き放して、顔をしかめるサスティバン。

 一方アリエッタは澄ました表情で、納得したように頷いた。


「まあ、そんなところでしょうね」


「あぁっ? どういう事だ。見当がついてるみたいな物言いだな」


「ええ。初対面で、彼はきな臭いと感じていたもの」


「それは、どういう……」


「彼、嘘をついていたのよ。あの日、私と貴方の会話に横やりを入れてきたバルメットは、貴方に用件があって来てみたら話が聞こえたと言ったのよ? なのに、結局彼はその用件とやらを伝えずに帰って行った。組織の要人ともいえる人間がわざわざ自分から出向いて来たっていうのに、そんな事ある? 私が急ぎの協力を要請したから? それとも私同席では話せないから? どっちも可能性は低い。その程度で先送りにするような軽い用件なら、部下を使うでしょう。違う? 彼は私がこの街で何をするつもりなのか探りを入れに来たのよ」


「なるほど……いや、何かの間違いだって事もある。どうあれ、一度話を聞く必要がありそうだ」


「そうね。バルメットの所へ行きましょうか」


「ああ」


「ミュー、イハナと留守をお願い」


「承知いたしました」


「ミカは隊全員を連れて、私と来て頂戴」


「了解した」


 アリエッタはサスティバンと三十人以上の部下を引き連れ、スカジャハスの事務所へと移動した。

 統率の取れた動きで警護と警戒を行うアリエッタの部下たちを、サスティバンは興味深く眺めていた。

 彼らの装備は、リアチーヌ軍部の特務部隊顔負けの仕様で、その手に持たれた小銃はまだ軍での正式採用に至っていない魔銃ヘルティナスの新型である。


「何なんだこいつら、軍人みたいだな」


「そうね。それに近いものだと思っていいわ。うちの私設軍隊ってところかしら」


「……商人がどうしてそんなものを」


「さあ、どうしてでしょうね」


 相変わらず崩れぬ澄まし顔に、サスティバンは困った様な顔を浮かべる。


「しかし、そんな警戒する必要があるのか? 俺が居る分には大丈夫だと思うが」


「そう? 貴方にあたるかもしれないのに、連中は構わず銃を撃ってきたのよ? 自分だって狙われてるとは思わないの?」


「…………仲間を疑いたくはない。それは、わかるだろう?」


「そうね」


 複雑な気持ちが反映された様なサスティバンの声に、アリエッタも静かに目を伏せる。


「……しかし妙だな。どうしてこんなに静かなんだ?」


 スカジャハスの事務所内には、人影が無かった。四階建ての建築物は、まるで廃墟の様に威圧感を漂わせて夕暮れの街にそびえ立っている。


「人の気配がしないわね。普段はどうなの?」


「用もねえのにたむろするくらいには、人が居るんだがな……まあいい。とりあえず、入ってみよう」


 サスティバンの先導でアリエッタ達は事務所へと突入した。

 最上階の廊下の中頃で、サスティバンが扉の一つを指さした。

 アリエッタは無言でミカを見て頷く。ミカの指示で、私兵たちが武器を構えて勢いよく扉を開いた。

 中から反撃はなかった。部屋の中に居たのは、バルメットとルシャンの二人だけだった。二人はアリエッタ達の訪問をまるで待っていたかのように落ち着いている。


「来たか……やはり、あいつらでは相手にならなかったか」


 バルメットは滑稽とばかりにうっすらと笑みを浮かべた。


「襲撃の指示者がするセリフとは思えないわね」


「我々も、本意ではなかったという事だよ」


「ルシャン、バルメット、これはどういう事だ? どうして事務所に誰も居ない?」


「帰らせたのさ。死ぬのは俺たちだけで十分だからな」


 サスティバンの問いに、ルシャンは険しい表情で答えた。様子から、バルメットよりもわずかに余裕がないのがうかがえる。


「……」


 悲哀と混乱に顔をしかめるサスティバンを、バルメットは乾いたように笑う。


「そんな顔をするなサスティバン。お前は馬鹿じゃねえ。もう、分かってんだろう?」


「一つ訊きたい。アンタたちはどうして、この人を襲ったりなんかした? 街に尽力してくれた相手を、黒幕呼ばわりとはどういう事だ?」


「契約者からの、依頼だったんだ」


「契約者?」


 首をかしげるサスティバンに代わり、アリエッタが言葉を繋いだ。


「……エニグマと、繋がっていたのよね」


 バルメットは少しだけ目を見開く。


「っ! 流石だな。気づいたか」


「ええ。それなら、この街の歪な立ち位置も理解できる。大方、私を始末しろとエニグマに命じられたのね」


「歪な立ち位置って何だよ」


 会話に付いて行けないサスティバンは、アリエッタへその説明を求めた。


「サスティバン、貴方、疑問に思った事は無い? どうしてこの半獣人街バルヘンクァールが、アルフェンのど真ん中に存在し続けていられるのかって」


「それは、不干渉を貫いてきた結果だろう。なにもしなきゃ、アイツらだって―――」


 遮るように、ルシャンが喚く。


「そんな上手い話があるかよ、馬鹿野郎。この国は半獣人ウェアクァールと戦争してるんだぞ。長耳族エルーシナ共が、ただでさえ獣と見下している俺たちを見逃すはずがねえ。問答無用で追い出されるに決まってる」


 バルメットは低く落ち着いた様子で、ルシャンに続いた。


「難民が居座り、種族の固い結束によって生まれた街。スカジャハスの牽制によって、自治権を見逃された街。そんなものは、幻想に過ぎないんだよ。俺たちはただ、相手にもされなかったってだけなのさ。道端を歩いている小虫を気にする奴が居ないのと、同じ理由でしかねえ。害虫だと目の敵にされたら、それでおしまいだ。戦争が始まった以上、半獣人街バルヘンクァールが終わるのは時間の問題だった」


「そこを、エニグマに付け込まれたのね。彼女は軍の中でも顔が利く立場にあるみたいだし、街を見逃してもらうために取引でもしたのでしょう」


「……聡明なお嬢さんだ」


 バルメットは微笑む。それは状況を悲観している様にも、楽しんでいるようにも見えた。


「取引って、なんだよ……人殺しと、何を約束したっ! 代償は何だったんだ!」


 怒鳴るサスティバンをわずらわしそうにして、ルシャンが答えた。


「聞くまでも無かろう。生贄だ。一か月に最大でも四人まで。一年で二十人以内。それが、この街を維持するために交わした契約だった」


「正気かお前らっ! 同族を、人殺しに売ってたって言うのかよ!」


「それでこの街に住む、大勢の人間が助かったのだよ」


「お前ら、それでも人間かっ!」


 サスティバンが、二人の前に置かれたテーブルを殴った。

 それに火を付けられたように、ルシャンも立ち上がって怒りをあらわにした。


「綺麗事で、街が救えるかっ! 何十年ここに居座ろうとも、この街にとって永遠に俺たちは余所者だ。いつ長耳族エルーシナ共に追い出されてもおかしくない。そうなったら、ここに住む連中はどうなる? 下手をすれば追放どころか、皆殺しにされていたかもしれないんだぞ!」


「そういうセリフが出るって事はアンタ、最初から戦う事が無謀だって分かっていたな。強硬派と穏健派の対立っていうのも芝居かっ!」


 手でルシャンをなだめながら、バルメットは落ち着いた様子で答える。


「街の連中を焚きつけるものは、感情だ。理屈で抑えきれるものじゃねえ。それなら、ああいう形で膠着状態こうちゃくじょうたいを作るしかなかったんだ」


「……けれど、そこまでしてもエニグマは約束を違えたのでしょう? あの倉庫に在った遺体の数は、一か月に四人なんて甘いものじゃなかったわよ」


 アリエッタの指摘に、バルメットの表情が曇った。


「ああ。最近になって、急激に行方不明者の数が増えだした。とはいえ、アルフェンの情勢は今が一番危うい。エニグマと対立するのだけは、避けなければならなかったんだ」


「良いようにされたな、馬鹿どもが! それじゃあ、目的を見失ってるじゃねえか! アンタらが守らなくちゃならなかったのは、この街じゃねえ。この街に住む同族たちだろうが!」


 サスティバンの怒号に、ルシャンも対抗する。


「理想だけで何が守れるかっ! 見てみろ、この街を! 周囲の貧民窟よりも明らかに高い生活水準を維持できているではないか。表の店を襲撃して略奪を働く馬鹿は未だに多いが、それも憲兵団とのいざこざにまでは発展していない。平穏が有ればゆとりが生まれ、仕事が生まれ、街が回る。まだ完全とは呼べないが、ここは貧民窟ではなく、街として機能し始めている。それは誰のおかげだと思う? 非難したいなら、好きにしろ。だがな、それを覚悟してでも我々には守らねばならない、群れの長たる責任がある!」


 そんなルシャンの言い分を、アリエッタは小さく笑った。


「覚悟とは笑わせるわね。あの子供達が何も知らずに、街の為なんて理由で無残に殺された事に比べたら、貴方達が不名誉を負う事なんて何の代償にもならないわ。命には命を、痛みには痛みを。本当に覚悟があるというのなら、今こそそれを受けるべきよ」


「破滅的な理屈だな、お嬢さん。分かっているのかね? それを突き詰めれば、最後には自分に全ての咎が降りかかるという事が」


 冷めた目つきのバルメットへ、アリエッタも同様の視線を送る。


「言われるまでもなく。―――サスティバン、これは貴方の街の問題だから、決着は貴方達に任せるわ」


 アリエッタは一歩引いて、サスティバンへ差配を丸投げにした。

 サスティバンは少し悩んでから、静かに言った。


「……バルメット、ルシャン。アンタたちがこの街の為にしてきた功績を、忘れた訳じゃない。アンタたちのおかげで、この街が少しづつ居心地の良い場所になって行くのを、俺は間近で見てきた人間だからな。だから、それだけに残念でならないよ。アンタたちは、人の道を外れてしまった」


「……それでどうする。この街を、お前はどうやって救う?」


 バルメットの問いに、サスティバンは力なく首を振った。


「分からねえよ。けど、そんな事は俺一人があれこれ考えるべきじゃない。アンタたち二人が、そうするべきじゃ無かったようにな。少なくともアンタたちは間違っていて、そしてこの街の敵だって事は分る。俺の仕事は街の敵を排除する事だ。今この時だけは、それでいい」


 騒がしい足音と共に、数人の半獣人ウェアクァールたちが通路を駆けてきた。サスティバンの身を案じて駆け付けた、彼の舎弟たちだ。


「兄貴! これはいったい……」


「お前らか……丁度いい。バルメットとルシャンを地下牢に連行しろ。今回の殺しに関わっていた反逆者は、こいつらだ」


 舎弟たちは信じられないと言った表情で各々固まっていたが、場の空気が何よりもサスティバンの言葉を肯定していたため、躊躇いながらも受け入れた。


「……分かりました」


 誰ともなく言い、舎弟たちはルシャンとバルメットを拘束した。

 連れて行かれる去り際に、バルメットはサスティバンへ言った。


「…………街を頼んだ」


 それは少しだけ、彼の後悔を感じさせるような哀しい声だった。

 サスティバンはしっかりと、固く頷いて見せた。


「ああ、この街は守り通す。約束だ」


 動揺を隠し切れていない表情で背中を見送るサスティバンを、アリエッタは少しだけ気の毒そうに見ていた。

 それからアリエッタは、ふと思い浮かんだ疑問に腕を組んだ。


「どうも、妙ね」


「今度は何だ?」


「……エニグマが、彼らに私達の殺しを命じたのだとしたら、この結果だって当然予想できるはず。あえて自分の不利をさらしていく、この行動の意味は何? それに、バルメットがエニグマと繋がっていたのなら、ネルン捜索の件では、ネルンを庇うどころか追い詰める側だった可能性がある。実際、こっちはネルンの協力者を炙り出したくて目立つ様に動いていたのに、エニグマは一度もネルンを助ける素振りを見せなかった。死霊術師の攻撃を警戒して部下たちを待機させていたのに、結局何も無くて正直拍子抜けだったのよね」


「つまりそのエニグマって奴は、自分の存在を俺たちに匂わせながら、ついでに手下を排除していったって事か?」


 サスティバンの意見に、アリエッタは頷く。


「ええ……」


「それは、ただ単に向こうが間抜けってだけなんじゃ……」


「あれだけの殺しを六年間も隠匿し続けて来た人間が、そんな軽薄な事するかしら」


「だとするなら、アンタに見つけてほしいと思ってるとかな」


 アリエッタは顔をしかめた。自分達が召喚者を追っている様に、もしエニグマ側も同じ行動原理でうごいていたとしたのなら。アリエッタが感じた違和感は全て、彼女からのアプローチという事になる。


「私? ……いえ、ミューに?」


「おい、兄貴! ネネッシュが!」


 サスティバンの舎弟の一人が、血相を変えて戻ってきた。彼の発した名前に、アリエッタは思考を中断する。

 見れば、舎弟の走ってきた方向から、ネネッシュがより深刻な顔で走って来るのが見えた。ネネッシュはアリエッタ達の前に来ると、乱した息も整えずに慌てた様子で叫んだ。


「はぁ……はぁ、はぁ―――アリエッタさん、大変です! ミューさんが、攫われました!」

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