ネネッシュ-2
スカジャハスを頼って半獣人街を訪れたアリエッタ達に、サスティバンは快く新たな拠点を用意した。そこは街の中では珍しく、綺麗で広い物件だった。
「ここを使ってくれ。スカジャハスの要人たちが使う場所だからな。使い心地は廃墟よりいいはずだ」
サスティバンはそう言いながら施錠された玄関を開き、アリエッタ達を招き入れた。
「また随分と好待遇ね。いいの? 私達にこんな場所を貸して」
アリエッタの感想に、サスティバンは爽やかに笑った。
「いいんだよ。これは街の総意だ。昨日の件はすでに街中に伝わってる。その上で、街の皆がお前たちにここを貸す事を決めたんだ。それだけの信頼を、アンタは得たって事だ」
「そう。それは光栄な事だわ」
そんな会話の横で、ネネッシュは何かを探すように周囲を見回した。
その様子が目について、サスティバンは不思議そうにネネッシュへ声をかけた。
「どうした?」
「あの、クラムは……」
「ああ、そういやまだ来てないな。この場所は伝えてあるし、もうじき着くんじゃないか」
「そうですか。……あの、私、外でクラムを待ってますね」
そう言い残して、ネネッシュは外へと駆けて行った。
どこか余裕のないそんな様子に、サスティバンは、気の毒そうな表情を浮かべる。
「アイツも、兄貴の事でこたえてるのかね」
「そうでしょうね。私が言うのもなんだけど、家族を立て続けに二人も亡くしたのだもの」
「しかも、片方はダチを殺しかけた殺人鬼だもんな。やり切れねえよ……」
「……エニグマに証拠を突き付けて、早くこの事件を終わらせましょう。私達にできる事は、誰もが納得できる形でこの惨劇を締めくくり、風化させる事だけよ」
「ああ、そうだな」
「早速、これからのことを話しましょう。向こうがこちらの挑発に喰い付いてきた今が好機よ」
アリエッタはミューに荷物を広げさせ、運んできた資料を広げて作戦会議を始めた。
そんな新たな波乱が起こりそうな気配のすぐ外で、ネネッシュは独り項垂れていた。
彼女は玄関の石階段に座って、クラムの到着を待っていた。
―――否、正確に言えばそれも違うのだろう。ネネッシュは、一人になりたかったのだ。
ネネッシュは、立て続けに起こる出来事に、精神的に追い詰められていた。
兄の本性と凶行。姉の死と、家の相続。そして、クラムの負傷と、アリエッタの狂気。
それら全てが、廻りめぐって自己嫌悪へと変わってしまうのが、ネネッシュの悪癖である。
アリエッタの様に、強い意志で受け止められない自分が悪い。
ネルンの事を察してあげられなかった自分が悪い。
クラムを巻き込んでしまった自分が悪い。
そんな風に、自分を追い込んでしまう。それがどれだけ見当違いな理屈かを理解していても、ネネッシュはそう思い込んでしまう。
「駄目だな……ミューさんにも言われたのに」
独り言つ。
結局、自己嫌悪に陶酔しているだけで、物事を正確に受け止めようとはしていない。それはネネッシュ自身、百も承知の事だ。
ミューに強く指摘された逃げの姿勢を、それでもネネッシュは止められない。
「……私はやっぱり、そんなに強くはなれないよ」
「居た! やっと、見つけた!」
舌足らずな少女の声に、はっと、ネネッシュは顔を上げた。
いつの間にか、彼女の目の前には幼い女の子が立っていた。それは、生死体の攻撃の巻き添えを受けて傷つき、ネネッシュが必死の応急処置で救った、いつぞやの子供だった。
「貴女、あの時の―――そう、もう大丈夫なんだね」
「うん! お姉ちゃんのおかげだよ! ありがとう!」
女の子は底抜けに明るく笑った。力強い陽気に、ネネッシュも釣られて笑顔になる。
そんな女の子の後ろから、半獣人の女性が近づいてきた。女性はネネッシュへ、深く頭を下げた。
「貴女が、娘を救って下さったと、スカジャハスの方から聞きました。本当に、ありがとうございます」
女性は涙ぐんで、何度も頭を下げた。それを止めながら、ネネッシュは穏やかな心持ちで答えた。
「お礼を言うのは、私の方かもしれません」
「えっ?」
不思議そうにする女性と、笑顔の少女を交互に見るネネッシュ。
ネネッシュは女の子の手を取り、言った。
「生きていてくれて、ありがとう。元気になってくれて、ありがとう。私にも、ちゃんと出来る事があったんだって、分かったよ」
選べなかった選択肢を悔やむより、選べた行動を誇るべきだと、ミューは言った。これから何を選ぶのかを、考えるべきとも。
悔いは多いが、その分誇れる行動も沢山あったはずだと、ネネッシュは思い起こす。目の前の少女が、その何よりの証明だった。
「これ、お姉ちゃんにお礼!」
少女が差し出した赤い花を見て、ネネッシュは感極まって涙を浮かべた。それを乱暴に拭って、ネネッシュは花を受け取った。
「ありがとう。綺麗なお花ね」
「えへへー、お母さんと探したの」
「そうなの……」
ネネッシュは愛おしくなって、少女の頭を撫でた。その手に感じる温かさが、ネネッシュには何よりも尊いものに感じられる。
不意に、ネネッシュを呼ぶ者が居た。
「おーい、ネネッシュー!」
聞き覚えのある声に、ネネッシュは顔を上げ、そして立ち上がった。
そこには、車椅子に座るクラムの姿があった。スカートの裾から覗く、球体関節で繋がった足を目にして、ネネッシュはとうとう泣き出した。
「ごめんね、連絡できなくて。心配、かけたかな」
イハナに押されて、クラムは気まずそうにネネッシュへ近づく。
ネネッシュは返答する余裕が無い程に、激しく泣き続けた。そんな様子に、女の子も心配そうにネネッシュを見つめる。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「……うん…………だい、じょうぶ―――安心、したら……しただけだから。大丈夫、だよ」
ぐしゃぐしゃになった泣き顔を、笑顔に変えて、ネネッシュは答えた。
クラムは申し訳なさそうにして、ネネッシュに謝る。
「ごめん、ネネッシュ―――」
「おかえりなさい、クラム!」
クラムの謝罪を押し切って、ネネッシュは全力の笑顔で親友を出迎えた。そんな姿に、クラムは一瞬だけ驚いて、それから笑ってそれに応えた。
「……うん! ただいま、ネネッシュ!」




