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憂鬱な13No.s  作者: EBIFURAI9
【第三章】彼女の愛したセカイに葬送曲を【上】
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ネネッシュ-1

 通報から十分も経たずに、憲兵団がアリエッタ達の部屋を訪れた。

 アリエッタが軍から依頼を受けた関係者という事もあってか、遅れて軍人も姿を見せ、憲兵団の捜査は次第に彼ら主導のものへと切り替わって行く。

 三人は部屋を離れて、宿一階にある客用の談話室へと移動した。


「―――では、連中に心当たりはないと」


「ええ。彼らの顔も知りませんわ。まあ、こんな商売ですから、知らないうちに人の怨みを買ってしまう事はあるのでしょうが」


 軍人の質問にアリエッタは簡単に愛想よく答えていく。

 そんな姿が作りモノだと、今更ながらに気づいたネネッシュは、恐ろしい何かを見るような視線をアリエッタへ向けていた。

 そんなネネッシュの前に、ミューはミルクティーを置いた。


「どうぞ、ネネッシュ様。落ち着きますよ」


「あっ、すみません。ありがとうございます」


 ミルクティーを口に運んで、ネネッシュは傍らに立つミューの様子を、うかがい見た。

 ミューは穏やかな顔をしているが、その眼だけはアリエッタの姿を注意深く見つめている。


「……ミューさんは、アリエッタさんの事をどう思っているのですか?」


「どう、とは?」


「あっ、いえ。さっきの事とか……」


 アリエッタの裏の顔を知って複雑な心境なのだろうと察して、ミューは優しい口調でネネッシュに言った。


「あまり、深く考えない方が良いかもしれません。

 恐ろしい人だと、お思いでしょう。それはまず、間違いありません。お嬢様は、ご自分が気に入らないと判断なされたら、あらゆる残虐を用いて報いを受けさせようとするでしょう。今回の様に。―――お嬢様は、復讐の権化なのです。力なき者の憎悪というものを、哀しい程に知っているから、それに深く共感してしまう。人の呪いを自身の呪いとしてしまうのです」


「それは、人助けって事ですか?」


「……違うでしょうね。きっと、救われないからやっているのだと思います」


「救われないから?」


 怪訝そうに、ネネッシュは眉をひそめた。


「救われる余地すらなくなってしまった人達がいる。それは、貴女も良く知っているのではないですか?」


「……殺されてしまった、獣人の子たちってこと?」


「今回は、そうですね。―――暴力や権力、理不尽な運命や、生まれ持った身分。そういったモノで、いわれのない悲劇に見舞われる人は大勢います。救われる機会すら与えられない人々が。

 起きてしまえば無かった事にはできないし、無くしてしまったものは戻らない。

 けど、奪った側が奪ったまま逃げのびるなんて、そんなの不愉快でしょう。そんな恨みを肩代わりするだけなのですよ。お嬢様の仰ったとおり、気に入らないからやっている身勝手な行為というだけなのです。自分の為にする事を、人助けとは呼べないでしょう」


「なるほど……」


 ネネッシュはアリエッタへ視線を向けた。事情聴取に卒無く対応する姿を、ネネッシュはやはり複雑な心境で見つめていた。そこには、先ほどネネッシュの前で見せた狂気など、微塵も感じられない。


「正直な話、兄はもう、何をされてもおかしく無い程の事をしたのだという認識はあります。貴女がたへの恨みもない。私は多分、自分が嫌になっているんです。現実から逃げてばっかりで、近くいる人たちの事を全く理解していなかった。しようとしてこなかった。もちろん、簡単に理解できる程、人間はそんな単純なものじゃないって分かってます。けど、それが理想論だとしても、知った後でどう振る舞うかはやはり、人間が出ると思うんです。そういう意味じゃ、私は最悪だ。一時の怒りで、アリエッタさんを責めてしまった。頼んだのは、私なのに……強い意思って言うのかな。そういうのが、私には欠けてるんだと思います」


 ミューは険しい顔で、ネネッシュへ言った。


「少し厳しい事を言わせていただくなら、貴女はその考え方を改めるべきです。自分を責めても、ただ慰める行為にしかなりません。貴女は、ご自分への嫌悪を心の拠り所にしているだけだ。自分はダメな奴だから、自分には力がないから、こうなって然るべきと、そう逃げてはいませんか?」


 遠慮の無いミューの言葉に、ネネッシュは目を見開いた。ただ呆気に取られて、ネネッシュはミューの言葉を聴いていた。


「教会で働いている時の貴女には、明確な意思がある様に見えていましたよ。貴女はあの街に居る間、いつも戦う道を選んでいた。ご自分の考えや思いを、否定したりしなかったはずです」


「……それは、それどころじゃなくて」


「何もかもが、人一人にどうにかできるとは思えません。選択する余地があった様に見えても、それは所詮、思うだけ。起きてしまった事は、そうなるしかなかった現実なのです。人間にできる事はいつも、後片付けだけ。起きてしまった事をどの様に受け止め、それを解決していくか。それしかできないし、貴女は本当はそれがちゃんとできる人だと、私は思います。

 起きてしまった事を嘆く行為自体は普通の事だし、私達を恨むのももちろん当然の選択です。それを恥じる事は無い。選んだ事それ自体には、何の落ち度もないのですよ。むしろ、選びとった行動を誇りにしてください。そして、出来なかった事を後悔して、自分はダメだとは思わないで下さい。そんなものに意味はないのです」


「……冷たい人ですね。励まそうとしてくれているのに、責められてるみたい。優しいけど、優しくない」


 ネネッシュは困り顔で笑った。


「ふふっ、自分の事を棚に上げて、説教するような女ですから。教訓に似せた戯言の様なモノと、お思いください」


 ミューも微かに笑ってみせた。

 事情聴取を終えたアリエッタが戻ってきて、ネネッシュの体面に座った。


「あら、随分と楽しそうじゃない」


「ええ、少しお話を。―――今、お茶をお持ちします」


「要らないわ。ありがとう。それより、貴女も聞いて」


 真顔のアリエッタに、二人は居住まいを正す。


「アシュメス達は、今のところ口を割らないみたい。まあ、所詮雇われのゴロツキみたいだし、彼らも依頼人を知らない可能性が高い。軍は、砲開発の情報を聞きつけた外部の者が起こした、妨害工作だと仮定しているみたいね。けど、私はこれを、エニグマからの挑戦だと思ってる」


「エニグマって、あの天才少女の?」


 ネネッシュが驚いたように、目をしばたたく。


「知っているの?」


「えっ、ええ。エニグマ・レクティバス博士ですよね。私の姉、ミライジャの同級生なんです。仲が良かったのか、家にも何度か来ていたみたいですよ。私は一度も、お会いした事は無いんですけど」


「―――ここで、そういう繋がり方をするの。そう……」


 アリエッタは無表情ながらも、苦い声を出す。


「まさか、エニグマ博士が、さっきアリエッタさんの言っていた黒幕なんですか?」


「確定しているとは言えないけど、確信はあるわ。貴女のお兄さんから聞き出した時の反応から見て、事件に関わってるのは間違いない」


「あの人が、兄を……」


「ひとまず、移動しましょう。ここに居続けるのは危険だわ」


 アリエッタがミューへ言う。


半獣人街バルヘンクァールへ戻るのですか?」


「ええ。それがいいでしょう。軍の監視をつけるより、動きやすくて良いわ」


「では、支度いたします」


 ミューは一礼して、荷物をまとめる為に部屋へ向かった。


「貴女はどうする?」


 アリエッタはネネッシュに尋ねる。


「私も行きます。クラムに会いたいので」


「分かったわ。たぶん、そろそろ街についているはずだから」


「え? それって、どういう―――」


「あの子には三日前から、義足を付ける為に商会(うち)の支店へ泊りがけで行ってもらっていたの。状況が変わったから、念のため半獣人街バルヘンクァールへ移すよう、今朝連絡しておいたわ」


「義足……そう。あの子はそんな事を」


 ネネッシュはアリエッタへ、深く頭を下げた。


「アリエッタさん。今回の件、本当にありがとうございました。貴女の協力が無ければ、もっと酷い結末を迎えていたと思います。それと、先ほどの無礼をお許しください」


「いいのよ。言ったとおり、私は貴女に恨まれて当然の事をしたのだから」


「……正直、私は今でも貴女の事を真っ当な人間とは思えません。けど、貴女がしてくれた事はそれとは別の話です。本当に感謝しています。クラムを救う事も、兄を止める事も、それは私にはできなかった事ですから」


「私なんかには、もったいない言葉だわ……」


 目を伏せながら、アリエッタは微笑んだ。それから彼女は、顔を上げて真剣な眼差しをネネッシュへと向けた。


「私達にはまだ、やらなければいけない事が沢山ある。あの女を止めない限り、事件解決とは言えない。だから、お礼は全部終わった後でいただくわ」


「エニグマ博士ですね」


「ええ。娘たちの死体を回収していたのは、おそらく彼女。だから絶対に、許す訳には行かないわ」


 アリエッタの瞳に籠った怒りに気づいて、ネネッシュは息を呑み込んだ。

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