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憂鬱な13No.s  作者: EBIFURAI9
【第三章】彼女の愛したセカイに葬送曲を【上】
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それは貴女の求めた解

 今朝起きた事件のせいで、軍開発局内部は慌ただしく動いていた。

 ネルンの変死体が送りつけられた『魔法特技課 第三開発棟』の廊下では、絶えず研究員と軍人が忙しなく行き交っている。


 そんな中を、鼻歌交じりに歩く一人の少女が居た。グレゴリー・カーニヴァルである。

 朝日に照らされた新雪の様に輝く純白な容姿と、可愛らしい幼顔には似つかわしくない武骨な眼帯。

 そんなどこに居ても目立つような彼女の事を、気に留める者は誰一人として居ない。いや、むしろ誰の眼にも彼女の姿が映っていないようだった。

 人の波を避けてグレゴリーがたどり着いたのは、エニグマの執務室だった。

 グレゴリーはこっそりと戸を開けて中へ入り、誰も居ない執務室のその中にある扉の前へと向かった。

 立ち入り禁止の札と、人避けの魔法がかけられたその扉を、グレゴリーは躊躇ちゅうちょなく開いて中へと進む。


 暗い部屋の奥で、ぼんやりと白い光が動いていた。それはまだ、この世界に存在するはずの無い光。

 整列した棚の間を通り抜けてグレゴリーが奥へ進むと、そこにエニグマが居た。

 エニグマはエグゼクティブチェアに座り、その手には電子タブレットが握られている。部屋を照らす光は、この電子タブレットから発されていた。


「博士ぇ、暗い所でパソコン見ると目を悪くするよ」


 まるでしかる様に、グレゴリーがおどけて言った。


「……それについては、実のところ因果関係はないらしいぞ。暗かろうと明るかろうと、目を酷使するのが良くないという話だ。まあ、どちらにしても、私の眼はとっくに悪いし、この身体とはもうすぐお別れだ」


 エニグマは電子タブレットを注視しながら、冷たく返答した。


「ふふん、随分と機嫌が悪いじゃないか」


「……別に。おおかた、今朝の新聞を見て、私が憤慨していると思ってここに来たのだろう? 私が踊る姿を見たがる君らしい発想だ。だが、こうなる事は君に頼んだ時点で予測していたよ。アイルフィールの二人がネルンに接触すれば、どうあっても情報が漏れる。むしろ、攻め込んで来なかっただけ幸運とすら思うよ。どうせ、ネルンに色々と余計な事を話したのだろう? 自身の名前は明かしたか? 私が彼を見限ったと話したか? 奴が自棄になって、私の事を売るように仕組んだだろう?」


「さっすが博士。どっちも話したよ。でもまあ、アイツは最後まで喋らなかったけどねー。僕の事はぺらぺら明かしてたけどさ」


「ふむ。その根性だけは買ってやるべきか。なるほど。だから様子見に、あんな死体(くだらない物)を送り付けてきたのか」


「ははっ、なるほど。本当に挑発だったわけか。―――ああ、そうそう。ネルンには、ついでに貴女が怒ってる理由も話しておいたよ。ミライジャの死を悲しんでるってね」


「………………」


 会話が途切れた。

 部屋は静寂に包まれ、エニグマは静かに、殺気の籠った瞳でグレゴリーを見ていた。

 うっとりとしながらその視線を受け止めるグレゴリーに、エニグマは呆れてため息をつく。


「はぁ……死にたがりのマゾヒストに付き合うのも馬鹿らしい」


「ふふっ、博士は大人だねぇ」


「君は子供過ぎるよ。日本人はもっと、謙虚だと聞いていたんだがね」


「人それぞれじゃないの、そんなの。もう一人の僕は、結構そんな感じだったから反転しちゃったのかもねー」


「やれやれ。ヤマトナデシコという言葉に、幻滅してしまうよ」


 グレゴリーは、にゃははと笑ってエニグマの電子タブレットを覗き込んだ。


「んー、ところで何見てるの?」


 それはドローンで撮影された、とあるホテルの一室の映像だった。

 アイルフィール商会の侍女が、襲撃者のアシュメス五人を一瞬で伸す様子が映っている。

 その無駄のない鮮やかな戦闘に、グレゴリーが口笛を鳴らす。


「すっげぇー。これ、あのメイド長でしょ? こっちが召喚者だったのか」


「さあ、どうだろうね。可能性があるというだけだ。これだけでは、どんな権能なのかも予想がつかない」


「この速さは、超スピードとか時間操作系なんじゃないの?」


 いいや、とエニグマは首を振る。


「時間の権能は、既にラファールが持っている。これはそういう次元には至っていない力だ。元から搭載された機能だろう」


「なにそれ。まるでロボットみたいに言うね」


 そんな感想を、エニグマは可笑しそうに笑った。


「良い例えだ。だが、これはそんなくだらない物とは、格が違うよ。我々、魔法人形を造る者にとっては究極の回答と言っていいかもしれない。もしこれが私の予想通りなら、これは神の模倣品もほうひんだよ」


「まーた始まった。博士はいつもいつも、訳の分からない事ばっかり言う」


「ふっ―――なら、必要な事だけを伝えようか。私は彼女の身体を調べたい。それが、()()()()を造るための必須条件だよ」


「へぇ、今度はこいつを攫って来いって?」


「いや、これだけは私の手で行う。かの者に触れる事、それそのものが私にとっては神聖な儀式なのだよ。百年も待ったのだ。そのくらいの無茶は許されるだろう。

 君は、私の補助をしてくれ。最悪の場合、街に混乱を起こしてほしい。―――いや、君はどうあっても自分のペースで事を起こすつもりか」


 グレゴリーは無邪気に笑う。


「まあね。博士の配備した人形と、僕の生死体ゾンビで包囲網は完成した。アイルフィール商会の二人も、合格だ。邪魔にはならないと判断した。開幕の準備はとっくにできてる。けど、僕の行動を起こすのは、貴女に協力してからでも遅くはない。さんざん、ふざけた態度をとって来た訳だし、最期まで貴女の為に動いても良いよ」


「最期か……ならお願いしよう。私の死をもって、君の作品のプロローグとしてくれたまえ」


 不敵に笑うエニグマへ、グレゴリーは一瞬だけ寂しそうな表情を向けた。


「私は疲れたよ。少し休む。雇ったゴロツキ共を空間転移で送ってやったからな、身体にまた負荷をかけてしまった」


 自身の体の弱さを呆れ笑って、エニグマはチェアを倒して横になる。


「それじゃあ、僕はもう行くよ。最後に生死体ゾンビ共の調整をしておきたいからね。また、例の場所で会おう」


「ああ……」


 エニグマが電子タブレットの電源を切った。部屋は途端に暗くなる。


「―――……ねえ、博士さん。最後に訊いても良いかな?」


 暗闇の中で光る白い少女は、ためらいがちにエニグマへ尋ねた。


「貴女は、ご自分の能力に耐える身体を造るために、百年研究したと言っていた。それを協力させるために、僕達を蘇らせたとも。でも、それ以外にもっと、別の理由がある気がする。貴女は何かにりつかれて、研究をしている様に見えた。何かを必死に追いかけているみたいな、そんな感じに。貴女は、何を見ているの?」


「……………………君は、私の協力者ではない。だから、答える義務はない」


 静かに、そして微かに動揺している風に、エニグマは闇の中で答えた。


「そう……ごめんなさい」


 白い少女は穏やかにそう言って、踵を返した。


「それじゃあ、またね、博士!」


 グレゴリーはまた、元の通りにおどけた調子でそう言い残して、部屋を後にした。

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