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憂鬱な13No.s  作者: EBIFURAI9
【第三章】彼女の愛したセカイに葬送曲を【上】
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開戦

 血の匂いが立ち込める部屋の中へ、アリエッタは足を踏み入れた。途端に、その悪臭に眉をひそめる。

 部屋の中には数人の人影があった。裏社会に名立たる四組織の使者と、その護衛たちである。彼らは、六年の時を経て捕まったという因縁の相手を一目見ようと、ここに集ったのだ。

 ここはスカジャハスの所有する、とある廃墟の地下二階。

 半獣人ウェアクァールの種族、組織、街、そういったモノに対する"敵"を収容する、いわゆる拷問場である。

 とはいえ、この場所が実際に使われたのは、実に十年ぶりの事。そんな場所に、アルフェンの裏社会を束ねる四組織の使者が勢ぞろいした事は、極めて異例な事態である。


 アリエッタが部屋を訪れた途端、用を済ませた使者たちが踵を返して、続々と部屋から出て行った。

 邪魔にならないように部屋の端に避けながら、アリエッタは横目で、静かに去って行く各種族たちを観察した。


「……随分とまあ、豪華な面子だったわね」


 部屋にサスティバンだけが残ってから、アリエッタは口を開いた。


「あれがどういう連中か、分かるのか」


「当然。呼んだのは私なんだから。これは貴方達、アルフェンに住む者たちの復讐でしょう? それなら、やはり皆でやらなくてはね」


 邪悪な笑みを浮かべるアリエッタに慄きつつ、サスティバンは苦笑いを浮かべた。


「アンタは敵に回したくないな」


「あら。私だって御免だわ。こんな風に、痛めつけられたくないもの」


 アリエッタはそう言いながら、部屋の端に転がる肉塊へ歩み寄る。かつて、ネルン・アンデレトワだった"肉"を見下ろして、アリエッタはやれやれと笑う。


「好きにしろとは言ったけど、まさかここまでやるとは」


「そりゃあ、そうだろう。どこの種族だって、こいつには手ひどくやられてるんだ。それじゃなくたって、オウガやアシュメスは気性が荒いのによ……まったく。荒事は得意だが、こういうのは性分じゃねえな。やっぱ俺、組織の代表とか向いてねえわ」


 弱気に愛想笑いを浮かべるサスティバンへ、珍しくアリエッタは微笑んだ。


「あら。そうでもなかったわよ。部下からの信頼も厚いし、事態の処理の手際の良さには、目を見張るものがあったわ」


「そうかい。そう言ってもらえると、ちょっとはやる気が出るよ。……とはいえ、俺がそんな位置に付くのはまだまだ先の話さ。それまでもうちっと、精進するかね」


「ふふっ……案外、そうでもないかもしれないわよ。世の中、何が起こるかなんて分からないもの」


 意味あり気にそう言って、アリエッタはネルンの死体を観察し始める。


「おい。止めとけよ。あまり、気持ちの良いもんじゃねえぞ」


「そりゃそうでしょう。人の死体なんだから―――うん。これなら使えそうね」


 屈強なサスティバンですら目を背けたくなるような死体を、平静な様子で確かめるアリエッタ。


「サスティバンさん、この死体を頂けないかしら?」


 アリエッタの唐突な頼みに、サスティバンは眉をひそめる。


「あっ? ネネッシュに返すのか?」


「―――いいえ。彼女には悪いけれど、ネルンにはまだ働いてもらうわ。この事件の真の黒幕を暴くための、開戦の一矢になってもらいましょう」


「敵の見当はついてるのか?」


「ええ。それは大丈夫。ここに連れて来た後、部下に拷問させて言質を取ったから。思ったより、意志が固くてはっきりした名前は出てこなかったけれど、まあ、隠し通せてなかったわね。―――エニグマ・レクティバスという、魔法学者を知ってる?」


「あいにく、魔法にはうとくてな。そいつが、死体から部位を盗んでいた犯人なのか?」


「ええ。そのはずよ。それともう一人。貴方が聞いたという少女の声の主。こっちは、グレゴリーと言う死霊術師だと分かったわ。何か知ってる?」


「いいや。どっちも知らないな。念のため、後でセタナ婆にも聞いておく」


「お願いするわ」


 アリエッタは立ち上がり、サスティバンを見据えた。


「こっちはこっちで、挑発をかけてみる。動きがあればまた協力してもらうわ。よろしくね」


「こっちこそ。アンタが手伝ってくれて、感謝してるんだ。半獣人街バルヘンクァールは、協力を惜しまない」


 二人は決意も新たに、固く頷き合った。


 翌日、アルフェンの街は衝撃的な報道で目を覚ます事となる。

 それは、軍開発局内のエニグマ・レクティバス博士の研究所に、異質な物体が送り付けられたという内容だった。

 巨大な包みに入った、十六枚の厚い硝子板。その中に入っていたモノに、受け取った研究所職員たちは皆、戦慄した。

 それは、人間の死体だったのだ。縦十六等分に分けられた、人間の断面図であった。

 身体的特徴と、同梱されていた所持品などから、それが指名手配中のアンデレトワ家の三男である事は直ぐに判明した。

 しかも、それらの遺品に混ざって、レクティバス博士へ向けた『清算の時』という匿名のメッセージが添えられていた。

 これらがどんな意図によって成された物なのか、それを知るのは受け取ったレクティバス博士ただ一人のみ。


 寸断された死体の詳細と、メッセージカードの事は伏せられたものの、この事件は街の者たちの関心を引くにはあまりにも魅力的な事件となって、すぐさま街中を駆け巡った。

 そうして、世間から奇異の視線を一身に浴びる事となったエニグマと軍開発局は、早朝からその対応に追われる事となった。

 対して、奇怪な事件に沸く世間を余所に、アリエッタとその従者は、宿の一室で静かに人の訪問を待っていた。


「―――アリエッタ、ネネッシュがお見えになったようです」


 生体感知の機能で周囲を警戒しているミューが、部屋に近づいて来る反応を取らえて、アリエッタへと伝えた。

 程なくして、部屋の扉が豪快に開かれた。険しい表情を浮かべたネネッシュと、静かに書斎机に座るアリエッタが、正面から対峙する。

 ネネッシュは、速足気味の乱暴な歩みで、アリエッタの前まで接近した。


「受付の方が何も言わずに、私をここへ通してくれました。まるで、私が来ることが分かっていたみたいに」


「ええ。そろそろ、来る頃だと思っていたわ」


 怒りを含んだネネッシュの言に対し、アリエッタは平静な態度で無表情に言った。


「貴女が来た理由はこれでしょう?」


 アリエッタは書斎机の端においてあった新聞を、ネネッシュの前にスライドさせた。アリエッタがネルンの死体をエニグマに送り付けた結果が、そこに大きく報じられている。


「私を殺したいのなら、そうすればいい。私は貴女の家族を、殺したのだから」


 平静な態度で、アリエッタはネネッシュへ自身の考えを述べた。


「……それを、お願いしたのは私です。そのこと自体を、責めるつもりはありません。―――けど、貴女は、私の兄の死体を、こんな風に、辱めたっ!」


 ネネッシュが新聞を叩いた。書斎机を打った激しい音が、静かな部屋に響き渡る。


「なんで、こんな事を? 私は、ここまでしてなんて頼んでない!」


 アリエッタは書斎机の一番上の引き出しを開くと、そこから紙の束を取り出して読み上げ始めた。


「…………半獣人ウェアクァール十代前半。死因、頭蓋骨損傷。眼孔周囲の傷からみて、目をくり貫かれた可能性がある。

 半獣人ウェアクァール十代前半。死因、刺殺。肋骨に、刃物のモノと思われる複数の傷あり。

 半獣人ウェアクァール十代半ば。死因、絞殺。首の骨の損傷が著しい。頭蓋骨が切り取られた可能性あり。

 長耳族エルーシナ十代後半――――――」


「貴女は、何を言ってるんですか?」


 戸惑うネネッシュの問いに、アリエッタは読むのを止めて顔を上げた。 


「検死報告書よ。倉庫で見つかった、三十一人全員のがここにある。貴女も読んでみる?」


 アリエッタは紙の束を、ネネッシュの前に置いた。

 その一番上の一枚を、ネネッシュは震える手で取った。


「それが、貴女のお兄さんがしてきた事。人の死体を弄び、散々辱めてきたのよ。なら彼だって、同じ目に遭わなくちゃ、つり合いが取れないじゃない」


「っ―――!」


 アリエッタへ、ネネッシュは右手を突き出した。その手のひらに魔法陣が現れるよりも前に、ミューがネネッシュを取り押さえる。


「ネネッシュ様、何を!」


「ッ! 放してっ!」


 ネネッシュを床に組み伏せたミューを、アリエッタが制した。


「放しなさい、ミュー」


「ですが……」


「いいから」


「…………承知いたしました」


 迷う表情を浮かべながらも、ミューは命令に従って即座にネネッシュから退いた。

 解放されたネネッシュは、アリエッタを訝しむ。


「何のつもり?」


「抵抗はしない。殺したいのなら、そうすればいい。私は貴女の家族を殺したのだから、貴女には私を殺す権利があるわ」


「権利? 復讐する権利ですって? 貴女、正気なの?」


「いいえ。私が正気なものですか。貴女の前に居るのは、父親の仇を討つために百人以上を殺して来た、殺人鬼なのだから」


「…………」


 不安と驚きの混ざった表情で、ネネッシュは一瞬ミューの方を向いた。

 しかしそうしたところで、ミューから否定の言葉が返ってくる事は無かった。


「……貴女は、正義の人だと思っていました。貧民窟の人達の為に援助すると言った貴女は、私達の為に事件を追っていた貴女は、全部偽物だったんですか?」


 震える唇で、ネネッシュは問う。

 アリエッタは平然と、淡々と、それに答える。


「全て本物よ。私はね、そう極端な人間でもないの。この世全てが憎いわけでもないし、この世全てを救いたいわけでもない」


「なら、貴女は自分のした事を全て、正しい行いだと言うつもりなんですか!」


「そうね。革命家は、理想の為に悪を敷く人を差すのでしょう。救世主たらんとするならば、善を敷くのでしょう。でもね、私はどちらでもないの。本質から違っているのよ。私は復讐者。人民のためでも、ましてや国のためでもない。私自身の為に、私の怒りを振り下ろすために、私はこの国を破壊する。その後この国がどうなろうと、私は関心していないの。私が貴女を評価し、助けるのは、そんな理由。貴女の抱く理想が、私では決して叶えられないものと分かっているからよ。私は世界を壊す。決して、人なんて救えやしない。そんな私の行動原理に、善悪を問うのは間違いよ。

 だから、私を善人と呼ぶのは止めなさい。私は貴女の敵にしかならない女よ」


 ネネッシュは涙を流しながら、アリエッタを睨みつけた。


「敵になる私を、助けたんですか?」


「助けるわ。たとえ明日貴女が私を殺しても、貴女が正しい限り、私は貴女の力になる。私はそういうモノなのよ」


「…………分からない。貴女はやっぱりいい人なんだ。困っている他人の為になるのならと、私を助けてくれるくらいには、いい人なんだ。けど、それを歪めてまで貴女が成したい復讐って、いったい何?」


「私から全てを奪った、この世界の構造そのものを破壊する事。それは、世界を壊す事。それは、この国の構造に巣食う悪党どもを根絶やしにするという事」


「悪党……兄も、貴女にとっては、絶やすべき悪党だったんですね」


「そうね。彼はただ、女だからという理由だけで、誰かれ構わず殺し回っていた。そんなものはもう、世界の敵でしょう?」


「世界の敵……ね。つまり兄も貴女も、同じものだというの?」


「そうよ。私は私の基準で、人の善悪を決める。それは、貴女達まっとうな世界の人間からすれば悪党でしょう。だから私は私自身ですら、いずれ滅びるべき対象だと思っている。貴女が私を殺すのなら、それは当然の事と受け入れるわ」


「…………―――なら私は、貴女を殺さない。貴女を殺したら、私は、貴女の思想に手を貸してしまう事になるから」


「そう……」


 ネネッシュの回答に、アリエッタは微笑んだ。

 本当は彼女に手を汚させる様な真似は避けたいとアリエッタが願っていた事は、本人ですら自覚していない事だった。

 二人の様子を注意深く見守っていたミューだけが、それを察した。


 唐突に、ミューの生体感知に複数の反応が映った。


「―――っ! お二人とも、動かないで!」


 ミューは即座に二人を庇える位置に移動し、防御魔法を展開した。

 直後に、扉ごと撃ち抜く形で無数の氷塊が三人を襲った。その全てを、ミューの防御壁が弾いていく。


「何が起こったの?」


「話の途中なのに、無粋な連中ね」


 突然の襲撃に慌てるネネッシュと、ため息をつくアリエッタ。


「申し訳ございません。ここに近づいてくるまで気づきませんでした。突然、反応が現れて……たしか、前にもこんな事が。地下で殺人鬼を追い詰めた時も、こんな風に唐突に生死体ゾンビたちの反応が現れたんです」


 焦り気味に、ミューは弁明を口にする。


「いいのよ、ミュー。防御魔法は私が代わるから、連中を止めてきて頂戴」


「承知しました」


 ミューが張っていた防御魔法の上に、アリエッタの防御魔法が張られていく。

 直後、ミューは防御魔法を解除して、四倍速に加速した。

 ネネッシュの眼には、一瞬でミューの姿が消えた様にしか見えなかった。


「えっ?」


 直後、男たちの悲鳴が上がる。ネネッシュが扉の方へ目を向けると、そこにミューが立っていた。彼女の足下には、攻撃を仕掛けてきたアシュメスの男たちが倒れていた。


「一瞬で、あの人数を……すごい」


 ネネッシュが目を見開いて感心する。

 アリエッタは防御魔法を解いて、ミューに尋ねた。


「ミュー、状況は?」


「アシュメスが五人。武装はストチェック(旧式の魔法小銃)のみですね。一応、気絶に留めておきましたが、どうしますか?」


「賢明ね。受付に連絡して、憲兵を呼んで」


「承知いたしました」


 ミューが壁に設置された受話器に話しかけるのを目で追いながら、アリエッタは呟いた。


「こっちは思ったよりも、早かったわね」


「アリエッタさん、この人たちはいったい?」


 ネネッシュの問いに、アリエッタは不敵な笑みを浮かべる。


「一連の事件の、黒幕の手先ってところかしら」


「黒幕……」


「挑発した事で、私達に標的を定めてくれたみたいね」


「どうして、そんな危険な事を?」


「ここからは、私達も無関係ではないのよ」


 訝しむように見るネネッシュをよそに、アリエッタは新聞へ目を落とした。


「……さあ博士、次はどう動くの? 貴女の目的は、何?」


 新聞の見出しに書かれたエニグマの名前を見つめながら、アリエッタは静かに戦いの時を待つ。

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