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憂鬱な13No.s  作者: EBIFURAI9
【第三章】彼女の愛したセカイに葬送曲を【上】
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憂鬱な殺人余話-2

 嘆く声が聞こえる。

 世界は、憎悪と破滅に満ちている。人は苦悩するものであるが故に。

 彼もきっとそう。苦悩の果てに狂い、女を殺す魔物となった。


 彼を憐れむのか? と、僕に問う。

 僕は応える。そうかもしれないと。

 そんな僕を、僕は愚かと笑ってやる。

 憐れなのは殺された女どもの方で、決してあの坊ちゃんじゃない。

 彼は苦悩した以上に、破壊を楽しんだ。彼はとうに救われているし、救われた以上に罪を負った。


 彼を殺すのかと、僕は問う。

 僕は応える。そんな事はしないと。

 だって僕は、正義の味方じゃないからね。それは別の誰かがやる事。

 僕が視たいものはただ一つ。誰かが死ぬ、その瞬間だけなのさ。


 彼は埠頭に移動するみたいだ。

 賢い判断だろう。今夜は街の警備がやたらと厳重だから、街の中心から外れた場所に潜むのは悪くない。

 だが、闇に潜むという事は、闇の中に居る者たちへ己の姿を逆にさらす事になる。

 結局彼の命運は、とうに決まっている。

 表舞台で殺されるか、闇深い舞台裏で消されるか。その二択。

 彼はもう、死に場所を選ぶ事しかできない。彼の所業を考えれば、選べるだけ幸運な事だろう。

 さあ、行こうか。彼の終わりを観察しに。


          ◆


 アルフェンには二つの埠頭が存在する。そのうちの一つ、南西部に位置する港に、ネルン・アンデレトワは潜んでいた。

 貨物倉庫の一角でうずくまる彼は、母親と姉への憎悪をひたすら呟き続けていた。


 今から二十四年前、アンデレトワ家の三男としてネルンは生まれた。

 既に成人していた長男が遊び人気質だった事と、次男の性格に難があった事が災いし、ネルンは母親から、次期当主になるための厳しい教育を受ける事となる。


 もともと気性の荒い性格だった母親は、息子を大成させるための情熱から、特にネルンへ厳しくした。

 大人しく、何にでも物怖じするような少年だったネルンは、そんな母親が嫌いであった。

 ネルンにとって母親とは、恐怖の対象でしかなかった。自分に重圧を与えて苦しめる、敵でしかなかったのだ。


 そんな彼に転機が訪れたのは、十七歳となった頃の事。

 その頃にはネルンも成人し、商会の仕事を手伝う様になっていた。あらゆるものを許容し、家と商会の為に都合よく動くだけの、いわば機械の様な青年に育っていた。

 彼自身それを当たり前のように感じていたし、それ以外の人生など想像すらしていなかった。

 彼が、兄の死体を発見するまでは。

 それは、跡継ぎ争いの発端となった、一つの事件。

 次男ルーンによって長男が密かに毒殺された現場を、一番最初に発見したのはネルンであった。

 当主になる重圧から逃れるため、服毒自殺したと片付けられたその事件の真相を、ネルンは知っていた。

 次男のルーンがどれだけ兄を疎ましく思っていたか、ネルンには分っていたからだ。

 

 しかし、ネルンにとってそれはどうでも良い事だった。兄妹たちがどんな理由で殺し合おうが、彼には興味のない事だった。

 それよりも彼の心を動かしたのは、人間は殺してしまえるというその事実だった。

 十七年間、どうする事もできない定めと諦めていた物事に対する答えだと、ネルンは確信した。

 すなわち、邪魔なものは消してしまえると。


 そうして、ネルンは母親を暗殺した。

 犬車を暴走させて、轢き殺したのだ。

 しかし、そうしたところでネルンが自由を手に入れる事など無かった。母親の代わりとなる存在が、まだ居たからである。

 長女ミライジャは、まさに母親の生き写しだった。能力も志も、容姿も性格も、何もかもがそっくりだった。

 しかしミライジャはルーンとの権力抗争で、世間に広く進出していた存在だったので、ネルンには手が出せなかった。

 身内の死が二件も立て続けに起きている状況では、憲兵の眼をあざむき切れないと、ネルンは諦めたのだ。


 そうして抑え込んだ姉への怒りは、やがて全ての女を敵視する方向へと歪み始める。

 十八歳の夏、ネルンは初めて人を直接刺し殺した。なんの関わりも無いアシュメスの女を、ただ視界に入ったからという理由だけで殺したのだ。

 一度目の高揚感を忘れられず、彼は頻繁ひんぱんに貧民街へ降りて、その鬱憤うっぷんを晴らすようになった。

 二人、四人、六人と続き、ついに彼は街の犯罪組織ギャングアアルメリオに追われる身となった。それを察知したネルンは、狩場を変えて半獣人街バルヘンクァールへと移ったが、そこで彼はついに犯行現場を見られてしまう。

 スカジャハスの組員二人に現場を抑えられたネルンは、彼らによって激しい責めを受けた。

 そんなネルンを救ったのが、エニグマ・レクティバスだった。


 エニグマは、ネルンへ暴行を加える二人組を魔法で一瞬にして蒸発させ、彼を救った。

 彼女は甲斐甲斐しくネルンを手当てしたうえに、ネルンの殺人を肯定した。

 それはネルンにとって、初めての経験であった。他者に認められる事、他者に肯定される事を、ネルンは知らなかったのだ。

 しかも、エニグマはネルンの為に殺害現場の後始末まで買って出た。

 こうしてネルンはエニグマに心酔し、彼女の助言の下さらにその凶行を加速させていくようになる。


 六年にも及ぶ、殺戮と収集。その中で、ネルンは共犯者であるエニグマを母親のように慕うまでになっていた。

 彼にとって心のよりどころとなるのは、もはや彼女だけ。身内の中で唯一信頼していたネネッシに見放された今、表舞台では本当に孤独となった。

 だから彼は、エニグマを求める。いつも通り目の前に現れて救ってくれるのを、闇に潜んで待ち続けていた。


「可哀想に。惨めだね、ただただ惨めだ。生きていて、恥ずかしくないの?」


 少女の声がして、ネルンは顔を上げた。

 そこに居たのは、エニグマでは無かった。ネルンには見覚えの無い芳紀ほうきの少女が、優雅にたたずんでいた。

 足元に届くほどの長い白髪に、透き通るような白い肌。フリルやレースでゆったりと膨らんだ白いドレスに身を包み、全身がぼんやりと白く輝いている。

 そんな全身真っ白な少女の左瞳だけが、不気味な深紅色に濁っていた。右目は武骨な白い眼帯によって厳重に"施錠"されている。まるでそれは、拘束具の様だと、ネルンは思った。


「お前は……ダレだ?」


 ネルンの問いに、白い少女は不気味な笑みを楽しそうに浮かべた。


「おやおや、ご挨拶だね。さんざん、君の玩具の後片付けをしてあげたのにさ。僕は博士の協力者。つまり、君の協力者の協力者。だから君は、僕にもきちんとお礼を言わなくちゃなんだよ? ほらほら、君が追い詰められた時も助けてあげただろう? 生死体ゾンビの大群でわーっと」


「そうか、あの時の……」


「んー、やっと思い出したかい? それじゃあ、自己紹介だ。僕の名前はグレゴリー(監視者)。グレゴリー・カーニヴァルさ」


「グレゴリー……そうか。僕を、エニグマの所へ連れて行ってくれ」


「んー、それは無理」


「何故だ?」


 ネルンが眉をひそめる。疑問を浮かべると同時に、ネルンの視線はグレゴリーへ嫌悪を向けている。


「なぜって? はははっ、そりゃあ君、博士を怒らせたからに決まっているじゃないか。あの人はね、あれで居て友人を大事にする人なんだよ。人間嫌いと称しておきながら、自分の周りにいる人間を手放したくないと思っている人なんだ。君なんて、僕より五年も長くあの人と一緒に居たんだろう? どうして気づかないかなぁ」


「もったいぶらずにさっさと話せ、このアマっ!」


 苛立ったネルンが立ち上がり、グレゴリーへ詰め寄った。肩を押さえられて、グレゴリーは壁に打ち付けられる。

 それでもなお、グレゴリーは愉快に話し続けた。


「おおっと、短気だねぇ。そうやって、直ぐに女を殺すのかい? ……おいおい、そう怖い顔すんなって。理由は簡単だよ。君がミライジャを殺したからだ。ミライジャはね、博士にとって友人だったんだ。商売の相互利益は別にしてね。君は彼女が尊ぶモノを、彼女から奪ってしまったんだ。ああっ、なんて運命。なんて、悲劇!

 そもそも、考えてみなよ。どうしてミライジャの学友であるエニグマが、君の前に都合よく現れて救いの手を差し伸べたと思う? 答えは単純、ミライジャを守るためだ。君がミライジャを殺さないように、エニグマは君の殺意を他人へ誘導してたって訳。まぁ、きっと博士は『理由は素材集めの為だけだ』とか言って認めないだろうし、こんな事を話していると知られたら、僕は殺されかねないけどさ」


 状況を察して、ネルンの顔が少しだけ青ざめた。

 それを確認して、グレゴリーは意地悪く満面の笑みを浮かべる。


「おっ、やっと理解したかい? 彼女の代わりに僕がここに来たのはそう言う事。君は見放されたんだ。お役御免ってわけだね。もう君の顔も見たくないってさ。

 可哀想だから、一つ教えてあげる。あの博士はね、屍体、つまり魂の無い抜け殻を使って、神の模造品を造ろうとしたんだ。君が彼女に目をかけてもらえたのはね、そんな理由でしか無かったんだよ。死体を用意してくれる都合の良い人間が、欲しいだけだったんだ。でも、残念。死霊術使いなら"それ専用にチューニングされた"僕の方が優秀だからね。君はもう、()()()()()なのさ!」


 ケラケラとグレゴリーの嘲笑が、暗い倉庫裏に響く。

 それを遮るような怒号と共に、ネルンは短剣を振り上げた。


「ふざけるなぁっ!」


 ネルンの短剣が、グレゴリーの喉を貫いた。


「あぐっ―――!」


 苦痛に歪むグレゴリーの表情を前に、ネルンの理性が途切れる。


「噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だっ!」


 繰り返し繰り返し、呪詛の様に呟きながら、ネルンはグレゴリーの身体を貫いて行く。グレゴリーの身体が痙攣けいれんし、動かなくなってからも執拗しつように攻撃は続いた。


「はぁ……はぁ……」


 息が切れて、ネルンはグレゴリーの死体と短剣を投げ捨てた。彼はそのまま、膝から崩れ落ちる。


「嘘だろ、エニグマ……エニグマ!」


 暗い闇の中へ、ネルンの嘆きは吸い込まれていく。答える者は、誰も居ない。


「ふっ―――ふっふふふっ、アハッ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」


 けたたましい笑い声が、愉快に闇の中に響いた。

 ネルンは目を見開いて、呆然と声のした方を見つめた。

 それは、少女の死体。死んだはずの白い少女が、笑っていたのだ。


「素晴らしい! ああ、素晴らしい! これだ。この暴力! この怒り! 実に、実に実に実に! 素晴らしい"死"だったよ!」


 歓喜に打ち震えながら、少女は立ち上がった。

 身体中に空いていた刺し傷は綺麗に消え去っていた。見れば血の一滴も流れておらず、その純白はいまだ健在だ。


「そんな……どうやって?」


 呆然と動かないネルンへ、グレゴリーは慈しむような視線を向けた。


「言っても分からないだろうけどね。僕たち召喚者は、みんな不老不死の呪いを受けた魔物なのさ。けど、僕は半端モノだけに特別製でね。この身体は誰よりも歪にできている。僕の権能は生と死を司る。能力というのなら、死に生を、生には死を与える力なのさ」


「……なにを、言っているんだ?」


「理解する必要はないよ。君はもうじき死ぬのだから」


 ネルンが悲鳴を上げ、後退る。


「お、俺を殺すのか?」


「いいや。()()、殺さない。だって僕は、死霊術師ネクロマンサーなんだぜ? 生き返らせるのが、仕事なんだ。素晴らしい"死"をくれたお礼に、君には最高の"生"をあげよう」


「あっ……ああっ―――」 


 ネルンは立ち上がり、悲鳴と共に駆け出した。

 グレゴリーはその様子を楽し気に見送って、ゆっくりとした足取りで追い始めた。

 死に物狂いで逃げるネルンと、優雅に追うグレゴリー。

 それでもどういう訳か、二人の距離は広がらない。その異常さに、ネルンは更に焦り出す。


「さて、そろそろかな。それでは、開演。悪党の最期は、劇の華。君に華が有るとは思えないけど、精々綺麗に散ってくれ」


 グレゴリーは笑って、足を止めた。

 ネルンはそれに戸惑いながらも、暗闇を駆け抜けた。

 光の下へ飛び出したネルンは、振り返ってグレゴリーの姿がない事を確認して一息つく。

 埠頭を照らす街灯の下で、ネルンは苛立ちを露わにした。


「エニグマ……どうして!」


「エニグマと、言ったのかしら?」


 少女の声がして、ネルンはハッと振り向いた。

 まだ、追って来ていたのか? そんな不安に駆られるネルンの左膝を、直後に氷塊が貫く。


「うがあああああ! あっ、脚がっ!」


 地面に打ち付けられたネルンは、痛みにもがきながら顔を上げた。

 視線の先に、二人の女が立っていた。死神の様な少女と女性の二人組だ。少女の手には、小銃が握られている。


「まだまだ。貴方があの子達にした事は、こんなものじゃないでしょう?」


 黒い少女は嗤ってそう言うと、小銃のハンドルを倒した。

 排出された薬きょうが地に落ちて、綺麗な音を響かせる。それに死の気配を感じ取り、ネルンは青ざめた。

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