憂鬱な殺人余話-1
アリエッタはその日も、半獣人街の拠点を訪れていた。
隣に連れているのはいつもの女従者ではなく、顔の険しい少年だ。左腕だけを鎧で覆っていて、誰が見ても武人と分かる出で立ちをしている。
二人を迎えるなり、サスティバンはその事について触れた。
「おっ、今日はあの姉ちゃんじゃないのか?」
「ええ。彼女はクラムの検査に同行しているわ」
無表情を更に威圧感で彩る様な、不機嫌な声色でアリエッタは答えた。
「なんだ、今日はえらく機嫌が悪いな」
少し引き気味のサスティバンへ、男の従者が呆れ交じりに応えた。
「ウチのお嬢様は、家政婦様が他の嬢ちゃんに執心しているのが気に入らないのさ」
「余計な事を言ってると、その口を縫うわよ?」
「そいつは勘弁。アンタは本気でやりかねん」
やれやれと両手を広げて、従者は黙り込んだ。
そんな、忠義のかけらもない主従のやり取りに、サスティバンは更に困惑した表情を浮かべた。
「いろんな従者が居るんだな……」
「ウチの事はどうでもいいの。それよりも、これよ」
アリエッタに押し付けられた新聞を、サスティバンは訝し気な表情で開いた。
「……貴族の坊ちゃんが、自分の姉貴を刺し殺したって? これがどうした?」
「名前、よく見て」
「アンデレトワ……おいっ、これって!」
「ええ。ネネッシュの家族よ。でも、今はそれが問題じゃない。クラムが殺人鬼との会話を思い出したらしいのよ。それで、犯人の名前が分かった。仮面の男は、ネルンというそうよ。ネルン・アンデレトワ、その新聞に載っている姉殺しの男と、おそらくは同一人物」
「なにっ? じゃあ、ネネッシュの兄貴が犯人だったって言うのかよ!」
「そうよ。残酷な話だけれどね。今、うちの特務部隊が総出で捜索に当たってる。貴方達の方でも人手を貸してほしいのよ」
「憲兵より、先に見つけようってか?」
「ええ。どうせ憲兵に捕まったって、姉殺しの罪に問われるだけよ。私達としては、より重い罪を彼に追求する必要がある。違う?」
「違わねえな。そういう事なら、うちの若い者全員に声を掛けよう」
「―――その話、俺たちにも協力させてくれないか?」
突然現れた第三者に、アリエッタの従者が身構えた。
サスティバンも、その見知った人物に少し驚く。
「バルメット、どうしてアンタがここに?」
「どなたかしら?」
「スカジャハスの穏健派をまとめる幹部だ。実質的な組織の二位だな」
「そう。ミカ、楽にしていいわ」
アリエッタの指示に従い、ミカと呼ばれた従者は構えを解いた。それでも依然として、警戒は続けている。
「悪いな、突然。おめえに話があって来てみれば、今の会話が聞こえてきたもんでな。盗み聞きするつもりは無かったんだ」
そう言って朗らかにサスティバンへ歩み寄るバルメットへ、アリエッタはやんわりとお辞儀をした。
「お初にお目にかかります。アイルフィール商会のアリエッタと申します」
「ああ、これはどうも。バルメットと言う。役割についてはサスティバンの言ったとおりだが、なに、こいつにする様に普通に接してくれて構わん。アンタの話は聞いてるよ。街の為に、色々と動いてくれているらしいな。感謝する」
「少し意外ですわね。スカジャハスはもっと、排他的と聞いていましたが」
「なに。ご紹介の通り、穏健派で通ってるんでね。そこまで硬派じゃねえさ。―――それより、今の話だ。その男の捜索に、人手が居るんだろう? 俺から組織の者に声を掛ければ、捜索範囲はアルフェン全体を補えるだろう」
「やってくれるか?」
サスティバンの言葉に、バルメットは固く頷いた。
「ああ。こいつは、半獣人街全体の問題だからな。今、スカジャハスが動かなければ、それこそ自警団の意味が無い」
「よろしく頼む」
「おう。任せろ」
バルメットはサスティバンの肩を叩くと、足早に部屋を出て行った。
その背中を冷めた目つきで見送って、アリエッタは話を再開する。
「―――問題は他にもあるわ。ここを」
アリエッタはサスティバンの持つ新聞をめくり、下の記事を指さした。
「魔法自律人形の警戒配備? 生死体の対策か」
「ええ。今日までで、すでに三十九人の死傷者が出てる。憲兵団の拠点も四つやられたわ。倉庫での一件以来、動きが目に見えて活発になって来てる。その対策として、政府はアルフェン内の警備を、人形にもやらせる方針にしたらしいの」
「監視の目が厳しくなるって事は、当然ネルンの捜索は難しくなるわけか」
「ええ。先に憲兵に発見される確率も、潜られる確率も上がる。それに、こっちもあまり大きくは動けなくなるわ」
サスティバンが顔をしかめる。
「お前それ、もっと早くに言えよ。バルメット行っちまったぞ」
「……いいのよ。彼らには、その為の囮になってもらいましょう」
「……もしかしなくても、バルメットが来なかったら俺たちにその役やらせてただろ」
「それはもちろん。監視の目を避けながら人を探すなんて事、訓練されてない貴方達にできるとは思っていないもの」
悪びれもせずに淡々というアリエッタへ、サスティバンは呆れた様にため息を吐いた。
「歳に似合わず、ちゃっかりしているというか、肝が太いというか……まあ、そういう事なら分かったよ。俺たちはせいぜい、アンタらの為に囮をやるさ」
「お話の途中すみません。今、いいっすか?」
半獣人が、開け放たれた扉から顔を覗かせて、サスティバンへ声を掛けた。
「おう。何だ?」
「ネネッシュが来ました。早急に、兄貴へ会いたいと」
「直ぐに通せ」
「うい」
半獣人が頷いて去ると、すぐにネネッシュが現れた。彼女はアリエッタの同席に、少しだけ驚く。
「あっ、アリエッタさんもいらしたんですね」
「……大丈夫?」
「そう訊かれるという事は、朝刊を呼んだのですね。……正直今は、大丈夫とは言えません。もう、何が何だか」
疲労の滲んだ表情で、ネネッシュは力なく首を振る。
「……お前、ここに居て良いのか?」
「長居はしません。今は、家の事を色々としなくてはいけないので。……姉の葬儀の手配もありますしね」
サスティバンの問いにも、ネネッシュは頼りない様子で答えた。
「俺に、用だってな。何だ?」
ネネッシュは、サスティバンとアリエッタを交互に見てから、躊躇い気味に言葉を紡ぐ。
「はい。……サスティバンさん、アリエッタさん。私の兄を、ネルン・アンデレトワを止めていただけないでしょうか?」
「……貴女はネルンが―――」
ネネッシュは迷い無く頷いた。
「ええ。知っています。一連の事件の犯人は、私の兄です。あの人は、追い詰められておかしくなってしまいました。それを止められなかった責任は、私にもあります。けど、私にはもう、兄は止められません。そんな力は、私には無い……虫が良いと自分でも分かっています。けど、どうか、助けていただけないでしょうか。私の家族にこれ以上、人殺しをさせたくないんです!」
「……それを私達が止めるという事は、彼を殺すという事よ。その自覚は、貴女にあるの?」
アリエッタの問いに、ネネッシュは言葉を詰まらせる。それから息を整え、ゆっくりと確かに言った。
「…………はい」
「そう。分かったわ。お兄さんの事は任せなさい。出来るなら今日中にも決着は着けるわ」
「よろしく、お願いします」
ネネッシュはアリエッタへ、深く頭を下げた。
その様子を、アリエッタはどこか悲し気に見つめていた。




