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憂鬱な13No.s  作者: EBIFURAI9
プロローグ
10/274

学校の話3

 アリエッタが身体を洗っている間に、アグラード先生はアリエッタの制服を洗い、魔法で温風を出して乾かした。十分も経たずに洗浄と乾燥を終えてしまったその手際の良さに、私は感心してしまう。


「おおっ! 魔法って、そんな使い方もあるんですね」


「ふふふっ、便利だろ?」


 アグラード先生は得意げに笑った。


「ここの連中は、魔法が使えて当たり前みたいな顔で居るからな。私としては、張り合いがなくてつまらん。君みたいに、いちいち驚いてくれる方が可愛げがあるよ」


「はぁ、どうも」


 私としては、私の存在に全く動じない彼女の反応の方がよっぽど拍子抜けなのだが、それは言うまい。


「先生、初めてお会いした時に、私にも同じことを言ってましたよね」


 ちょうどシャワー室から出てきたアリエッタが、口を挟んだ。


「おっ、もう出たのか。さっぱりしたな」


「はい。ありがとうございました」


 ぺこりとアリエッタはお辞儀をした。アグラード先生は綺麗になった制服をアリエッタに渡す。


「着替えたら図書室に行こう。茶菓子ぐらいは出してやる」


「いえ。せっかくですけど、もう授業が始まっていますから」

 そう言って申し出を断るアリエッタに、アグラード先生は大きくため息を吐いた。


「ったく、君も懲りない女だよ。いいから、私と来なさい。これは命令だ」


 えらく横暴な事を言って、アグラード先生は図書室へと向かっていく。仕方ないかと呟いて、アリエッタは着替えを終えると、私をつかんで後を追った。


 アリエッタは、図書室の中に併設されている司書室へと案内された。そこは、聖堂のようなおもむきのある図書室とは打って変わって、駄目な女の部屋の見本誌みたいな場所だった。


「うわぁ、これはまた……」

「こらっ、失礼でしょミュー」

 私の呟きに、アリエッタがささやいて叱る。


「いーさいーさ、散らかっているのは、私も分かっているから。どうも、整理整頓が苦手でね。家事全般やってくれて、ついでに仕事も手伝ってくれる旦那が居るといいんだけどねぇ。そんな男はどっかに居ないものかな」


「先生、それは旦那じゃなくて、召使いです」


「ははっ、違いない」


 私の指摘に、アグラード先生はけらけらと笑いながら、向かい合わせになってるソファーの周りを片付け始めた。うながされ、とりあえず綺麗になったソファーに腰掛けるアリエッタ。


 アグラード先生は手早くお茶の用意をすると、アリエッタの前に置いた。お茶以外にも、黒いケーキみたいな物も出される。


「昼飯の代わりにしては味気ないが、これくらいしかなくてね」


「いえ。お心遣い感謝します。いただきます」


 アリエッタは小さく頭を下げてから、ケーキの様なものを食べ始めた。首にかけられているので表情は見えないが、嬉しそうな気配が伝わってくる。


「しかし、君も厄介な相手に目をつけられたな。まさかパスフィリクの一人娘とは」


 アグラード先生はなぜか愚直っぽく言って、アリエッタの向かいに座った。


「確かに貴族や豪商の連中は下の階級の者を嫌うが、君が学校中の生徒から標的にされているのは、間違いなくあのロアンとかいう、娘の影響だぞ」


「……あの人は私が嫌いなんですよ。自分の血族に、混血の人間が居る事が許せないみたい」


 アリエッタが嫌悪の声を出す。彼女がこういう風に人を責めるのを、私は初めて聞いたかもしれない。それだけタチの悪い相手なのは、十分に見たから驚きもない。


「そうか、確か君の母上は――」


「はい。パスフィリクの出です。ロアンと私は従妹になります。――とはいえ、母は父の所へ嫁いだ時に縁を切っていますから、もう何の関係も無いはずなんですけれどね……」


「……その、パスフィリクというのはそんなに凄い家なんですか?」

 アリエッタがうつむいて黙ってしまったので、間をつなぐために私が質問した。


「ああ。一応、この辺り一帯の領主だからな。この街の土地は、もとをただせば全てあの家の所有物だ。この街に住んでいる以上、あの家に逆らえる者は貴族でもほんの一握りだよ。……とは言え、先代の当主は人格者で有名だったから、街の住民たちからはしたわれていたんだ。良い意味で、誰も逆らおうとはしなかった。状況が変わったのは、今の当主になってからだな。あれは、傲慢ごうまんで横暴な男と評判だ。議会と結託けったくして不当な税上げを行い、反感をかっている。しかも、その金を賭け事で消費しているなんて話もあってな。その性分の悪さは、どうやら娘にも受け継がれたようだ」


 アグラード先生は憎々しく語った。本当に、嫌いな相手の事を話すような態度だった。


「ロアンが権力で、この学校の生徒達を同調させているという事ですか?」


「いや。させているというより、勝手に同調しているんじゃないかなあれは。ロアンはロアンでプライドが高いからな。群れの女王を気取っていながら、自分で手を下さなきゃ済まないタイプだよ。おおかた、身分のないアリエッタが、自分よりも優秀なのが許せないだけなんだろう。聞いたところによると、試験ではいつもアリエッタが一番で、ロアンが二番という話じゃないか」


「随分と事情に詳しいんですね」


「あっ? ああ。誰も利用しない図書館の司書なんてのは退屈でね。暇してる教員たちと一日中お喋りしてたら、すっかり事情通になってしまった。今の私にこの学舎の事で知らない事は無いぜ」


 ニヒルに笑って、得意げにサボりを告白するアグラード先生。


「……私としては、その教員たちにも問題があるように思いますけれどね」

 少しだけ、強い口調になってしまった。さっきの授業で、教員がアリエッタを助けなかった事が脳裏をよぎった。


「君の怒りはもっともだよ。我々大人の、監督不行き届きなのは言い訳のしようがない。だが、彼らも彼らで、肩身の狭い思いをしているんだ。多額の寄付金をもらっているから、生徒様には逆らえないのさ。教師と生徒の関係以前に、家柄の差で上下関係が決まっているんだよここは」


「その割には、さっきのアグラード先生は堂々としていましたよね」


「あっ……うん。私も、少し気になっていました」

 私の指摘に、アリエッタも顔を上げて頷いた。


 アグラード先生は困ったような顔をしてうなった。


「うーん。君もかぁ。まあ、ロアンは家が家だから知っていたのかな。……アグラードという家はね、王国の宮廷魔法使いを代々輩出してきた名門なんだよ。自分で言うのはおこがましいが、魔法使いといえばアグラードの名が出るのは、常識だぞ」


「はあ、先生ってすごい方なんですね」

 こうアリエッタは呟いたものの、様子からして実感が湧かない様だ。それは私も同じだった。こういっては失礼だが、アグラード先生の強烈な雰囲気は、貴族というよりマフィアとかギャングと名乗った方がしっくりくる。


「まあ、すごいのは先人達であって、私じゃないからな。私なんかただの放蕩娘だよ」

 粗暴な雰囲気なのには自覚があるのか、アグラード先生は自嘲気味に言った。


「まあ、この話は置いておこうか。もともと、こんな話をするつもりじゃなかったしね」

 本題に入ろうかと言って、アグラード先生は手を組んだ。つられたのか、アリエッタも姿勢を正した。


「アリエッタ君。私の生徒になってみないか?」


「えっと、どういう事ですか?」


 アリエッタは狼狽うろたえた様に声を出す。


「そのままの意味だよ。君はこの図書室で学びなさい。君なら独学でもなんとかなるだろうし、必要であれば私が解説なり指導なりをする。どうだろう? 君の様に学ぶことに貪欲な学生が使ってこそ、この場所には意味があると思う。ロアンの様な小娘に君の学びが邪魔されるのも、業腹な話だからな」


「許されるのですか、そんな事しても?」


 アリエッタは前向きに食いついた。


「ああ。家のおかげで私の地位はそれなりに保障されているからね。このくらいの我儘は通るとも」


「う、嬉しいです。本当に、本当にうれしいです。ありがとうございますっ!」


 アリエッタが頭を下げた拍子に、彼女の顔が見えた。とても明るい、嬉しそうな笑顔。外に出てから今まで一度も、こんなに緩んだ表情は見せなかった。

 そんな様子を見ていると、私も少しだけ安心した。


「私からもお礼申し上げます。アグラード先生、アリエッタの事をよろしくお願いします」


「ああ。任せてくれ。ここに居る間は、私が君のご主人を守ろう」


 アグラード先生やはりニヒルに笑って、胸を叩いた。


 

 それからアリエッタは、午後の時間を図書室で過ごした。四冊ほどの書物を読んだり書き写したりして過ごし、五冊目に入ろうとしたところでアグラード先生に止められて帰された。


「集中してたら、すっかり夜になっちゃったね」


 学校の敷地を出たところで、アリエッタが呟いた。日は既に沈み、空は真っ暗になっている。普段アリエッタが家に帰ってくる時刻すらとっくに過ぎていた。


「私としては心配なので、なるべく明るいうちに帰ってくださいね」

「はい。わかりました」


 アリエッタはとても楽しそうだ。そういえば、こんな顔で帰って来た事は今まで無かった。アグラード先生の提案は、彼女にとって有意義な物になったようだ。


「……これなら、オルコットに話さなくても大丈夫そうですね」


 アリエッタの気配が静かになって、それから彼女は首を振った。


「私から話すわ」


 私は少しだけ驚いた。アリエッタからその言葉が出るとは思っても見なかった。


「よろしいのですか?」


「うん。朝ミューに言われた事、ずっと考えていたの。家族だもの。私が心配をかけたくないと思うのと同じくらい、お父さんも私の事を心配しているのよね。……だから、今日はいきなり付いて来るって言い出したのでしょう?」


「ええ。その通りです」


 特に誤魔化していたわけではないが、アリエッタはこちらの考えをすでに察していたようだ。


「お父さんを信頼しているなら、ちゃんと話さなきゃなって思ったの。それに、先生のおかげで環境が変わった今だからこそ、話す良い機会だと思うしね」


「……そうですか。貴女は私が思っていたよりも、強い人のようだ」


 私が心配しなくても、彼女は彼女で彼女なりに考えて、答えを出せる人の様だ。私なんかよりもずっと、しっかりしている。

 そんなふうに思っていると、アリエッタは私の言葉を否定した。


「ううん。そんな事ない。ミューのおかげで決心がついたのよ。それに貴女が居てくれなかったら、今日はダメだったと思う。普段の私じゃ、あんな風にロアンに立ち向かったりできなかった。独りじゃなかったから、少しだけ頑張れた。だから、ありがとう」


「……貴女の力になれて、私もうれしいです」


 どうも、私はこれに弱い。アリエッタは真っ直ぐに言葉をぶつけてくる子なので、耐性のない私の心はいつも揺さぶられてしまう。


「さ、さあ、早く帰りましょう。オルコットが心配していますよ」

「うん。そうだね。帰ってご飯作らなきゃ」


 アリエッタは軽やかに駆け出した。反動に揺られて時おり見えるその顔は、憑き物が落ちた様なすっきりとした顔つきだった。


 アリエッタは帰宅後、オルコットと話すために作業部屋へと向かった。私はアリエッタの部屋に置いて行かれたので、どんな話をしたのかは分からない。ただ、その後二人から別々にお礼を言われたので、この件は上手く収まったようだった。

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