友達の気持ちを理解せよ
林間学校二日目。
むしむしとした暑さで目が覚めた。
「顔洗ってくるか」
宿屋に設置されてる水道ではなく、外の水道で顔を洗おうと思い靴を履いて外に出た。
バシャバシャと冷たい水で顔を引き締める。持ってきたタオルで顔を拭いていると。
「お、篠宮じゃねぇか」
けだるそうな声で話しかけてくるのは「芸能科G」の幸塚岳だ。
「岳先輩。どうしたんですか?」
「俺も顔洗いに来たんだよ」
茶色かかった長い髪を後ろで結び、冷水でバシャバシャと顔を洗う。
「なんか困ってることねぇか?」
「困ってる事ですか? 今のところはありませんけど....」
なんでそんなこと聞くんだろう? 俺のこと心配してくれてんのかな?
「先輩っていつもヘッドホンしてますけど、なんの曲聞いてるんですか?」
「よくぞ聞いてくれた。このプライアルって曲がよぉ、俺の好きなベースが主体となってるんだよ。特にこの部分なんかーーー」
優人が質問すると無邪気な子供の様な目へと変わり、けだるそうな声と違い、流暢に話し出した。
岳先輩って趣味のことになると結構話すんだな。
「驚いたな。引かれるかと思ったが...」
「ひくわけないですよ。自分のわから無いことを聞けるって意外と好きなんで」
勉強以外の知識なら頭にすんなりと入るが、勉強になると少し理解が遅くなる。
「おぉ!! わかってんな、篠宮は!!」
ガシッと肩を掴まれてブンブンと揺さぶられる。
「俺はよぉベースが好きなんだよ!! あの低い音がたまらなくいいんだよーー」
話続けようとした瞬間、岳の頭をパコーンとスリッパで叩かれた。
「後輩に自分の趣味をぶつけるな」
「いってぇなーーって結鈴音かよ」
生徒会会計の霧ヶ峰結鈴音だ。
頭をガシガシと掻きながらはぁと岳は溜息をついた。
「お前はいつまで生徒会なんてやってんだよ。早く卒業しれよ」
「何を言うんだお前は。紗花さんがいる限り私は一生ついていく。卒業といっても2年しか変わらんだだろ。私とお前は今は同学年だ仕方ない」
へぇー、岳先輩より二個上なんだな。初耳だ。
生徒会はある事件により留年せざるを得ないのだから仕方がないのだ。
「悪ぃ。そろそろ行くわ」
結鈴音から逃げるようにその場から早足で去っていった。
「はぁ、アイツは。アイツはベースの事になるとうるさいから気をつけろよ」
溜息をついて軽く注意してくれる。スリッパで肩をトントンと叩きながら結鈴音は生徒会の宿屋の方へ歩いていった。
林間学校の二日目の昼食は班ごとにカレーを作ることになっている。
優人は昼食を作る前にキャンプファイヤーの設置を行わないといけないため生徒会監査である御影俊の元へと向かう。
「お、きたきた」
「その設計図のように建てればいいの?」
俊の手の中には設計図があり、結構大きいので沢山の丸太を使う。
「そうだよ。でもさ、男二人でやるのは少し時間かかるんじゃないかな?」
「大丈夫でしょー。指示さえくれればパパッと組み立てるから」
優人に丸太を置いてある場所を教えると走っていくのを見てから、再び設計図に目を通す。
「いつもより少し大きいな。やっぱ他の人にも頼んだ方が」
「持ってきたよ」
「お、早いね。ありがとーーーは?」
パサりと設計図を床に落とした。
ふぅと額の汗を腕で拭っている優人の後ろにはキャンプファイヤーに使う丸太が全て揃っていた。
「誰かに手伝ってもらった?」
「いや、一人でパパッと持ってきちゃったけど」
「そ、そうなんだー」
どう反応していいかわからず何も面白くない返しをしてしまった。
丸太一つでも結構な重さなのだ。凄い力持ちでも一度に持てるのは三つぐらいであろう。
「じ、じゃあ組み立てよっか」
組み立てを開始するが、持ち前の高い運動神経と力でスムーズに設置が終わった。
「早い。早すぎる」
「早い方がいいじゃんー」
「そ、そうだね」
優人に驚かされてばっかなため、思考がついていかない。
優人に別れを告げると力無くその場に座り込んだ。何もしていないのに疲れた気がする。
「篠宮優人って本当は凄いんじゃないか」
ビュッと風が吹いた、俊の独り言は風と一緒に消えていく。
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昼食の準備で今は大忙しだ。
特に葵は炊事担当なのでドタバタと駆け回っている。
「何か手伝う事ある?」
「今こっちで手が外せないから、困ってる班ないか見てきてくれる?」
「了解」
炊事担当は困っている班がないか見て周らないといけないため、班には振り当てられてない。優人は時間かかると思われていたキャンプファイヤー設置を予定より大幅に時間を余して終わったので、炊事担当へとまわる。
「みんなちゃんと出来てる★」
可愛らしい声が聞こえたのでそちらの方へ目をやると「芸能科B」のホームルーム副会長の皇優衣だ。
「ほらほらー私のために働いてね★」
「はい!! 優衣ちゃん!!」
何もしていないの優衣に対し、他の人は一生懸命に働いている。命令されているのに満更でもないようだ。
「あ、優人さん? どうしたの?」
「いや、困ってる事ないかと思って...」
「うーん特にないかな★」
舌をぺろっと出して答えるその姿はどこかアイドルの生徒会長を思い出させる。
「それよりもー優人さん★ 紗花さんと仲いいんですかー?」
「仲良いというか同じクラスなだけだけど....どうかしたの?」
「いやいやー別に深い意味はないんですよー? ただ、仲いいのかなーって」
ニコニコと笑っているが、目は笑っていなかった。
紗花のことを聞いてきたんだろ? どこか似てるからかな。
「何か変なこと考えてます?」
「いや、紗花とどこか似てんなーって」
「はぁ?」
ドスの効いた声が聞こえた。
誰が出しているか最初はわからなかった。
「私が紗花(あの人)と似てる? どこが、どのへんが!! 私は紗花(あの人)より可愛い!! 今は下かもしれないけど、いつか私は紗花(あの人)を超える」
「お、おう。というか素が出ちゃってるけどいいの?」
「みんなーちゃんと出来てるー?」
一瞬で声色を変えて愛想を振りまく。優衣の声に男子達は「大丈夫です!!」と元気よく声を合わせて反応する。
紗花もそうだけどアイドルってこうも素が全然違うのかな。
「おっとー優人さん★」
去り際に何かを思い出したようにくるりと振り返った。
「さっきのは内緒ですよ★」
小悪魔的な笑みを浮かべてから優衣はスタスタと駆けていった。
他の班も大して困っていることは無く、何も無かったので葵の元へと戻るともう、カレーが出来上がっていた。
「あ、丁度よかった。優人くん、紗花ちゃんにカレー渡してきて?」
「あいよー」
お盆の上に二つカレー皿を置いて、生徒会の宿屋に訪れた。
ドアをノックして入ると、書類に囲まれている紗花の姿があった。優人の存在に気づいていないのかひたすら書類に目を通しては、ペンを取り何かを書き記していた。
「おーい、って聞こえないか」
カレーが乗っているお盆を机の上に置くと、肩をポンと叩いた。
「なに!? ...なんだ、優人か」
「悪い。カレー持ってきたよ」
「あぁーうん。ありがとう。まだ仕事終わらないから置いといて」
そう言うとまた書類に目を通しては、何かを書き記している。
「...何か手伝うよ」
「いや、大丈夫だよ」
「お前手伝わないと俺もカレー食えないからさ」
お盆の上に置いてあるカレーをちらりと見て、軽く笑って言う。
「自分勝手だなー。はぁ、しょうがないな。じゃあ、そこの書類まとめてよ」
自分勝手だとは思うけど、こうでもしないと紗花は俺手伝いを了承してはくれないだろうな。
紗花に指示された書類を纏める。
「手馴れてるね」
「そうか? こういうの初めてなんだけど」
書類を纏めるなどという事は一切していないにも関わらずなぜかとスムーズに出来るのである。
なんでだろう?
「終わったよ。次は?」
「はやっ!! ええーっと、じゃあ次はーー」
紗花に指示された仕事を淡々と行い、予定より早めに終わった。
「アンタって結構頭の回転早いんだね。少し見直した」
「そりゃどうも」
仕事が終わったのでお盆の上からカレー皿を取り、個々の机に置く。
「美味いね。というか、なんで私と一緒に食べるのさ」
「え、一人飯って寂しくね?」
優人の答えに呆気に取られる。はぁと小さく溜息をつくと、軽く微笑んだ。
「変わってるって言われない? 私の素の姿を見てもなんとも言わないし、変に気遣いしてるしーー本当に変わってる」
「そんなに!?」
俺ってそんなに変わってるの!?
「そろそろキャンプファイヤー始まるよ? 行かないと」
優人の背中をグイグイと急かすように押す。
「わかってるって、紗花も早く来いよ」
「わかったよー♪」
ガチャりと扉が閉まったのを確認すると、椅子に深くもたれかかった。
「ーー葵の気持ちが少しはわかった気がする」
大して疲れてもいないのに、さっきとは違く、大きく溜息をついた。