肝試しの準備に集中せよ
デーブルの上には豪華な料理が置かれていた。匂いをかくだけでお腹がなる。
「うまっ!!」
「そりぁプロの料理人がいるからねー♪」
キッチンを見ると力こぶを作りドヤ顔でこちらを見ている女子がいた。
『霞ヶ浦学園』の「芸能科」では、アイドル、声優などといった芸能系だけではなく、公務員、料理人などの職業にもつける。難しい医者や弁護士などにも就ける。
「さっき何話してたの?」
一人の女子学生が男子達への問いかけに、何人かの男子が体をビクッとさせた。
「な、何でもないでござるよ? 政治について話していたでござる」
「ふーん...」
龍之介の苦しい言い訳を疑いの目で見ているがそれ以上は聞こうとしなかった。
食事を済まし、肝試しの準備があるためホームルーム会長達はそれぞれの持ち場に向かう。
優人はポイント地点にお札を置いてくる役目を任されていた。
「ポイント地点の間結構あるな。以外に歩くな」
ポイント地点は全部で四つあるが、ポイントとポイントの間に結構距離があるため少し歩くことになる。優人一人だったら走ってすぐに行けるのだが、一人ではないため相手を気遣いながら歩く。
「クリア先輩ちょっと暑くなってきましたね」
優人の前を一切顔色を変えずに金髪の美少女ーークリア=ファンタジは歩いている。
「そうね」
五月の中旬になると暑さも日に日に増し、少し汗がかくかかかないかぐらいの暑さになっている。
汗を一切かいておらず白い肌が薄暗い森の中では際立っていた。背筋がピンとなっており育ちが良いのが見て取れる。
「なにそんなジロジロ見てるの? 私のこと好きなの?」
キョトンと小首をかしげる。
「え、あ、すいません。ただ、汗一切かかないなーって思いまして」
「こんなんで汗をかくなんて馬鹿しかいないわ」
クリア先輩って結構毒舌なのかな? なんというか、ギャップがあるな。
「何か言ったかしら?」
「いえ、なんでもないです」
「そう」と言って再び歩き始める。クリアの後ろを黙ってついていくがピタリと突然止まった。
「どうかしました?」
「いや、なんでもないわ」
なんでもないと口にはしているものの周りをキョロキョロとしている。
クリア先輩ってそんな感じしないけどもしかしたらだから。間違ってたら謝ればいいし。
「もしかしてですけど...」
「うん」
恐る恐る今思っていることを口にする。
「...迷いました?」
「・・・・」
少し沈黙が続いた。
暫くしてからクリアは口を開いた。
「何言ってるの? 寝言は寝て言いなさい」
そう言って一歩踏み出そうとすると、木の根に足がもつれ転びそうになる。
「危なかったー...大丈夫ですか?」
転びそうになる寸前でクリアの腕をグイッと引っ張り、体を寄せる。一切顔色を変えなかったクリアが目を丸くして驚いている。それもそのはずだ、クリアと優人の距離は少し離れており、どんだけ急いでもクリアに手は届かないぐらいの距離にいたのにも関わらず、その距離を一瞬で縮めたのだから。
「いつまで触ってるつもり? 警察呼ぶわよ?」
「す、すいませんでした!!」
バッと抱き寄せていたクリアの体を離し、一歩後ろに下がる。
「まぁ、礼だけは言っとくわ....ありがとう」
「それと..」と言葉を続ける。
「迷ったわ」
「でしょうね」
クリアは全てを完璧にこなしそうな感じだったかどこか抜けており、少し親近感が湧いてきた。
「変なこと考えてる? そろそろ死んだらいいんじゃない?」
「えぇー。なんも考えてないのに」
クリア先輩って話しやすいな。勝手に堅苦しいって聞いてたけど人は見かけに寄らないんだな。
優人が話すとクリアが毒をはいて話すといった事がポイント地点を周りながら繰り返されていた。
迷子になったと言っていたが来た道を逆走して一回戻った。今度は優人が前を歩いた。
「あと一個だけですねー」
「そうね。貴方もそこに置いてこうかしら」
時間を増す事に毒が厳しくなっているのはわかっているが大して苦ではない。むしろ、楽しい。
あれ? 俺ってMだったけ。
そうこうしてるうちにラストのポイント地点着いた。
「これでよしっと。ほんじゃ帰りましょう?」
優人が後ろを振り向いて声をかけるがぼーっと突っ立ており話を聞いていなかった。
「クリア先輩? どうかしました?」
「いや、その、蜘蛛が」
「蜘蛛?」
優人の肩を指差してしどろもどろになりながら答える。肩を見ると少しだけ大きめの蜘蛛が乗っかていた。
その蜘蛛をヒョイっと掴み逃がしてあげる。
「え、掴めるの?」
「まぁ、あれぐらいなら。もっと大きいのは流石に怖いですけどね」
地元でよく虫取りとかしてたなー。懐かしすぎる!!
「クリア先輩は虫とか苦手なんですか?」
「うん。無理」
即答だった。
他の生徒はクリアがこういう人だということを知っているのだろうかと考えていると裾を引っ張られる。
「もう暗くなってきたから早く行こ」
身長は女子にしたら少し高いかもしれないが、173ある優人からしたら少し小さい。
裾を引っ張られ上目遣いで見てくるその姿に心を打たれる。
おいおい!! 可愛すぎだろこの先輩!! なに、意識しないでやってるのこれ? それなら最終兵器だよ!!
「そ、そうですね」
平常心に戻るのに少し声が裏返ったのは許して欲しい。
この短時間でクリア=ファンタジについてわかったことがある。虫が苦手、方向音痴、怖いのが苦手だということだ。
やっぱみんな勘違いしてるんじゃないかな? クリア先輩のこと。
「お疲れ様です。クリアさん。優人もお疲れ」
森を抜けると紗花が迎えに来てくれた。
「じゃ、私はこれで」
一言だけ言ったあと軽く頭を下げ、スタスタと歩いていってしまう。
「やっぱクールだねー♪」
「そうか?」
森の中の一件を思い出す。クールではあったが普通に可愛らしい女の子だったという記憶しか思い出せなかった。
「まぁ楽しそうでなによりだったよ」
「何でそんな上からなんだよ」
紗花は優人の肩を叩くと自分の持ち場へと戻っていた。
肝試しの時間まで少しだけ時間があるためそこら辺をぶらぶらと歩いて時間を潰す。
そして、肝試しの時間になった。
肝試しは基本男女のペアで行動するのだが、例外があった。
「おいおい? なんでかな?」
「うむ。なんだ優人クン」
たまにだが、生徒の人数の影響で男子だけのペアが出来てしまうのだ。そのペアが今回は優人と司だった。
「なんでお前なんだよー」
「いいではないか。一緒に鍛えよう!!」
肝試しで鍛えるって何をだよ!! 精神かな?
「はぁ、まぁいいか」
周りを見ると男女ペアが殆どでイチャイチャしているペアもあり、少し羨ましそうな目で見てしまう。
いや、羨ましくなんてないし!!
「やぁやぁ、何怖がってるでござるか」
司と話していると龍之介が間に入ってくるようにして話しかけてくる。
「龍之介クンではないか。キミは誰とペアなんだ?」
「我ペアいないでござるよ」
龍之介の言葉に一瞬沈黙が走った。
ペアがいないって寂しい的なやつじゃないか?!
「何か誤解してるでござるか? 我は三次元とはペアを組みたくないでござる。この澄香ちゃんさえいればね!!」
手持ちのバックから美少女フィギュアを取り出し頬をスリスリとこすりつけている。
「じゃ、我は行くでござる」
「澄香ちゃんー」とぶつぶつと呟きながら行ってしまった。
「優人クン知ってるか? あの澄香というキャラクターは実際の人がモデルになっているらしいぞ」
「じゃあ、そのモデル会ったでもしたら卒倒するんじゃ? いや、しないか。三次元興味ないって言ってるし」
肝試しのペアには番号が振り当てられており、優人達のペアは68番なのでもうすぐに出発をする。
「そうだ!! 優人クン!!」
「うぉ、びっくりした!!」
何かを思いついたように大きい声を出すので、身体がビクッとなっる。
「競走をしないか?」
「競走...?」
肝試しに競走なんてあるのか? 一体この人は何を言っている?
「なぁーに、簡単なことさ。僕より早く四つのポイントからお札をとってここに戻ってくれば優人クンの勝ち。僕が戻ってきたら僕の勝ちだ」
「まてまて!! それだと肝試しの意味が...」
勝負事は優人は好きだが、それだと肝試しの意味がなくなってしまうというのが不安なのだ。
「男子ペアが怖がっていては気味悪いだろう? それに、僕は怖いのが得意だ」
それもそっか。男子ペアがうわーとか言っても青春の欠片もないからな。
「僕が勝ったら一緒にマッスル講座を開こう!! キミが勝ったら開かない!!」
「おい、それお前にしかメリット...」
「さぁ、出発だ!!」
えぇー!! 話聞かなすぎるでしょー!!
薄暗い森なのでもう司の背中が見えなくなっている。靴紐を結び直し、軽く足を伸ばす。
「はぁ、行きますか」
優人も走り出した。
あらかたポイント地点は覚えているため昼間より薄暗くても優人にとってはイージーモードだ。
「うわぁーー!! ってはや!!」
お化け役の人達が驚かす暇もなく走り去っていく。
四つのポイント地点を回り終えたが、司の姿が見当たらなかった。
くそっ、遅かったか。
急いでゴール地点まで向かったが、ゴール地点にも司の姿がない。
「え!? さっきスタートしたばっかだよね!?」
スタート地点で案内をしていた女子学生が目を丸くして驚いている。
「司は? もう来てたりする?」
「司くんは来てないけど....」
これにて、優人の勝利が確定した。
「優人くんは今暇なんでしょ? はぐれた人がいないか見てきてくれないかな?」
「よし、わかった!!」
早くつきすぎて時間が結構余ったので時間潰しを兼ねてはぐれた人を探しに行く。ついでに司も。
「うわぁーー!! ってまたお前か!!」
「また? どこかで会いましたっけ?」
記憶を巡らせるが、幽霊の格好をした男子学生を見たことがない。
「そんなことよりはぐれてる人とか見かけなかったか?」
「そうだなー。確か双子の姉の方があっちの方に行ってた気がするが」
指を指す方を見ると一層暗い森の中のだった。
双子って事は定例会でいた双子の先輩達かな。
「ちょっと向かってみます」
さっきよりは早足で森の中へと消えていく。足場が少しぬかるんでいるので滑りやすい。
しばらく歩いているとうっすらと人影らしいものが見えた。