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サクラが教えるチートの正しい使い方  作者: 秋道通
第一章 呪殺の王と盲目の剣
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夜が教える平穏の亀裂

「あ、凛太郎ー。帰りにコンビニでプリン買って来てくれない?」


 玄関で靴を履き替えようとした時、姉貴のそんな声が風呂場から聞こえてきた。太るぞ、と言ってやろうかとも思ったが、どうせ馬の耳に念仏。言うだけ損だ。


「あいよー」


 適当に返事をして、俺は家を出る。既に時刻は十一時を回ろうかという時だった。テレビを見ながらうたたねしたせいで、普段より遅い時間。


「‥‥さむっ」


 春の夜風がジャージの隙間を流れ込み、その寒さに身震いする。俺は中学を帰宅部で過ごし、高校は活動しているのか分からないような文芸部だが、別段身体を動かすのが嫌いというわけではない。ただスポーツは基本的に相性が悪く、サッカーをすれば遥か遠くにボールが飛んでいき、キャッチボールをすればやはりボールが明後日を目指す。


 しかしながら、純粋な運動能力という点だけ見れば俺はさほど悪くない。そして、そんな俺の数少ない習慣の一つが、夜のランニングだった。夜の、とつけるだけで大抵のことはいやらしくなるものだが、ランニングだけは健全なままな気がする。故に友達に言う時は夜の運動とボカそうと中学時代から考えているのが、そもそも誰かにこの話をすることがほぼない。現実はそんなものである。


 ランニングコースは定期的に変更しており、中学の頃は近場の公園をよく利用していたが、今は折角なので高校の方まで走って帰ってくることにしている。親にはダイエット? と聞かれたこともあるが、別段なにか理由があるわけでもなく、なんとなく寝る前には身体を動かさないと落ち着かない性質なのだ。


 身体の軸を意識して、しっかりと腕を振る。リズムを崩さないようにしながら、呼吸は浅くなり過ぎず、けれど負荷が軽くならない程度のスピードで走り続ける。


 自分の呼吸の音の合間に車の走る音が通り過ぎていき、顔に吹き付ける風に表情が引きつり始めるのが分かった。


『そういう視点から見ると、今日の異世界転生というジャンルが流行るのは現実世界がストレス社会と化していることが如実に反映されていると言ってもいいと思いますね』


 無心で走っている中、ふと、部室で咲良が言っていた言葉が脳裏を過ぎった。

 異世界転生、という言葉を知ったのはつい最近のことだ。咲良に言われて読み易い本を教えて貰い、ついでとばかりに無料で読めるweb小説のサイトを教えて貰ったのがきっかけになる。


 まだ読んだ数は少ないが、そのジャンルの登場人物たちの多くは現代社会、自身の置かれている境遇に不満を持っているか疲れ切っていて、いっそのことどこか遠いところに行ってしまいたいと考えている場合が多かった気がする。もちろんそれ以外の設定もあるが、多くは異世界に行ってしまえば、その環境に適応して、その世界で生きることを肯定していた。


 きっと誰しもがどこかでそれを望んでいる。今の自分の境遇よりももっと面白くて、楽しくて、感動できるような世界に行くことを。自分自身が主人公となってドラマチックな人生を歩むことを。平和な世界に満足しながら、刺激を求める。そういう二面性を、人は無意識の内に必ず所有しているのだ。


 だからこそ、もしかしたら〝俺〟も望んだのかもしれない。


 ドラマチックじゃなくていい、刺激なんて必要ない。ただ平和な世界でたった一人の女性を愛し、暖かい家庭を築いて天寿を全うする。そんな、この世界では当たり前の願いを。


「‥‥?」


 その時、不意に感じた違和感に俺は思考の世界から現実へと引き戻された。

 

 テンポよくリズムを刻んでいた脚を、首筋をぞわりと撫でる怖気に思わず急停止させる。汗をかいた身体に感じる心地よい冷気が、その瞬間臓腑を震わせるものに変化したのが分かった。

 視界に入るのは、毎日通っている陵星高校の校舎。だが、明らかに感じる雰囲気が別物だ。


 さながら別の道に迷い込んでしまったような、言いようのない不安。


 成程、これまで生きてきてこんな状況に遭遇するのは初めてのことだが、それが自分の存在を正しく認識した後というのは、都合がいいというべきか。或いは知ってしまったからこそ、こうなってしまったのか。



 

 どうやら、殺伐とした異世界で生きた〝あいつ〟から、この平和な日本に転生した俺は知らなくていい現実に直面したらしい。


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