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サクラが教えるチートの正しい使い方  作者: 秋道通
第二章 不退の騎士と高飛車な竜
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記憶が教えるエリシアの過去

「エリシアはどうだ? どうしてそんなに無理してまで守り人なんてやってるんだ?」


 今更ながら、ちゃんとこいつらの過去を聞くことってない。


 俺とは全く違う境遇で、全く違う人生を歩んで来たんだろうって、想像する程度だ。


 エリシアはまた視線を下に落とし、横顔も赤い髪に隠れて見えなくなってしまった。


 それでも、ポツポツと小さな声が聞こえてきた。


「私は、七歳までは自分の家で育ったわ。それなりに裕福な家庭で、一軒家に住んでて、お姉ちゃんが居て、お母さんもお父さんも優しかった。髪だって赤くなかったし、目の色も違ったわ」


 涙の余韻に滲んだ声が、静かな空間に染み込んでいった。


「お父さんは特に私たちに甘くて、お母さんはそんなお父さんをよく怒ってた。小学校にも入って、誕生日は必ず遊園地に連れて行ってもらってたの。今思うと親バカよね、仕事だって忙しかったはずなのに」


 それは、幸せな家庭だった。誰もが思い描く、当たり前で、だからこそ尊い幸福な家族。


 だが、その幸せがいつものように続かなかったことを、目の前のエリシアが教えてくれる。


「けど、ある日私の家に強盗が入ったの。確かに裕福な家庭ではあったけど、別に凄い豪邸に住んでたわけでも、豪遊していたわけでもないのにね」


 意図的にだろう、エリシアはその言葉を淡々と言った。それでも、どこかその声が震えて聞こえたのは、気のせいではない。


「その日は家族が全員家にいて、そう。私が家を出ようとしたの、庭の下段に水をあげようと思って。その時だったわ。でっかい手が口元を覆って、私の身体を持ち上げたのよ」

「私は何がなんだか分からなくて、気付いたら私を捕らえた男が、お父さんとお母さんを脅してた。お父さんが立ち上がろうとして、私の首に何か冷たくて硬い物が当てられて、それで」


 その時、エリシアの身体が大きく震えた。まるで湧き上がる強い思いを抑え込もうとしてるように、歯を強く噛みしめる音がここまで聞こえて来る。


「エリシア、もういい」


 俺は咄嗟に彼女の肩を右手で掴んだ。


 その肩は思った以上に細く、そして冷たい。


 エリシアの言葉は堰を切って止まらなかった。


「そこからは、ほとんど思い出せない。ただ気付いた時には私はリビングに自分の足で立ってて、周りは炎に包まれてた。何かが焦げる匂いがして、目の前でお父さんたちが私を見てたのよ」

「エリシア!」


 魂を絞り、痛みをこらえ、血を吐くように、彼女は叫ぶ。




「私を、化け物を見るみたいな目で!」




 エリシアの震えは、止まらなかった。


 肩を掴んだ掌から、彼女の激情が流れ込んでくる。赤く染まった部屋の中で、品の良い恰好をした男性と、それに寄りかかるようにして女の子を抱いた女性が立っていた。そして、その驚きと恐怖に見開かれた目の中で、真っ赤な炎の鱗を身に纏った少女が、爛々と金色の瞳を光らせている。


 それが、今目の前居るエリシアの誕生だったのだろう。


「それから私は政府に預けられたのよ。仕方ないわ。手に負えないって、恐ろしいって思われたんでしょうね。こんな、こんな力を以て生まれた娘を」

「‥‥」


 そんなことない、とは俺には言えなかった。


 実の娘が強盗ごと家を焼いた瞬間に、エリシアの両親は何を思ったんだろう。


 いつの間にかエリシアの左手が俺の手を痛いほどに掴んでいた。細い指が、肉に食い込み、爪が皮膚を破く。


 けれど、本当に痛いのは俺じゃないんだ。


「こんな訳の分からない力に突然目覚めて、突然化け物たちと戦えって言われたのよ、私は。でも、それでもいいと思ってた。だって、こんな壊すだけの力、他に使い道がないじゃない。この力のせいで捨てられたのに、それすら使えないなんて思いたくないじゃない」

「なのに、私はそこでも一番になれなかった。化け物みたいな力なのに、そこには私を超える化け物がいたのよ。笑えるでしょ?」


 それは、もしかしなくてもあいつなんだろうな。


 エリシアが綾辻を目の敵にしていた理由が分かった。プライドなんかじゃない、そうしなければ自分を保てなかったんだ。


「だから、私は私を強いって思い込もうとしたのよ。そうでもしなきゃ、立てなくなりそうだったから。‥‥けど、結果はあの様。正直な話、あいつに斬られそうになった時、身体が止まったわ。あの首筋に押し当てられた冷たい感触を思い出して、何も考えられなくなった」


 俺の手を掴む彼女の手は、力を込め過ぎて血の気を失っていた。


 それでも尚止まらない身体の震えが、声の震えが伝わってくる。


「私はっ‥‥、もう立てない。戦えない。あんたに助けられて、本当は一番に謝って、指導官としてあんたたちを無事帰してあげなきゃいけないのに、さっきの戦いを思い出すだけで全身の力が抜けて、震えて、何も考えられなくなる」


 その言葉の最後に、エリシアは再度こらえきれなくなって涙を零した。


「最っ低よ。私は私が嫌い。親をどこかで憎んでる私が、化け物にもなり切れない私が、なんの役にも立たない私が」



 

 ――なのに、死ぬ勇気もない私が、一番嫌い。




 最後の言葉は、涙に溶けてほとんど聞こえないはずなのに、鮮明に俺の耳に届き、胸を締め付けた。

 エリシアの背負って来た思いは、積み重ねてきた苦悩は、俺なんかが簡単に受け止められる程軽くはなかった。


 そんなこと分かり切っていたはずなのに、それでも何かを伝えたくて言葉を探しては、開きかけた口を閉じる。


 ああクソ、三神にあんな大口叩いて出てきたくせにこの様だ。

気の利いた台詞も、慰めの言葉も浮かびやしない。


 だから、俺は俺の手を掴むエリシアの手を、握り返した。強く握りしめて固まってしまった手を和らげるように、優しく握る。


 俺が初めて戦いに出た時はどうだっただろうか。現世じゃない、前世でだ。


 確か眼帯の女に無理矢理外に連れ出され、そしてナイフ一本持たされて野生の獣と戦わされたんだ。その時も生きるために何もかもが必死で、恐怖なんて感じる暇もなかった気がする。


「‥‥あ」


 そうだ、その後だ。


 手に残る生々しい肉を裂く感触と、血が流れて冷たくなっていく獣の身体に言いようもなく恐ろしくなって、逃げようとしたら腰が抜けていた。


 その時、あいつはどうしてくれたんだっけ。女が笑い、確かこうして。


 俺は空いていた左手を、エリシアの頭に乗せた。赤い髪はその強烈な印象とは裏腹に、とても柔らかい。


 そして、その手で優しく頭を撫でる。そういや咲良にも同じことをして、嫌われないかって心配したっけか。彼女の笑顔を思い出すと、重い背景も忘れて、ただ目の前のエリシアを安心させてやりたいと、そう思った。


「なあエリシア、死ぬ勇気を持てないのは簡単な話なんだ。死ぬ勇気を持てるのは、他になにも選択肢が無くなった時、それ以外の道がない時に初めて人はその覚悟が出来るし、他に選べる道があるのなら、本来死ぬ道なんて選ぶべきじゃない」


 勇気という言葉は、本来前向きなものだ。決して後ろ向きに使われていいものじゃない。


 他になんの道も無くて、自身の進む先に死だけがある時、はじめて人は死ぬために前向きに進める。


 どれだけ苦しくても、どれだけ辛くても、まだ他の選択肢がある内に死を選んでしまうのは、勇気とは言わない。言っちゃいけないんだ。


「‥‥そんなの、ただの綺麗ごとじゃない」


 エリシアは涙声でそう呟いた。


 確かにこんな時、正論をぶつけられたら腹が立つだろう。そんなことは百も承知だからこそ、ムカつくんだ。


「確かに綺麗ごとかもな。当人にしてみればなにも知らないくせにって思うかもしれない」


 だが、たとえそうであったとしても。


「だから、他人が言わなきゃいけないだろ。視野が狭くなって、他の道が何も見えなくなったら、外に居る人間が教えてやるんだ。まだ終わってない、お前の進める道がそれだけなんかじゃないって」


 そして、頭に浮かんだのは女の顔だった。眼帯にその目を隠し、それでも慈愛を感じさせる笑みでこう言ったのだ。


「お前が自分の道を進めるようになるまで、守ってやるよ。そのために、俺はここにいるんだから」

 すると、エリシアの金の瞳がこちらを睨めつけ、荒い手つきで頭を撫でていた手を払われた。


 ‥‥おや?


「‥‥」


 まあその、なんだ。そりゃ守り人でもない人間にこんなこと言われたら、お前何様だよってなるよな。


 ―――ん?


 え、ちょっと待って。今更ながら俺の言ったことめっちゃ恥ずかしくない? エリシア、凹んでるだけでプロだぞ? 俺、ただの高校生で今回評価してもらう側だよ?


「っ」


 顔が赤くなるのが分かる。


 恐ろしい程の羞恥心が襲い掛かってきた。


 な、何様だよ俺は。あのセリフはあいつが俺の師匠だったから許される言葉だろ!


「あ、あああれだ。とりあえずあいつぶっ飛ばしてくるからさ」


 そうだ、あの騎士長を倒すことが出来れば、ギリギリ今の恥ずかしいセリフも許されるような気がする。たぶん。許されるよね?


「そういうことだから!」


 それだけを言い残し、俺はエリシアの顔を見ることも出来ず脱兎のごとく駆け出した。


 七瀬凛太郎、十六歳。黒歴史、未だ更新中。


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