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サクラが教えるチートの正しい使い方  作者: 秋道通
第一章 呪殺の王と盲目の剣
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咲良綴が教える個人的なライトノベル観

急須の部分が矛盾していたので書き直しました。

 こいつと俺の関係のはじまりはおよそ半月ほど前に遡る。入学直後、高校生らしく何かしら部活動を始めようと考えていた俺は、この文芸少女の巧みな勧誘によって大して興味もなかった文芸部に入ることになったのだ。主に炬燵とお菓子、そしていくらでもうだうだ可能という怠惰な条件に釣られただけだが。


 なんとなく部活に入らなきゃいけないなーと思いながら、でもやっぱり厳しい体育会系は嫌だし、かといって文科系も初心者だと恥ずかしかったり難しかったりするんじゃないかなーという妥協の産物でもある。決して、初対面の人には大抵引かれ、部活勧誘もほとんど声をかけられなかった俺を嬉々として誘ってくれたこの女に惹かれたわけではない。断じて言うが、惹かれたわけではない。


 そんな我が文芸部の部員は現在咲良綴と俺のたった二人のみ。活動日はほぼ毎日、というかしっかり決まっておらず、内容は本を読むか書くか。一応秋の文化祭時に部誌を配布、もしくは販売するらしいが、今のところその実感が湧くことはない。有り体に言って、陵星設立時からあるという伝統的アドバンテージのみによって存続が許されている部活である。部費泥棒なんじゃなかろうか。


「あ、そういえば七瀬くん、この間部室から借りていった本はどうでした?」


 この部の在り様について思案していたら、咲良にそう問われて読みかけだった本の存在を思い出した。金曜日に咲良の進めるまま三冊借りていって、最後の一冊がまだ半分ほど残っている。


「ああ、二冊は読み終わったぞ。普段は読まないから、中々興味深い内容だった」

「興味深いって、学術書読んだ感想みたいですね」

「そうか?」


 咲良に勧められた本のジャンルは、所謂一般小説とは異なるライトノベルと呼ばれるものだ。普段から本を読まない俺のために、比較的読み易いものを勧めてくれたらしい。

 実際読んでみるとイラストも付いていて漫画感覚で読めたので、文芸の入り口としては悪くないだろう。


「でも、咲良がああいうのを読むのは意外だな」

「そうですか?」

「どちらかというと、詩集とか、純文学みたいなのを読む感じはあるな。‥‥なんかこういうのって、オタクっぽい小説だろ? 勿論それが悪いってことはないけどさ」


 漫画を嗜む程度の俺からすると、中学の頃とかにライトノベルを読んでいたクラスメイトがオタクと呼ばれていたせいか、そういったイメージが強い。

 まあ読んでみると面白かったので、偏見は良くないというべきかオタクもいいものだというべきか。

 しかしながら俺のそんな何気ない一言は咲良の琴線に触れたらしく、突如眉根を寄せてこちらに顔を寄せてきた。いや、近い近い近い!!


「そう、そういうところです!」

「そ、そういうところってのは?」


 だから近いから、顔が近くてそれどころじゃないって。心なしか、ふんわりとした桜の香りが俺の周囲に柔らかな陽だまりと溶け込んでいく。

 しかし興奮している咲良はそんな俺の動揺などまるで頓着してはくれない。


「とても個人的な意見にはなるんですが、こういったライトノベルや娯楽小説といったジャンルが世間的に見て低俗、と見られる価値観がとても疑問なんです!」

「お、おお?」


 なんだか突然熱くなったなあ。しかし、俺はライトノベル=頭が悪くなるみたいな考えは持っていないが、なんとなく純文学などの方が高尚なイメージはある。そんなに本を読むわけでもないので、どちらがいい等とは本当は言えないはずなのだが。

 咲良はそのまま話を続ける。


「確かに小説の中でも娯楽を提供することに特化したライトノベルと、作者側がなんらかの意図をモチーフにして書いた作品は読者側の解釈の余地といった観点から見れば大きな差異が出るのは致し方ないことですが、かといってそういった本を読めば頭が良くなるかと言われればそういうわけでもありません。メタファーが存在することがイコールで高尚だなんてちゃんちゃらおかしいと思いませんか!?」


 ごめん、メタファーが何か分からん。


「世にいう名作や著名作が教育にいいのなら、とっくの昔に教科書として使われてますよ。教科書教材はいかにどういった能力を培わせることが出来るかという観点から取り上げられる側面が強いですから、適しているか適していないかが重要なんですね。実際の話、ライトノベルが輸入される児童書なんかは、学校全体で読書の入り口として推奨されるといった事例も存在します」

「ほー」


 なにやら難しいことを言っているが、要は名作が必ず人の成長にいい影響を与えるわけではないと。たぶん、恐らく。


「そもそも高尚なとか、純文学とかいう単語がひどく曖昧な割に言葉としての力が強いので、どうしも大衆小説が比較されて低俗なんて言われてしまうんですね。私も名作と呼ばれる作品や現代の芥川賞受賞作品なんかも結構読みましたが、感銘を受ける素晴らしい作品から、肌に合わない物まで様々でした。結局のところ、ジャンルとして求められている価値が違うというのに、それをあたかも小説だからかくあるべきという自身の固定観念によって批判する姿勢こそが」


 そういえば、今日の茶菓子はなんだろうな。先週は二人で咲良の持ってきた煎餅を齧っていた。ちなみにお菓子の類は毎週毎週咲良が家から余り物を持ってくる。考えてみると、そんなにポンポンお菓子の余る家って珍しんじゃなかろうか。我が家だとスピーディーに消えていくけど。


「あの、聞いてますか七瀬くん?」

「ああ、すまん聞いてなかった」

「そんな冷静に言わないでください!」


 そう言われても、聞いてても分からんし‥‥。そんなことより、小腹がすいたので茶菓子が食べたい気分である。


「もう‥‥今日は羊羹を持ってきたので、お茶をいれましょうか」

「いつもすまんなあ」

「全くです」

「え、そこは『それは言わないお約束でしょ?』じゃないのか?」

「少しでもそう思うのなら、お水、淹れてください」


 そう言って、咲良は俺に部室に置かれている電気ケトルを俺に押し付けてきた。この電気ケトルも当然のごとく咲良が持ち込んだもので、お茶を淹れるためだけではなく、カップ麺などを食べるのにも重宝されている。


 あまり炬燵から出たくはないが、仕方ない。俺は炬燵を這い出て部室の隅に置かれた段ボールまで行くと、その中にぎっしり詰まっている天然水のペットボトルを一本取り出した。 

個人的にはお茶を飲むのなんて水道水の水で良い気がするのだが、咲良さんはどうやら許せないらしく、部費でこの天然水を購入している。震災時の備えなどと銘打っておくだけで問題ないらしいのだが、やはり部費泥棒な印象がぬぐえない。まあ、お茶美味しいから何も文句はないんですけど。


 トポトポと電気ケトルに水を注いで台座にケトルをセット、そして電源を入れれば俺の仕事は終わりである。その間に咲良は、二人で備品購入という建前で買ってきたお皿やフォーク、湯呑などを炬燵の上にセットしている。

 そして、数分もすれば炬燵の上には湯気を立てる緑茶の入った湯呑と、心底美味しそうな羊羹が並んでいた。この羊羹、普段俺が食べてるスーパーの安物とは明らかに照り返しが違う気がするんだが、本当に余り物か、これ。世の中は不思議がいっぱいだな。


「それでは、いただきます」

「いただきます」


 咲良に合わせて、俺も羊羹をいただく。スッとフォークで切り取ったそれは適度な弾力を見せながら、ずっしりと重い。


「‥‥っ!」

 

 口に入れた瞬間、滑らかな口当たりと共にあんこの上品な甘さが口いっぱいに広がった。水羊羹のようなゼリーにも似たものとは違う、私こそが主役だと言いたげに存在を主張してくるあんこの甘さは、それでいて決してくどくない。


 しっかりと口の中の羊羹を堪能した俺は、そのまま流れるように緑茶を飲んだ。咲良がちゃんとした茶葉で入れたいです‥‥と言いながら、茶葉の処理が面倒という理由でティーバッグを急須に入れる形式になったが、それでもこだわりのチョイス。豊かな香りが鼻腔を抜け、程よい苦みが口の中を清涼なものへと変えてくれる感覚が心地いい。

 俺たち二人は、同時に湯呑を炬燵に置くと、


「「ふぅ‥‥」」


 と声を漏らした。

 果たしてこれが文芸部の活動として正しい形なのか問われると首を傾げるが、そんなことは今の幸福な心持ちの前には伊吹の存在と同じくらい些末事だ。





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