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サクラが教えるチートの正しい使い方  作者: 秋道通
第一章 呪殺の王と盲目の剣
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伊吹蓮が教えるA組の綾辻日々乃

 で、なんの用だよと目線で訴えかけると、伊吹は気障ったらしく前髪をかき上げた。至極うざい。


「いやさ、HRまで時間あるし、ちょっとA組でも覗きにいかないかなって」

「断る」


 阿呆かこいつは。何が悲しくて自分のクラスにすらまだ馴染んでないのに別のクラスを覗きにいくというのか。

 そんな俺の当たり前の反応に対して、伊吹はやれやれとでも言いたげに首を振った。ついでとばかりに動きに合わせて前髪も揺れるが、そろそろ切り落とすぞ、それ。


「どうせここに居てもやることないだろ? それなら見に行っても罰は当たらないじゃないか」

「いや、お前がここに来るまでは本を読むつもり満々だったし、なんなら今すぐお前を無視して読み始めたい気分なんだが。‥‥というか、なにを見に行くって?」

「なにを、じゃない。誰を、だ」

「そんなくだらない問答をしに来たならほんとに帰れよ‥‥」

「綾辻だよ、綾辻日々乃。お前も名前くらいは知ってるだろ?」


 綾辻‥‥、綾辻日々乃。成程。

 これは自信を持って言えるが、全くもって聞き覚えがない。中学時代にそんな名前の女子がいた記憶もないし、これだけ伊吹が見に行きたがっているということは中学が一緒ということはないだろう。

 ということは高校に入ってからということになるが、当然別クラスの女子など分かるはずもない。


「全く以て知らん」

「お前‥‥本気?」


 信じられない物を見るような目を向けて来る伊吹。なんで他クラスの女子を知らんだけでお前にそんな目で見られなきゃいけないのか、俺の方が疑問なんだが。

 伊吹は呆れたように言った。


「綾辻日々乃っていえば、今年入学した新入生の中でもトップクラスの女子だよ? A組は他にもかわいい子が多いから、朝から結構な男子が理由つけて遊びに行ってるくらいだけどさ、その中でも別格」

「‥‥なんだその漫画みたいな話」

「実際漫画みたいに可愛いんだよ、これが」

「はーん」


 別段伊吹の言う二次元美少女とやらに心惹かれたわけではないが、そういえば〝あいつ〟もA組所属だったなということを思い出した俺は、伊吹に引っ付いてA組まで遠征することに決めた。

 もし伊吹の言う通りの美少女が居るというのであれば、それはそれで一目拝むのも一興だろう。

 男二人連れ立って、教室を出る。一年生は全クラス合わせて六クラスあるのだが、DからFの教室は資料室やらを挟んでいため少し離れている。その点A組は俺たちのC組から隣の隣。着くのは一瞬だった。

 着くのは一瞬だったのだが、


「なんかやけにA組だけ騒がしくねーか」


 朝というものは特有の喧騒に包まれるのが学校の常だが、明らかにA組だけ他クラスと比べて聞こえてくる音量が大きい。C組がザワザワなら、こちらはガヤガヤである。ガッヤガヤだ。

 ところがどうやら驚いているのは俺だけらしく、伊吹は当たり前のような顔で言った。


「そりゃそうだろ、結構な数の男子がここに集まってるからね」

「‥‥その話、マジだったのか」

「マジもマジ、綾辻日々乃以外にもなんでかA組には可愛い子多いんだよね。毎朝こんな感じじゃないかな」


 さっき聞いた時は何言ってんだこいつと本気で思ったが、いざ実際に教室の前に来ると、伊吹の言っていたことが嘘でもなんでもなかったことが良く分かる。A組の中はどっから湧いたのかと思う程大量の男子であふれかえっており、教室の外にも何人かの男子がうろうろしていた。

なんだ、こいつら暇か。今の俺が言えた義理ではないが。


 そして、俺たちはこそこそと開け放たれた後ろの扉から教室を覗き込む。どう見ても怪しいが、人が多いので思ったより目立たないのが救いだろう。

 それにしても本当にどこ見渡しても黒いブレザーばかりが目に入るな。女子も普通に居るはずだが、相対的に少なく見えるぞ。


「それで、どれが例の綾辻さんだって?」

「あー、ちょっと待って」


 伊吹がキョロキョロと教室内を見回す中、俺も無意識の内に視線を巡らせていた。

 黒いブレザーの群れの中に、一年のカラーである赤のスカーフを付けた女子生徒たちがいくつかの集団を作って談笑している。


 正直な話、〝あいつ〟がそういったコミュニティの中で楽し気に話している姿を想像できないのだが――いた。

 イメージ通りというべきか、俺がなんとなしに探していた人物は、窓際の後ろの席に座って誰かと話したりすることもなく、黙々とその視線を手に持った本の上に落としていた。

 着ている制服よりも尚黒い長髪は蛍光灯の明かりを受けて濡羽色に光り、まるで黒曜石を職人の手によって糸にしたようだった。対照的に髪の隙間から見える肌や本の頁をめくる指は白磁を思わせる白さで、クラスの喧騒に侵されない静謐の空気も相まって、どこか人形めいた雰囲気を感じさせる。

 何度見ても思うが、本当に、本を読んでいる姿が絵になる女だった。

 見ていたのは、ほんの一瞬のことだっただろうか。


「あ、いたいた。あそこで固まってる中の一人だよ」


 かけられた声に我に返ると、どうやら伊吹の方も綾辻さんを見つけたらしい。最初はさほど興味もなかったが、流石にこれだけの男子が集まっているとなると、顔ぐらいは見てみたいという思いも湧いて来る。


「どれ‥‥」


 伊吹の指す方向に顔を向けると、そこでは一際人数の多い女子グループが姦しくお喋りをしているところだった。

 いや、流石にあれだけ人数がいるとどれが例の綾辻さん何だか分からないんだが‥‥。結構な人数背中向けてるし。

どれが目的の人なのかと伊吹に聞こうとしたところで、俺の視線は一人の人物を捉えた。

 そして、


「ああ、あれか」


 一目見て、流石の俺でも彼女が綾辻日々乃であると理解出来た。

 伊吹の言っていたことが誇張ではなかったらしく、彼女は間違いなく周囲の人間と一線を画す何かを持っていた。黒髪や茶髪の中で、ひどく目立つアッシュブロンドと言えばいいのだろうか、色素の薄いくすんだ金髪を持ち、翡翠の目を浮かばせた顔立ちは造られたように美しい。

 しかし、容姿だけではない。制服の上からでも分かる抜群のプロポーションが理由というわけでもない。

 彼女は、まるで一般の人間とは違ったような、浮世離れした雰囲気をその身に宿していたのだ。

 俺たち二人は凄いものを見たという衝撃のまま、無言でA組を離れたのだった。




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