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サクラが教えるチートの正しい使い方  作者: 秋道通
第一章 呪殺の王と盲目の剣
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綾辻日々乃が教える懸念と頼み事

 昼休み、聞きたいことがあるけど話しかけられないといったそわそわした視線に晒されながら教室を出た俺は、早足に綾辻の指定した教室へと向かった。


 あいつ、昼飯食べた後とか何一つ言わなかったけど、これで待ちぼうけとかになったらさっさと帰ろう。


 不用意な接近のせいで、俺のクラス内での心地よいポジションが台無しである。もう少し話せる相手が欲しいとは思っていたが、こんな目立ち方は求めていなかった。わざわざ来ないでメールで連絡しろよと思いながら携帯を確認してみれば、ちゃんとメールは来ていた。単純に俺が気付かなかっただけらしい。でもそれとこれとは別だよね?


 空き教室の場所は昼休みということもあってか人影が少なく、一年生の階と違うために同級生の姿は一切見えなかった。


 扉を開くと、そこには特徴的な後姿が立っていた。幸いにも待ちぼうけにはならずに済んだらしい。


「来たぞ」


 その声に、窓から差し込む光に照らされた髪が輝きを散らして振り返る。


「ああ、ごめんなさい。わざわざ呼び出して」


 綾辻日々乃はなにか考え事をしていたのか、上の空のような口調でそう答えた。

 にしても、なにをしていても一々絵になる女だな。ランキング投票の状態も頷ける。


「それで、わざわざ何の用だよ。メールか夜言うんじゃ駄目だったのか?」

「直接話したいことだったのと、晶葉についての話だから」

「三神?」


 綾辻は少し目を伏せて言う。


「晶葉、最近体調がよくないみたいなの。本当はこんなことあなたに頼めることではないんだけど‥‥」

「なんだ、三神と一緒に学校で留守番してればいいのか?」


 確かに三神は見るたび睡眠を取ってたけど、あれって体調が悪かったからなのか。単純に眠気がひどいだけだと思ってたわ。

 すると、綾辻は首を横に振った。


「あの子は絶対に待機なんてしないわ。一人だけを戦わせる危険を良く知ってる」


 その言葉に、ここ数日での戦いを思い出す。俺は隠れていただけだが、三神は時には綾辻に外から指示を出し、時には結界で従僕の動きを止め、傷が出来れば治癒も行っていた。


 戦闘力がないなど関係ない。一人何役も熟すその姿は、紛れもなく一人の戦士だ。言われてみると、そんな彼女が綾辻だけを戦場に立たせ、自分が後方に下がることを許すとは思えなかった。


「それで、俺にどうしろと?」

「あなたの力‥‥私は自分の目で見たわけじゃないから分からないけれど、木偶を倒せるだけの物はある、と信じていいのよね?」


 この話の流れは、正直とても嫌な予感がする。けれど、真剣な瞳でこちらを見る綾辻に誤魔化すような真似をする気にもなれなかった。


「‥‥俺にもまだ分からん。実際に何度も戦ったわけじゃないから確証があるわけじゃないけど、それでもあいつら程度なら何回やっても負けない、とは思う」


 この身体は綾辻の言う通り訓練不足で、少し〝強化〟のコードを使っただけで筋肉痛になるような柔なものだ。それでも、従僕相手ならそうそう負けないだろう。


 綾辻はそう、とだけ呟き、


「それなら、あなたの言葉を信頼して一つ頼みごとがしたいの。積極的に戦えとは言わないから、晶葉の護衛をお願いできないかしら。本当に守り人でもないあなたに頼めることではないけど、今はあなた以外に頼れる人がいない」


 そう、頭を下げた。


「他の守り人とかは」

「晶葉が前にも言った通り、慢性的な人手不足よ。応援が呼べるならとっくにやってるわ」


 マジかよ‥‥。俺の想像していた以上にフォルダーとアウターを取り巻く環境は過酷らしい。ブラックとか冗談でも言っている場合じゃなかった。どちらかと言えばレッドだ。物理的に。


 ここは、考えるまでもなく断るべきだ。そもそも俺は安全の確保された保護対象としてこれまでアウターとの戦いを見学していたのであって、その前提が壊れる以上、わざわざ行く必要すら無い。


 君子危うきに近寄らず触らぬ神に祟りなしと言えば畢竟、危険だと分かっていることに飛び込むのは愚か者だ。そんなことを躊躇いなく出来るのは創作の中だけであって、現実ではそうはいかない。俺はNOと言える日本人だ。断固たる意志でもってそう言うべきだということは分かっている。


 しかし、それを口にすることがどうしてか憚られた。


 こちらを伺う綾辻はどこか縋るような目つきで、俺は短い付き合いだが、普段この女がそんな目をしないことを知っている。何があっても自分一人の力で切り抜けられると信じていて、実際それに見合うだけの力を持っている。


 そんな彼女がこうして俺に頭を下げたのは、それが自分のためではなくパートナーのためだったからだろう。


 本当にこういうのはやめてくれ。そこまで分かってしまった以上、知らん顔をして断れるほど俺の心臓は強くない。


「‥‥俺の出来る範囲でだけだぞ」


 これは絶対条件だ。無理をして三神の代わりに俺が死んだのでは話にならない。

 情けないと言われても仕方ないが、守り人でもない俺が命を賭けるのなら、全力で三神を抱えて逃げた方を選ぶ。


 そんな俺の男らしくない台詞に、しかし綾辻は何てことの無いように言った。


「それで充分‥‥いえ、あなたは守り人でもないのだから、自分の命を最優先にして」

「三神くらいの身長なら何とか抱えて逃げるよ。その代わりお前を置いてくことになるけどな」


 そうつい口に出したが、俺はこの女がどう返してくるかも分かっていた。


「あら、私が置いて行かれた程度で死ぬとでも? それでも、あなたのそういう正直なところは美点かもしれないわね」


 綾辻は、予想通りの言葉を想定外の微笑みで言った。

 綺麗だの美しいだのとは何度も思っていたが、その笑みは彼女の触れがたい輝きを、まるで包み込むような柔らかなものへ変えた。


 流石、ぶっちぎりのランキングトップは伊達じゃない。もし神に愛された子がいるのなら、それはこいつのような存在を指すのかもしれない。そしてそれは悪魔に魅入られるようなものでもあったのだろう。


 正直、見惚れてしまった。


「それじゃあお願いするわ。それと、悪いけど、晶葉にはこのことは黙っておいて」


 一瞬にして普段の表情に戻る綾辻に、俺は安堵と口惜しさを感じながら答える。


「了解だ」


 そうして綾辻との会談は大きな波乱もなく終わったわけだが、俺は先ほど再確認した綾辻って奴の影響力を甘く見ていた。


 俺にとっては面倒事に巻き込んだ人間でも、学校の連中から見れば学園のマドンナだ。しかも普段は女性徒と一緒にいることがほとんどで、特定の男子と仲が良いということもない。そんな彼女がわざわざクラスまで来て一人の冴えない男子に耳打ちする。


 想像してみて欲しい。自分が密かに憧れている子が、自分のクラスの微妙な男に密やかに話しかけるのだ。


 なんであいつが? って誰でも思うだろう。俺だってそう思う。疑問はすぐに嫉妬に変わり、嫉妬は瞬く間に怒りへと進化する。


 噂の広がるスピードというのは凄まじいもので、昼休みを経た後には俺と綾辻の噂は一年中に駆け回ったらしい。


 らしい、と伝聞系なのは当然俺が自分で確認したのではなく、放課後に伊吹からそう聞いたからだ。

 伊吹は衝撃の綾辻来訪から暫くの間呆然としていたのだが、授業が終わってから凄まじい勢いでこちらに詰め寄ってきた。曰く、どこで知り合ったのか。曰く、何故俺に一言も言わなかったのか。曰く、紹介してくれ。


 それはもう凄かった。待て、最後のはおかしいだろと突っ込めないくらいの勢いだと言えばその程度が分かるだろうか。


 そのせいか学校では教室で座っていても視線に晒され、廊下を歩けばすれ違った女性徒たちが小声で囁きあう。立てばレッサー座ればジャイアント、歩く姿は赤ちゃんパンダかって位に注目されている。全部パンダじゃねーか、観覧料取るぞ、おい。


 とはいっても実害があるわけでもなく、あくまで居心地が悪い程度。いきなり怪物に襲い掛かられるわけでもないのだ、大した危険はない。伊吹も適当にあしらったし人の噂も七十五日、そのうち誰も気にしなくなるだろう。


 そんなことを俺は悠長に考えていた。そう、放課後に部室へ行くまでは。


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