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サクラが教えるチートの正しい使い方  作者: 秋道通
第一章 呪殺の王と盲目の剣
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綾辻日々乃が教える俺の現状

 綾辻からの連絡に気付いたのは、部活を終えて家に帰った時だった。


 送られてきた時刻はちょうど部活の最中で、内容は『昨日と同じ時間に学校に来なさい』というもの。てっきり登録に関しての連絡が来るのかと思っていたら、違うのか。それとも実際に会って説明しなきゃいけないことがあるのかもしれない。


 まあ、元々ランニングには行く予定だったので、ちゃっちゃと行って帰ってこよう。


「あ、今日こそプリン買ってきてよー」

「そんなに食いたきゃ自分で買ってこいよ‥‥」


 家を出ようとした時、昨日と同じように姉貴に声をかけられる。確かに昨日買ってこなかったけどさ、自分で買っておけばいいだろうに。


「夜になって食べたくなるの。今日こそは頼んだわよ」

「はいはい」


 そんなこと言ってるから体重減らないんだよ‥‥。適当に返事をして俺は学校へと向かうためにスニーカーを履いた。


 街灯が背後に流れていく様子を横目に、リズムよく呼吸を続けて身体に心地よい負荷がかかるスピードで走る。大した時間も要さず辿り着いた夜の学校というのは、何度見ても不思議な雰囲気を纏わせている。何人も踏み入ることを許さない、奇々怪々とした空気。


 実際に妖怪みたいな連中が出現しているというのだから笑えないが、何より今からそこに入らなきゃいけないことも笑えない。


 まあ、行かないと妖怪よりよっぽど怖い女に拘束プレイを余儀なくされるので、仕方ないだろう。


 ところで、これどっから入ればいいんだ? 昨日は綾辻が校門を開いて入れてくれたのだが、今日はどうやって入るか考えていなかった。メールにもそれらしき言葉は書いていない。


「昨日は校門閉まってたしなあ」


 そんなことを考えながら校門に手をかけてみると、予想を裏切って特に何事もなく開いた。それなりの重さはあるが、昨日と違って鍵がかかっている様子はない。


 どうやら鍵は開けておいてくれたらしい。

 一歩校庭に足を踏み入れれば、空気が冷たくなった感覚が肌を撫でる。これは恐らく、この世ならざる存在が近くにいる、その証左。


 にしても、改めて見ると明かりのついてない校舎って恐ろしい‥‥ん? 校門を潜るまでは少しの光も見えなかったはずの学校に、しかし今は一年A組の教室だけ明りが点いている。


 ふと感覚を研ぎ澄ましてみれば、嫌な空気の陰に隠れるようにして微かな秘言――コードの気配が感じられた。


 この感覚には覚えがある。詳細までは分からないが、恐らく学校全体を覆うようにして結界が張られているのか。少なくとも視覚、聴覚情報あたりは誤魔化しているんじゃなかろうか。


 おかしな話だ。これまで学校に通っていても、こんな力を少しも感じたことはなかったが。




「――ああ、それは夜だけ晶葉が張っているのよ。アウターと戦うのにも下手に外部に影響が出たら大変でしょう」


 一年A組の教室で待機していた綾辻に聞いたところ、そんな返事が返ってきた。顔はこちらを見ることなく、なにやら持ち込んだらしいノートバソコンでカタカタやっている。無骨なデザインのノートパソコンは、私物というより仕事用の支給品といった印象だ。


 着ているのは制服ではなく、動き易そうなパンツに頑丈そうなブーツ。上にはジャケットを着て前を閉じている。たぶん、これが本来の仕事着なのだろう。長い髪も邪魔にならないよう一つに纏められいるが、どんな髪型でも思わず見惚れるぐらい似合うのは流石だ。たぶんこいつ俺と同じ人類じゃないわ。


 そして話題に上った三神はと言えば、教室の隅で並べた机をベッド代わりに横たわっている。こちらはショートパンツにパーカーという平凡な私服だ。それにしても、この広くもない教室で探さなければ見つからないというのは一種の才能だと思う。

というか、昼も寝てたくせにまだ寝るのか‥‥。いや、昼は寝れなかったんですよね、すいません。


「修復も三神の仕事だって聞いたけど、随分色々やってるんだな」

「守り人の中にもいくつか種類があるの。私は直接戦闘に特化、晶葉は支援に特化しているってだけ」


 ほう、成程。


「つまりお前の方が脳筋てことか」


 言った瞬間、ノートパソコンを見ていた綾辻の顔が無言でこちらを向いた。


「二度とその言葉を口にしない方がいいわ。覚えておきなさい」


 ‥‥いや、そんな怒るなよ。実は気にしてたのか、それ。無表情でこっち見るな、怖いから。

 実際の話、戦闘に特化した能力というのは限定された状況下でしか使い道がない。これは十五年間と少し、コードを全く使わずに生きてきた俺が証明している。綾辻のようにアウターと戦う職についているならともかく、そうでないなら無用の長物。圧倒的に三神のような能力の方が便利だ。


 まあ、それは置いておいて。


「俺は結局なんで呼ばれたんだ? 登録に関して連絡でも来たのか?」


 正直な話、守り人についての話はどうでも良いのだ。登録だけしてしまえば、俺は気兼ねすることなく日常に戻れる。

普通に考えて守り人とか正気じゃないだろ。命の危険がある仕事を、わざわざ日本でする必要はない。俺が目指すのは平和で安定した生活だ。


 綾辻は一段落ついたのか、一度伸びをするとこちらに向き直った。


「あら、覚えてないの? 確か昨日、私があなたの担当者になったと言った気がするんだけど」

「は? だから登録に関しての担当者だ‥‥ろ‥‥」


 いや待て、昨日俺はその発言を聞いた時にどう感じた? 容疑者として拘束された後に、『とりあえず、登録に関しては追って連絡が入るそうだから、それまでは私があなたの担当として動くように言われているから』と言われ、おいまて、それって監視じゃないだろうな‥‥と。


「‥‥まさか」


 嫌な予感に冷や汗を流す俺を尻目に、綾辻は平然と言う。


「そのまさかよ。登録が完了するまでは、出来うる限り私の側で保護するように通達が来たわ。特に、アウターが出現する時間帯はね」

「はっ!?」


 待て、それはおかしい。つまり俺に守り人として仕事する綾辻の側にいろってことだろ? 明らかにそっちのが危ないじゃねーか。嫌な空気が蔓延しているのはこの陵星高校が中心で、少なくともこの時間帯に家で危機感を感じたことはない。


「なんでそんな」

「あなたが従僕を倒したと聞いた上は、あなたを守り人として育てるつもり満々ってこと。今の内から私たちの仕事の様子を見せて学ばせる気みたい」


 俺の発言を遮るように放たれた言葉は、正面の綾辻からではなく横合いから聞こえてきた。


「晶葉‥‥まだ寝てなくて大丈夫なの?」

「大丈夫。それに、そろそろみたいだから」


 横を向いた綾辻につられて見やれば、三神が身体を起こしてそう呟いていた。その後、彼女は微かに視線を上を向ける。それはこの教室を見透かして、どこか遠くを覗き込んでいるような仕草だ。


 なにがそろそろなのか、など問う必要もない。腹の奥底に響くような重圧に、身体が徐々に緊張感を持ち始めるのが分かる。どうやら、招かれざるお客様が到着したようだ。


 ところでさりげなく流されたが、凄い聞き逃せない台詞を言われた気がしたのは幻聴じゃないよな?

 綾辻が、ノートパソコンを閉じて立ち上がる。その顔は気負いのないものに見えて、瞳の奥には鋭い光が宿っている。


「それじゃあ、行きましょうか」

「ああ、いってらっしゃい」


 俺はこの教室で待ってるから、と続けようとした時、綾辻がひどく呆れた目で俺を見た。


「‥‥なに馬鹿なこと言ってるの。晶葉の近くに居れば安全だから、あなたも一緒に来るのよ」

「やっぱりそうなるのか‥‥」


 やはり先の三神の言葉は幻聴ではなかったようだ。


「別に戦えと言っているわけじゃないわ。私の眼の届く範囲に居た方がなにかあった時対処しやすいし、ただ見学するだけよ」

「‥‥了解だ」


 どうやら問答していても時間の無駄らしい。戦う必要はないというし、安全なところからアウターと守り人との戦いというのを見せてもらおう。果たしてやつらが俺の知る魔物と紛れもなく同一の存在なのか。そして、何故秘言がこちらの世界にも存在するのかについてのヒントが得られるかもしれない。


 別段知りたくてしょうがないというわけでもないが、気になるものは気になる。

 綾辻が教室の扉を開き、三神が俺の隣に並ぶ。


「私の側を離れないで」

「‥‥もっと別の場面で聞いてみたい台詞だな」


 三神の静かな呟きに、俺は万感の思いを込めて答えた。ちなみに返事は返って来ず、ふざけられる空気感ではなさそうだ。実際、頭の中でガンガンと鳴り響く警鐘は昨日の比ではない。

そして、世には知られざる公務が始まった。



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