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サクラが教えるチートの正しい使い方  作者: 秋道通
第一章 呪殺の王と盲目の剣
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三神晶葉が教える睡眠の必要性

 廊下ですれ違った姦しい女子生徒の集団の中で、アッシュブロンドの少女が一瞬こちらを見たのは気のせいではないだろう。そして、その中に静かに佇む癖毛の少女が居るのも見て取れた。


 こうして意識して眺めていると、確かに三神晶葉は常に綾辻日々乃の近くにいるようだった。別段わざわざクラスまで見に言ったわけではなく、普通にしていても綾辻のグループは目立つ。教室移動の時や五分休憩の時間、少し探して見れば、見つけるのは難しくなかった。


 今思い返してみても三神は儚げな美しさを持った少女だ。確かに強い存在感を持った綾辻に比べれば陰に隠れてしまうが、それでも顔だけ見れば周囲の男子たちが放っておかないと思うのだが、あの伊吹でさえ三神のことは知らなかったのは驚きだ。


 あの希薄な印象のせいで、人の意識に残りづらいのだろうか。


 昨日は結局連絡先を交換して家に帰して貰い、それから連絡はない。俺は願い虚しく昨晩も悪夢にうなされたせいですこぶる寝不足である。


 しかも、初めてコードを使用したせいか凄まじく身体が痛い。一分と動いてないのに筋肉痛とか笑えないんですけど。何? 毎日やってるランニングの効果全然ないじゃないですかやだー。


「ふぁーあ」


 欠伸を零しながら、教室を出る。

 今は喧喧とした昼休み、既に弁当は食べ終えている。そんな俺が目指しているのは、校舎に囲まれた中庭だった。


 なんのためにかと言えば、昼寝をするためだ。つい最近見つけたのだが、中庭は天然の芝が敷き詰められているスペースがあり、そこがちょうど日が当たって心地よいのである。夜に十分な睡眠が取れない俺はこういった昼休みなどにちょこちょこ寝なければ身体が持たない。ただでさえ昨日は久々の戦闘と綾辻たちのせいで身体的かつ精神的に疲れているのだ。


 というわけで、良質な睡眠を求めて中庭の昼寝ベストポジに向かった俺はなのだが、そこで予期せぬ光景を見る羽目になった。


「なんでお前がここにいんだよ‥‥」


 そこには、人の視線など気にするものかと言わんばかりにスカートのまま寝そべる先約がいた。近づくまで全く気が付かなかった‥‥、擬態でもしてんのか。頭痛がする額に手を当て、俺はベストポジを陣取る少女に向かって、ついそう声をかける。


 その声に、彼女はゆっくりとした動作でこちらに振り向いて、顔にかかった癖っ毛を鬱陶しそうに払った。


「私としては、君がここに来る方が予想外だけど」


 丁度寝ようとしていたところだったのか、眼も半開きに顔を見せたのは、綾辻日々乃の同僚にして同級生の少女、三神晶葉だった。周囲を見渡してもアッシュブロンドの髪は見えないので、一人でここに来たのだろう。


 彼女はひどく気怠そうに身体を起こそぉぉぉおお!?


「‥‥なに?」

「‥‥い、いや、スカートの時は寝るのは止めたほうがいいんじゃない‥‥かな? うん」

「‥‥」


 三神が冷たい目でこちらを見て来るが、これに関しては俺は悪くないと思う。無防備に寝転がって起き上がったそっちが悪いというかなんというか‥‥本当にごちそうさまです。ちなみに薄い水色でした、何がとは言わないけど。


 三神は女子高生とは思えない程下着を見られたことに頓着していないらしく、無言でスカートを直して言った。


「何しに来たの」

「何しに来たのって、目的はお前と一緒だよ‥‥」

「ああ‥‥」


 俺の言葉に意図を察したらしい三神が、天然芝の開いているスペースに目を向け、ゴロンと再び横になる。

 どうやら気にしないから好きにしろということらしい。下着のことと言い、一々男らしい少女である。殺伐とした環境に身を置いているせいで気にしなくなったのか。


「‥‥」


 ところで同級生の少女の横に寝る、というのは少しハードルが高い気がするんですが。かといってここで教室に帰るのも負けた気がするし。


 なので折衷案として、人一人分程の間を開けて寝ることにした。携帯を取り出して接続したイヤホンを耳に着けると、アラームをセットする。


 春の麗らかな日和はまさしく春眠暁を覚えず。柔らかな空気に包まれて目を閉じようとした時、俺は気になっていたあることを思い出して、隣に声をかけた。


「なあ、そういえば一つだけ聞きたいことがあったんだが」

「‥‥なに?」

「いや、校門の前のところ、昨日の夜にボロボロになってたのに朝来たら直ってたからさ」


 そう、あの従僕のせいで怪奇事件の現場と化していた校門前。昨日は色々衝撃的なことがあったのですっかり忘れていたが、今朝学校に来てみてあら不思議、まるで何ごともなかったかのように校門の前は綺麗な状態に戻っていたのだ。


 俺の疑問に三神は「ああ‥‥」と呟き、


「君が日々乃に縛られている間に、私が直した」

「ああ、なるほど」


 それは、確かに納得できる話だった。

 別段三神の力を知っているわけではないが、消去法だ。綾辻は直す素振りも心配する様子も一切なく、そもそもあいつの適正はどうやら俺と同じ戦闘特化。確証はないが、どうしてかそんな確信があった。


 となれば、直せるのは一人しかいない。


 三神は言うことは言ったとばかりに口を噤み、俺ももう聞きたいことはなかったので目を閉じて安眠に浸ることにする。もはや俺の眠りを妨げることはたとえ魔物が出現したとしても出来はしな、


「あれ、七瀬くん?」

「ああどうした咲良。昼休みに会うなんて珍しいな」


 耳に心地よい鈴を転がすような声に、俺は跳ね起きて手を挙げた。


 邪魔くさいイヤホンを外しながら見やれば、濡れ羽色の髪を陽光に輝かせた咲良が手に本を持ってそこに立っていた。前髪の下から覗くクリクリとした瞳が愛らしい。


「いえ、お天気がよかったので外で本でも読もうかと思って来たんですが‥‥七瀬くんもここ知ってたんですね」

「その言い方だと、この芝生のとこに咲良もよく来るのか?」

「はい、外で本を読むのも中々気分が変わって気持ちいいですよ。それに‥‥」


 咲良はそこで言葉を切って、視線を俺から逸らした。その先にいるのは俺に背を向けて眠る三神だけだが、彼女がどうかしたのだろうか。


 そんなことを考えていたら、観念したように三神がもぞもぞと動いて身体を起こす。正面に立っておけばよかったとは思ってないです。


 少しばかり邪な思いに囚われたが、目の前で柔らかに微笑む咲良を見て気を取り直す。彼女はそのまま三神に話しかけた。


「三神さんも来てたんですね」

「‥‥今日は昼寝日和だったから」


 意外にも、二人は面識があるらしい。考えてみれば同じA組のはずなので不思議でもなんでもないのか。いくら本の虫の咲良とはいえ、友達くらい居て当たり前だろう。むしろ俺の方がクラスに友達がいない。伊吹? 知らない子ですね。


「二人とも、友達だったのか」

「‥‥友達というか」

「はい、少し前からお昼にここの芝で会うようになったんです」

「‥‥」


 ニコニコした咲良に言葉を遮られた三神が渋い顔をする。 


 まあ、咲良の押しの強さは捕まったら逃れられないので諦めてほしい。ただ、今のやりとりで何となく分かった。つまりクラスで話あうような仲ではなく、昼休みに寝に来た三神に咲良が勝手に仲間意識を持って話しかけるようになったとかだろう。


 見た所三神も本気で嫌がっているわけではなさそうなのは、咲良の人柄故か。鬱陶しそうには見えるけどな。


「もう、私は寝るから」


 面倒というよりは本気で眠そうな声で三神が言う。もしかしてあれから寝てないのか? 今日の仕事は終わりだと綾辻は言っていたけど。


 そんな俺の疑問を余所に咲良は三神に微笑んだ。


「おやすみなさい」

「‥‥」


 三神は返事をすることもなく横になる。

 ところで、俺は咲良が近くにいるような状況では寝ようにも寝れん。別に勿体ないからとかじゃないぞ? 知り合いがいる状況で、それを放置して寝るという行為がし辛いというだけだ。


 かといって放課後に部室で会うのとは勝手が違う。陽の下で微笑む咲良は普段よりも無邪気で明るい雰囲気を醸し出していて、なんと声をかけるべきなのか。というか、こいつ本当に近くで見ると綺麗な顔してるな。普段は前髪に隠れていて分かり辛いが、眼は大きいしまつ毛は長い。肌は抜けるように白く、光に照らされるとその透明感が際立つようだっ‥‥。


「ってうぉぉおい!?」

「? どうかしましたか?」


 キョトン、とした顔で首を傾げる咲良がすぐ近くにいた。

 いつの間に来たのか俺の隣で横座りして、本を膝の上に置いて開いている。使い古した革のブックカバーに、何度も捲ったのか擦り切れたページの端。それを大事そうに指で押さえたまま咲良は不思議そうな表情でこちらを見上げていた。


「?」

「あ、いや‥‥なんでもない」

「そうですか。突然大きな声を出したのでビックリしました」

「悪い。なんというか、こう何かが起きたというか」

「え、今の一瞬の間にそんなこと起こりました?」


 いや、本当にすまん。特に横で寝ている三神から恐ろしい怒気が発せられている気がしてならない。本当に寝ようとしている時に大声出してごめんね。


 何が起きたのかと周囲を見渡していた咲良が、そういえばとこちらを向いた。


「七瀬くんもよくここに来るんですか?」

「ん? まあ、たまに昼寝しようって時だけな」

「あ、三神さんと一緒ですか。すいません、お邪魔しちゃいましたね」

「そんなことは‥‥ないぞ?」


 そんなことはない。確かに俺が寝れない理由の九割九分九厘が咲良のせいだが、見方を変えれば俺のせいと言えなくもないんじゃないかなと思う。

 だが俺の煮え切らない発言にワタワタと慌てた咲良は、



「じゃ、じゃあ私の膝で寝ますか? あんまり気持ちよくはないかもしれませんけど、ないよりはマシかもしれません」



 と凄まじい発言をぶちかました。


「ぶふぁ!?」

「どうしたんですか七瀬くん!?」


 思わず噴き出した俺に、咲良が驚いて声をあげ、横で寝ているはずの三神から蹴りが入る。

 いや、ごめんなさい。そんなつもりはなかったというか、本当全部咲良が悪いというか。本当にごめん。


「おま、お前何変なこと言って」

「え、変でしたか? 確かに肉は付いてないなーってよくお母さんに言われますけど、そこまで固くないと思いますよ?」


 咲良はそう言って己の太腿をスカートの上からをぽんぽんと叩く。

 え、なに、そういう話なの? してもいいの膝枕? だって膝枕といえば布一枚隔てた咲良の生足に俺の頭を置いて寝る、ってことですよ? 


 咲良の脚はスカートから覗くふくらはぎの部分だけでも、質感の良さや柔らかさが見て取れる。確かに肉感的とはとても言えないが、その分絹のような上品さを醸し出している。そこに頭を置いて寝れるかどうかは別にして、俺の使っている枕よりは何倍も素晴らしいことは確かだ。


 こんなシチュエーションが許されるのってイケメンに限られるというか創作の中だけのことだと思っていたぜ‥‥。


「だが、流石にそれは‥‥」


 どうなんだろう、彼氏彼女じゃなくても膝枕ってしてもいいものなのか。こういう経験が人生の中でほとんどなかったので、どうしていいのかまったく分からん。乗せた瞬間捕まったりしない?


「? 別に膝枕程度なら疲れもしませんし、構いませんよ?」

「‥‥」


 なんでこの子は論点が微妙にズレていることに気付かないんだろうか。この無防備さはいっそ危機感すら抱くほどだ。


 しかし、ここで人生で二度とあるか分からない膝枕チャンスを逃してしまうのはあまりに勿体ない。本人がいいと言っているのだから、別に膝枕くらいならしても。


 とそこまで考えたところで、無情にも校舎から予鈴の音が響いてきた。


「あ、予鈴鳴っちゃいましたね。三神さん起こして戻りましょうか」

「‥‥ああ」

「‥‥あの、そんなに眠いんだったら今日の部活の時間は寝ていてもいいですよ?」

「いや‥‥気にするな」


 うん、本当に気にしないでほしい。ちょっとホッとしている自分がいることにヘタレという言葉が脳裏を過ぎるが、今はこれでよかったと自分を慰めるしかない。うん、泣いてないよ。


 ああ、膝枕‥‥。


 横で身体を起こした三神が、結局寝れなかったのか棘のある口調でぼそっと呟く。


「変態」


 それに関しては返す言葉もないわ。



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