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サクラが教えるチートの正しい使い方  作者: 秋道通
第一章 呪殺の王と盲目の剣
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夜の教室が教えるもう一人の守り人

 俺と綾辻の間に降りていた重苦しい沈黙を破ったのは、無機質な機械音だった。


「はい」


 携帯を取り出して耳に当てた綾辻が、そのまま教室を出て行く。色気もなにもあったもんじゃない着信音だったが、JKとしてそれでいいのだろうか。あれか、仕事用か。俺も将来仕事用とプライベート用の携帯は分けたいタイプだ。じゃないと、連絡先が友達より仕事関連の方が多くなりそうだし‥‥。


 そんなことを考えていると、再び教室の扉が開いて綾辻が入ってくる。既にその手には携帯は握られていなかった


「ん?」


 直後、手が軽くなった感覚に身体を動かしてみれば、先程まで身体を縛っていた鎖が全て消

え失せ、俺の身体は解放されていた。おお、これが釈放された気分か。


「七瀬凛太郎さん、あなたの嫌疑は調査結果から晴れました。長い間の拘束、まことに申し訳ございません」


 凝り固まった身体をほぐしていると、正面に立った綾辻がそんな畏まった口調で言うと、深く頭を下げた。え、なに。なんなの。


「いや、頭上げろよ‥‥。なんか気持ち悪いし」

「きもちわっ‥‥」


 顔を上げた綾辻の唇がひくつくが、正直さっきまでの態度を知っている身からすると、違和感がある。

 綾辻は気を取り直すように前に垂れた髪を後ろに払った。


「これは社会人としてのけじめよ。学生のあなたにはまだ実感出来ないかもしれないけど」

「そこはかとなく失礼だな、お前。だいたいそっちも学生じゃねーか。え、なに? それとも鯖読んで」


 いや、そんな食い気味に答えなくても。

 まあいい。俺が善良な一般市民であるということが証明された以上、もうここにいる必要はない。下手に首を突っ込みすぎると本当に戻れなくなりそうだ。俺はまた明日から平凡で平和な日常に帰るのである。


 しかし、世の中そんなには上手くいかないらしい。


「待ちなさい七瀬。なにを帰ろうとしてるの」

「おいやめろ離せ。これ以上の面倒事はごめんだ」


 俺は背後から襟後を掴む綾辻に言うが、その意見は溜息と共に黙殺された。


「あなた、今はあくまで前科なしとして判断されただけであって、根本的な問題が解決されたわけじゃないわよ? むしろ忙しいのはこれからに決まってるじゃない。フォルダーとして登録が必要だし」

「その登録ってのはなにか? 近所の市役所でも出来るんだよな?」

「出来るわけないでしょう。ちゃんとフォルダー専用の施設があるから、そこにいってコードの調査やらアンケートやら色々やることがあるわ」


「ほう‥‥、ちなみにどれくらいかかるんだ、それは?」

「確実に丸一日は潰れると思うけど、私もあなたの年齢で登録する人を見るのは初めてだから、正確にどれくらいかかるかは分からないわね。場合によっては数日かかる可能性もあると思う」

「‥‥」

「無言で逃げようとするのはやめなさい。どうせここで逃げたって同じ学校に通っているんだから何の意味もないでしょう」


 そう言いながら人の襟後を掴み続ける綾辻は、一切俺を逃す気はないらしい。これだから公僕は頭が固いとか言われるんだ‥‥っ!


「とりあえず、登録に関しては追って連絡が入るそうだから、それまでは私があなたの担当として動くように言われているから」


 どうやら明日からいきなり登録とか言われるわけではないらしい。恐らく話を聞くに、綾辻が色々とサポートとして動いてくれそうなので、それに関しては助かる話‥‥だ‥‥。


「いやおい待て、それって要は監視じゃないだろうな」


 思い付いた嫌な予感に、振り向いて問いかけると、綾辻は一瞬だが確かに目を逸らした。その気になればコンマ一秒風に煽られたスカートさえコマ送りのように捉える俺の目は誤魔化せない。


 しかし綾辻は何ごともなかった首を横に振って言う。


「そんなわけないでしょう。フォルダーに関してのアクセスはネットでも規制されているから、担当者がいないと登録に辿り着くことすら出来ないわよ。だいたい‥‥」


 と、そこまで言いかけたところで、綾辻は口を噤んだ。

 それは別段俺が何かしたというわけではなく、俺の背後から聞こえた音に綾辻が驚きの表情を浮かべたのだ。


 その音は恐らく教室の扉が開く音。本来であれば俺と綾辻がいることさえ異常なこの状態で、鳴るはずのない音だ。


「はあ‥‥」 


 溜息のような綾辻の声を耳に聞きながら、俺は後ろを振り返った。

 暗い廊下の中から、陵星高校のセーラー服に身を包んだ少女が一人、教室の明かりに照らされて浮かび上がる。


 ‥‥え、誰。


 俺の困惑を余所に、少女はてくてくとこちらに歩いてくる。背丈は綾辻よりもいくらか低く、咲良よりは高いだろう。亜麻色の癖っ毛が肩口を超す程度に延ばされ、髪の隙間から見える顔はどこか気だるげで、何を考えているのか読み取りづらい。 


 ただ、その顔立ちはどこか見る人を惹き込んで堕落させるような、退廃的な美しさがあった。もし綾辻日々乃を太陽だとするのなら、この少女は月だろう。それも空に浮かぶのではなく、湖面に映る不確かな美しさだ。

 それは、彼女の持つ特異な印象から生まれたイメージに違いない。


 この少女、ひどく気配が薄い。今こうして目の前に立たれていても、その存在は希薄で、視界に映るのに認識が甘くなるような、そんな不思議な違和感を持っている。


「誰‥‥?」

「どうして来たの、晶葉。待っていなさいって言ったはずでしょう」


 俺の言葉を遮って後ろから放たれた綾辻の言葉に、少女は何てことの無い口調で答える。


「もう確認は取れたから、こうして拘束が取れている。違う?」

「それはそうだけど‥‥」


 俺のことを放って、話し続ける二人。どうやら知り合いのようなので、そこは一安心だろう。人体模型が歩いているとかならまだいいけど、幽霊とか殴れなさそうなのは普通に怖いです。

 とりあえず、間に立っていても邪魔だろうと退こうとした時、晶葉と呼ばれた少女が俺の顔を下から覗き込んだ。


 そして、


「君が‥‥新しい守り人候補?」


 そんな恐ろしいことをのたまいやがった。


「はあ!?」

「何を言ってるの晶葉‥‥」


 俺と綾辻、二人の困惑した声が響く中、少女は変わらず淡々とした声で続ける。


「上の連中は、なんの訓練も受けてない人間が木偶を倒したって聞けば、必ず守り人としての進路を進めると思う」

「だからって何も今言う必要はないでしょう‥‥」

「おい待てお前ら、いきなり出てきて勝手に不穏な会話を進めるな」


 俺が守り人とか、ふざけるなと言いたい。俺は将来公務員になって安定した給料をもらい、好きな人と家庭を持って平凡な日常を送ると決めているのだ。守り人も確かに公務員は公務員かもしれないが、十五歳が働かされている時点でとてもブラックな匂いがする。


 だが、そんな俺の強固な意志などどこ吹く風で、少女はマイペースに言う。


「私、三神晶葉。日々乃の同僚で、一年A組所属。君は?」

「あ、ああ。俺は七瀬凛太郎だ。一年C組だ」

「そう、よろしく‥‥」


 言葉と共に差し出された右手に、一瞬躊躇する。女の子の手とか握っていいの? という童貞特融の躊躇いではなく、この手を握ったらなし崩し的に面倒事に巻き込まれる、そんな嫌な予感が首筋を焼くのだ。


「?」


 しかし、こうして見つかってしまった以上は、登録とやらは必ずしなきゃいけなさそうだし。仕方ない‥‥。


「ああ、よろしく」


 こうして、俺は三神の小さくて柔らかな手を握り、前世だけでなく今生でも非日常に関わる羽目になった。




 既に町は泥のような闇に沈み、静寂だけが夜風と共に満たされている。支配者のように月が見下ろす学校から光は完全に失せ、プリンを買うのを忘れた俺は当然の如く姉になじられた。


 世の中は不条理と理不尽で溢れていて、いつだってその手をこまねいている。それを切に感じながら、俺は今日くらい何事もなく眠れるように願い、布団に潜り込むのだった。



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