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サクラが教えるチートの正しい使い方  作者: 秋道通
第一章 呪殺の王と盲目の剣
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朽ち木の従僕が教える秘言の力

 異世界転生にもパターンがいくつか存在するが、俺は生まれた時から前世の記憶があるタイプではなく、母親の授乳プレイやべーとか思ったことはない、というか考えたくもない。


 さて、そんな俺が何故自分を転生者だと自覚するに至ったかといえば、それは物心ついたころから見る夢に起因する。


 夢の中で俺はテレビでも見たことのない街の中を、土と廃棄物の残骸に汚れた襤褸を身に纏って、裸足で歩くのだ。道行く人間は俺のことなど路傍の石ころとしか思っておらず、侮蔑の目すら向けられない。そんな中、視線の先にそびえ立つ白亜の城を見て夢の中の俺が感じていたのは、果たして憧憬だったのか怒りだったのか。起きた後の記憶は霞のように朧気で、しかし、ただ燃えるような意志があったことだけは、眼を覚ました後も覚えていた。


 それからというのも、夢を見る時は必ずその世界に俺は立っていた。ある時は地べたに這いつくばる少年であり、ある時は森の中で怪物の首を裂く青年だった。


 身を貫かれるような激痛に夜中目覚めることも多く、今思えば夜のランニングも夢すら見ない深い眠りを求めてのことだったのかもしれない。身体を鍛えねばという強迫観念に駆られた可能性も否定は出来ないが。


 さて、しかしながら異世界での記憶を持っているからと言って現実でなにか益があるかと言われれば、ほぼ存在しない。逆の立場であれば現代知識チートなんかもあったかもしれないが、俺の場合はせいぜい平和な世界に感謝出来るくらいである。


 故に、生涯を通して理由も意味も分からん夢を見続けるのかと思っていたのだが、最近の異世界転生小説を読んでいて気付いてしまったのだ。


 そうか、俺って異世界転生してたのかと。何の確証があったわけでもないが、不思議とその考えはストンと自分の中に納得をもたらしてくれた。


「‥‥で、結局これはどういった状況なんだ」


 俺は朝も通った校門に近づくと、しっかりと閉じられていることを確認する。どうやらこの背筋を凍らせるような不安は視界的な違和感から来ているわけではないらしい。コソ泥が入り込んでいる程度ならよかったのだが。


 だが、身体を這い回る悪寒は時間が経つごとに増していっている。


 一番賢い選択肢は、何も見なかったことにしてこのまま帰ることだろう。下手におかしなことに首を突っ込むのは愚か者の所業であり、それは俺の望む日常とは違う。非日常だの刺激的な出来事だのは創作と前世だけで十分だ。物語の主人公って何がいけないって、こういうところで変に首を突っ込む点だと思う。そのくせして据え膳前にして突っ込めないのはどうしてだろうか。もしかしてどんな厄介ごとよりも女の方が危険ということか‥‥。


 さて、そんなどうでもいい話は今度咲良に振るとして、しかしながら、問題は不可解な状況がこの陵星高校で起きているということだ。こっちは明日からもこの学校に通い、そして部活に出なければならない。

 正直気は進まないが、咲良のことも考えると原因は突き止める必要がある。


「つっても、これ勝手に学校入ったら不法侵入とかになるのか‥‥」


 校門無理に乗り越えたら警備会社に連絡が行きました、とか笑えない。良くて停学、馬鹿正直に嫌な雰囲気がしたので乗り込みました、なんて言った日には中二病患者として高校三年間を過ごすことになりかねない。


 どうしよっかなーと一人考えていたら、なにか首筋にチリチリと焼けるような感触を感じ、思わず振り返った。


「なっ‥‥!?」


 そして、声が漏れる。




 いつからそこにいたのか、それとも最初からいたのか。視界の先、校門の目の前の道路に、そいつはぽつねんと突っ立っていた。




 擦り切れた襤褸のような外套を身に纏い、その隙間から見える肌は黒い枯れ木の如き質感。身長は二メートルを超える程度だろうか。その細い体躯と相まって、さながら歪んだ朽ち木がアスファルトから生えているような印象を覚える。


 まるで、異質。


 ただそこに立っているだけで周囲を汚染する、薄汚れた気配を撒き散らす不快感。

 この存在は、世界に認められない。認められてはならない。そう、本能が警鐘を鳴らしている。

 というかだが、別に俺が驚いているのは決しておかしなものを見たというだけではない。

 もっと根本的な理由がそこにはあった。


「なんでお前がこっちの世界にいんだよ‥‥っ!」


 そう、それは既視感。俺は目の前の異形を間違いなく知っていたのだ。

 枯れ木の怪物が襤褸のフードを歪めて、こちらに顔を向ける。そこにはおおよそ顔として必要な器官は一つも存在せず、ただぽっかりと洞のように空いた丸い深淵がこちらを覗き込んでいた。


 実際に見るのは初めてで、これまでこんな奴の存在なぞ思い出したことなど一度もなかったが、実物を目にしたこの瞬間、俺の頭の中には目の前の異形についての知識が溢れ出していた。


 人の死骸に根を張って生まれると言われた、災禍を振り撒く者。『朽ち木の従僕』と呼ばれるこの怪物は、〝恐慌〟と〝呪殺〟の秘言を核に生まれた魔物だ。あちらの世界では、不幸の象徴とも呼ばれた忌み嫌われていた。

 というかこいつ、生物に対しては基本的に攻撃的‥‥


 ――ヴォオォォォオオォオ。


 突如、不気味な音がこちらを向いていた洞の中から響き渡り、従僕の身体が真ん中から折れ曲がる。

 それは、俺の知る限りでは突進のための予備動作。


「っ!?」


 その姿を見た瞬間に、反射的に足が地を蹴っていた。


 ギチギチと枯れ木の如き脚が力を蓄え、深く沈遂した状態から路面を蹴り砕いて従僕が走る。

 一瞬の内に伸びて刃を模った左手が勢いのまま下から跳ね上がり、アスファルトの破片を撒き散らしながら、ついさっきまで俺の立っていた空間を切り裂いた。

 夜風の上げる悲鳴と共に、すぐ隣を通過していく殺意の権化。しかしこちらにはそれを気にしている暇もない。


「いっつ!」


 無理な体勢で横に跳んだせいで身体を思い切り打ち付けながらも、距離を取るように転がってなんとか体勢を立て直す。

 従僕はなんの力も無いと侮っていた獲物に逃げられたことが不思議なのか、歪な剣と化した左手をゆらゆらと揺らしながら再びこちらに洞の顔を向けた。


 今避けられたのは偶然以外のなにものでもない。頭で考えるよりも先に身体が動いたというべきか。

ならば逃げるか? いや、駄目だ。背中を見せるのだけは決してしてはならない。


「なら‥‥」


 従僕が左手を振り上げ、こちらとの距離を詰めんと歩き出す。今度は確実に近づいて仕留め

るつもりなのか、どこを見ているのかも分からないはずの洞の顔が俺の目をしっかりと覗き込んでいるような気がした。


 ――なら。


 瞬間、まるで闇の中感覚が鋭敏になるように、無駄な意識が削ぎ落されていく感覚を持った。聞こえていた全ての音が遅延し、見開かれた目は従僕が走り出す動きを確かに捕らえる。


 振り上げられた刃はこちらの右肩から入る袈裟切りの軌道。


 それに対し、俺は当然の動きの如く左手を刃の側面に当てるようにして振り上げた。たとえ横から叩こうが、ほんの少しズレが生じればこの腕は宙を舞うだろう。


 だが、そうはならないことを俺は知っている。

 それは長い年月をかけて使い慣れた技術のように、呼吸をするような自然さで。思い返せば、こちらの世界に生まれ落ちてからはまともに使ってこなかった、いや、使おうと考えたこともなかった〝力〟を発動させる。


 直後、腕と刃がぶつかった瞬間、硬質な物同士がぶつかるような鈍い音が響き渡り、光が夜の帳に散った。しかし、それは物理的な原理によって生じた火花などではない。


 それは、言葉の輝きだ。前世の世界において、神々亡き後に残された、力有る言葉。

 権能、秘言、神言。地域によって呼ばれ方は様々だったが、それらは全世界において生活や生産活動、そして戦いなどあらゆる場面において使用されていた。そして、これを使えるのは決して人間だけではない。


 目の前の『朽ち木の従僕』も元をたどればこの秘言から生まれた存在である。 


 今俺の左手を要に発動された秘言は〝強化〟。従僕の刃を手の甲から肘まで滑らせるようにして捌きながら、左脚を従僕の外側へと踏み込む。そしてその左脚を軸にして、腰の横に引き絞った右手をがら空きになった従僕の脇腹に抉るようにして叩き込んだ。


 ミシミシと拳の先から不快な音が伝わり、従僕から苦悶の声が漏れる。

 『朽ち木の従僕』は扱う秘言が厭らしく、身体能力も高いが、その反面戦闘における勘や耐久性は低い。


「ふっ!」


 故に、防ぐことも許さず撃ち込まれた一撃は、そのまま大した抵抗もなく従僕の身体を貫いた。

 直後、上半身と下半身をほとんど千切られかけた従僕の身体は、まるで最初から存在しなかったかのように崩れ、淡い光りの欠片となって空へと溶けていく。〝恐慌〟と〝呪殺〟を意味する言葉から生まれた存在であっても、こうして消える時は儚げで美しかった。


 秘言は使用する存在が居てはじめて力を持つ。故に、秘言を核として生れた魔物が死ねば、近くに適合者がいればそちらに宿るが、そうでなければこのように消えていくことになる。


 あちらの世界でもこの消えた秘言が本当に消えているのか、それとも循環し新たな宿主を探しているのかは未だ解明されていない。神の在り様にも近いものを人の身で知ることは出来ないということだ。

 まあ神などといった連中は大概一癖も二癖もあるので、下手に関わらない方が無難だ。まさしく触らぬ神に祟りなしである。秘言を使用している時点で言えた話ではないかもしれないが。


「さて‥‥」


 ところで、問題はここからだ。

 既に嫌な雰囲気は消え、先程までの悪寒は『朽ち木の従僕』が理由だったとして間違いないだろう。

 つまり、これで諸悪の根源は消えたわけだが、


「これ、どうすんだ‥‥」


 目の前には、蹴り砕かれ、一直線に荒々しい切れ込みが入った路面。日常生活では決してお目にかかれないような惨状だ。俺にはなにかを修復するような能力は一切ないので、これはどうしようもない。

 明日の朝には新聞の一面を大々的に飾り、大騒ぎになるだろう。そうなれば、俺の求める平穏な日常は崩れ去ることになる。


 だが、マジでどうしようこれ。こういう時役に立つ能力って夢の中でも使えた覚えがないんだが。

 そんなことを考えながら、途方に暮れていた時。


「‥‥?」


 トンっ、という軽やかな音と共に、視界の端に何者かが現れた。


 その人影が降り立ったのは、俺の立つ地面ではなく、校門の上。見慣れたセーラー服のスカートが風に靡き、そこから伸びる白い脚は艶めかしくすらある。


 これは後になって思い返してみればの話だが、もし俺の非日常の入り口が口を開けていたとすれば、それは咲良との会話でも従僕との戦闘などでもなかっただろう。

 こいつとこんな場面で出会ったことこそが、まさしく俺を飲み込んで走り出す狂騒の始まりであった。




「あなたが何者か、聞いてもいいかしら」




 聞けば思わず背筋を伸ばすような、凛とした声が降ってくる。

 彼女――綾辻日々乃は、俺が見上げた先で、夜の空に浮かぶ月を背負い、そのアッシュブロンドの髪を怪しくも美しく輝かせていた。




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