負けん気のスパイス
僕は美由紀の寝顔をぼんやりと見つめながら、そのふっくらとした頬に指を突き立ててやりたい衝動に駆られる。しかし、そんなことをしたら、きっと彼女は飛び跳ねて起き、僕の頭を物凄い勢いで、まさしく蠅を殺すように、容赦なくぶっ叩くだろう。
いつもは番長のごとき気の強い美由紀だけれど、寝顔だけはまるで天使のように、いや妖精のように、可憐でとても美しい。いつまでもこんな風に天使のままいてくれたらいいのにと思うけれど、そんなこと言ったら(以下略)
とにかくもう夜も明ける頃合いなので、僕は早々にベッドから出ると、薄いシャツを着て、リビングへと赴いた。すると、綺麗なビロードのような木漏れ日がカーテンに降りていた。
僕はゆっくりと伸びをし、キッチンに立って朝食のサンドイッチを作ることにした。薄く焼け目の付いたトーストにレタスやハム、チーズを挟んで胡椒などを掛けていく。そして、バナナジュースをミキサーで拵え、彼女が起きてくるのを待った。
そして、午前七時きっかりに彼女が寝惚け眼を擦りながら、ゆっくりとリビングのドアを開いた。朝のニュースを見ていた僕は振り返って、「おはよう」と小さく声を掛ける。彼女はどこか剣呑な眼差しを僕に向けると、少しだけ笑って、「おはよう」とはにかみながら入ってきた。
そして、思い切り頬をパチンと叩くと、「よっしゃあ、それじゃガッツリ食うか!」と僕には目もくれず食卓につき、サンドイッチを豪快に食べ始めた。僕は小さく苦笑しながら、自分も「いただきます」と手の平を合わせてサンドイッチに口を付けた。
何でもない一日だけれど、僕にとっては、おそらく美由紀にとっても、本当に大切にしたい宝物の一つだった。僕はこれからも彼女の傍で、薄く焼けたサンドイッチを作り続けていきたいと思う。
彼女の負けん気の強さは、サンドイッチに掛けられた少しのスパイスと同じだ。
了