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ミステリ専門書店〈谷藤屋〉不定期営業中  作者: 庵字
猫探偵の代名詞『三毛猫ホームズの推理』赤川次郎 著
9/32

『三毛猫ホームズの推理』ネタバレありレビュー

三毛猫(みけねこ)ホームズの推理(すいり)』を読み終えた僕は、いつものように谷藤(たにとう)屋のドアを押した。読み終える前に何度訪れても、このドアが固く閉ざされていたことは、もう言うまでもない。


「いらっしゃいませー」


 谷藤さんの声が迎えてくれるのも、僕以外に客の姿がないことも、いつもの通りだ。


「読み終えましたよ。『三毛猫ホームズの推理』」

「どうでしたか?」


 早速、本の話題に入る。


「面白かったですね。意外なほど、と言っては失礼ですけれど、本格ミステリしていて。読む前の先入観が払拭されましたね」

「そうでしょう、そうでしょう」谷藤さんは満足そうに頷きながら、「コーヒー淹れてきますね」


 と一旦レジの奥に姿を消した。二人分のコーヒーを持って来てくれた谷藤さんと、レジカウンターを挟んで座った僕は、


「何て言うか、もっと、ちゃらちゃらしたものを想像していたんですけれど、がっつり殺人事件が起きて、ドロドロした人間模様もあって、極めつけは、あの密室トリック。堪能しました」

「でしょう。赤川次郎(あかがわじろう)は、第9回日本ミステリー文学大賞の栄冠にも輝いているんですからね」

「それと、とても読みやすい文章なことも気に入りました。谷藤さんがおっしゃっていたように、軽い文章の中に本格的なミステリの重厚感を入れるという、今はやりの手法の先駆けですよね。四十年も前に、こんなミステリがあったことが驚きです。それと、さっきも言いましたけれど、この作品の肝は、やっぱりあの密室トリックですよね。トリック事態も素晴らしいですけれど、犯人が事前にプレハブ内の椅子や机を運び出していたという、事前作業をしっかりと提示していることと、それを行うための手段、可能だったのは誰か、という手掛かりに使っているところも憎いですね」

「ほうほう、そこに目が行くとは、永城(えいじょう)さんも、かなり本格ミステリを見る、いえ、読む目が肥えてきましたね」

「いやあ、谷藤さんのおかげですよ。あと、片山(かたやま)刑事がトリックを見破るヒントになた、ホームズの行動」

「マッチ箱を立てようとして爪で引っ掻くところですね。探偵が身近な人のちょっとした言動からトリック解明のヒントを得るって、本格ミステリの見せ場ですけれど、猫ならではのヒントで、しかも、かわいい!」

「ええ、でも、かわいくて軽快なだけじゃない。女子大生殺しの犯人は、サイコスリラー的な怖さがあるし、最後も決して無条件なハッピーエンドで終わっているわけじゃない。ミステリならではの物悲しさ、虚しさが余韻として残って、変な言い方ですけれど、そこが好きですね。作中で人が死んでるのに、全てが丸く収まってめでたし、めでたし、という能天気な終わらせ方をしない。殺人が起きるストーリーとしての責任をきちんと背負っている。決して軽い話じゃない」

「うふふ」

「な、何か変なこと言いました?」

「いえ、全然。永城さんも、見る目が肥えるとともに、ミステリについて語るようにもなってきましたね。嬉しいです」

「そ、そうですか……」

「今度、ぜひじっくりと語り合いたいですね」

「えっ? 本当ですか? そ、それじゃあ……」

「そのためにも、またご来店いただいて、もっとミステリを読んで下さいね」

「そ、それは、もちろん……」


 そんな流れで、僕は谷藤屋を辞することになってしまった。いつの日か、店先でなく、喫茶店やファミレスで、じっくりと谷藤さんとミステリ談義に耽ることを夢想しながら……。

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