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ミステリ専門書店〈谷藤屋〉不定期営業中  作者: 庵字
ミステリ界最大の謎!『競作 五十円玉二十枚の謎』競作アンソロジー
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『五十円玉二十枚の謎』プレビュー

「いらっしゃいませ」


 店内に入った僕を、いつものように谷藤(たにとう)さんの明るい声が迎えてくれた。何だかこの店に来るのも随分と久しぶりな気がする。


「今日は、どんなミステリをお勧めしましょうか?」


 続けてそう声を掛けてくれた谷藤さんだったが、僕はミステリの話をする前に済ませる用事があった。


「これ」僕は握っていた手を開いて、「店の前に落ちてたんですけど、谷藤さんのものじゃないですか?」


 と、一枚の五十円玉を差し出したが、


「いえ、違いますよ」


 谷藤さんは即座に否定した。どうしてそんなに言い切れるのだろう? もしかして、とも少しも思わないのかな? 谷藤さんは。が、そんな疑問を持ったところで食い下がる必要もないと判断した僕は、


「それじゃあ、交番に届けてこようかな」


 銀色に輝く穴の空いた硬貨を握り直した。


永城(えいじょう)さんて、真面目ですね」


 谷藤さんは、くすり、と笑みを浮かべた。


「い、いえ……そんなことは」


 僕はどぎまぎして下を向いてしまった。


「永城さんのそういうところ、好きですよ」

「えっ――?」


 聞き捨てならない言葉を耳にした僕は、がばりと顔を上げたが、


「あ、そうだ」谷藤さんは、ぽんと両手を打ち合わせると、カウンターの向こうから出てきて書架の前に進む。

 今、何ておっしゃいました? と言質を取ろうかと僕が逡巡している間に、彼女は、


「それじゃあ、今回はこれをお勧めします」


 僕に向けて手を差し出してきた。その小さな手の平に載っていたのは五十円玉ではもちろんなく、一冊の文庫本だった。が、ある意味「五十円玉」が載っていたと言っても間違いではないかもしれない。


「『五十円玉(ごじゅうえんだま)二十枚(にじゅうまい)(なぞ)』?」


 僕はカバーに書かれている書名を読み上げた。その下には、ずらりと十数名もの名前が列挙されている。作者の名前に違いないと僕が分かったのは、その中に知っている作家の名前を見つけたからだ。


「これは、いわゆる〈選集(アンソロジー)〉というやつですか?」


 一冊の本に複数の作家名が載っているということは、そうに違いないと僕は察したのだが、「うーん……」と谷藤さんは首をちょこんと傾げて、


「ちょっと違いますね。これは選集というよりは競作です。ほら、ここに書いているでしょう」


 谷藤さんが指さしたタイトルの上には、確かに小さく「競作」とあった。ということは、正確にはこの本のタイトルは、『競作 五十円玉二十枚の謎』となるわけか。谷藤さんの解説は続き、


「この本、どういった内容なのかといいますと……」


~あらすじ~

 本屋でバイトをしていた女の子は、ある土曜日の夕方、奇妙な客と遭遇した。「客」と呼ぶのは相応しくなかったかもしれない。その男は店に入るなり、本には一切目もくれずに女の子の立つレジに向かうと、「千円札と両替してください」握りしめていた何十枚もの硬貨を並べた。それは全て五十円玉で、全部で二十枚あった。女の子がレジから千円札を取り出して渡すと、男は奪うようにそれを受け取り、礼も言わずに店をあとにした。

 それからも度々、男はどういうわけか土曜日の夕方にだけ姿を見せ、それまでと全く同じように、二十枚の五十円玉を千円札に両替してもらうという行動を繰り返す。

 レジを担当していた女の子はそれからすぐに体調を崩してバイトを辞めることになってしまったため、ついにこの「両替男」の正体も目的も明らかにされることはなかった。


「このバイトの女の子というのが、作家の若竹七海(わかたけななみ)です。彼女がミステリ作家が集うある席でこの謎を披露したことで、何人かのミステリ作家がそれぞれ独自の「回答」を小説として執筆することになり、さらにはなんと、「回答」の一般公募までしてしまったのです。こうしてここに、世にも珍しい、〈五十円玉両替男〉の謎を巡るプロアマ混合の競作アンソロジーが完成したのです」

「えっ? それじゃあ、この〈両替事件〉は、実際に起きたことなんですか?」

「そうです」

「それは凄い……」

「以来、この〈五十円玉二十枚の謎〉はミステリ界で最も有名な謎となったんです。このアンソロジー以外にも、以前ご紹介した『ノッキンオン・ロックドドア』の作者である青崎有吾(あおさきゆうご)も、『風ヶ丘(かぜがおか)五十円玉祭の謎』という、同じ問題を扱った短編を書いているほどです」

「読みたい。買います」


 迷うわけがなかった。


「はい。ありがとうございます」


 谷藤さんはカウンターの向こうに戻ってレジを打ち、てきぱきと本にカバーを掛けてくれた。

 はやる気持ちで谷藤屋をあとにした僕は、読書の友とするためのコーヒーを買い求めようと、途中でコンビニに寄った。


「あ、そういえば……」


 僕は懐に戻したままだった拾った五十円玉を、レジ横に置かれた募金箱の中に落としたのだった。

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