『首無の如き祟るもの』プレビュー
「今日は私ですね、ちょっと永城さんに頑張ってもらおうと思っています」
「ど、どういうことですか?」
開店していた谷藤屋を訪れた僕は、挨拶を済ませるなり、店主の谷藤風さんから告げられた。
「今回、私がお勧めするミステリは……これです!」
「あ、厚い!」
谷藤さんが差し出してきたのは、目分量で厚さ二センチは優に超える文庫本だった。
「三津田信三 著『首無の如き祟るもの』です!」
~あらすじ~
奥多摩深くの山村、姫首村では、三つに分かれた旧家が村を取り仕切っている。その中でも現在まで長くに渡り村を支配し続けている一守家の跡取り、一守長寿郎が参加する、十三夜参りと呼ばれる儀式の最中、事件は起きた。長寿郎を慕う使用人、幾多斧高の目の前で「首のない怪人」が現れて消え、井戸の中から死体が発見されたのだ。事件の犯人も分からぬまま時は流れ、一守家を更なる惨劇が襲う。密室と化したはずの山中で続出する首無し死体。一連の事件は当地に宿る魔物「首無」の祟りなのか? 事件に関わったある当事者の妻が、夫の残した記録をもとに、小説として事件の再構成を試みるのだが……。
「何だか骨太なミステリみたいですね……うわ、登場人物が多い!」
僕は谷藤さんから本を受け取って、冒頭に掲載されている〈主な登場人物〉を見て言った。上下二段で二ページにも跨っている。そんな僕の顔を見て、谷藤さんは、
「心配いりません。メインで出ずっぱりのキャラクターは数人程度なので、戸惑うことなく読み進められますよ」
「そ、そうですか……。人物表の他にも、村の略図もありますね。これはかなり本格的な作品ですね。あ、シリーズものなんですね。本の裏に〈「刀城言耶」シリーズ傑作長編〉とあります」
「はい、この『首無の如き祟るもの』は、怪奇幻想作家、刀城言耶が探偵役を務めるシリーズの第三作目なんです」
「三作目ですか。一作目と二作目を飛ばして、いきなり三作目から読んでも大丈夫ですか?」
「その点も心配いりません。基本、刀城言耶シリーズは各作品ごとが独立していますので。旧作では容疑者だった人物が、後の作品でレギュラーで登場する、なんていうことはありませんから(※現在のところは)。それにですね、刀城言耶シリーズを未読の方は、まずこの『首無』から読むという手もありなんですよ」
「どういうことですか?」
「それはですね、本作では探偵役の刀城言耶が、なかなか登場しないからです。シリーズを読み進めて、探偵役に愛着を持ってしまうと、シリーズものなのに探偵が全然出て来ない、ってやきもきしてしまいますから」
「ああ、なるほど。まだ知らない探偵なら、出番が少なくても気にならないということですね。それにしても、この厚さといい、登場人物の多さといい、これは読むのに骨が折れそうですね。谷藤さんが僕に、頑張ってもらいたいって言っていたのは、こういうことだったんですね」
「はい。でも、頑張ってほしいというのは、読むこと自体ではなくて、読むきっかけを頑張って作ってほしい、という意味です。こんなおどろおどろしいタイトルですけれど、一旦読み始めれば、すんなりと入っていけますし、事件も割合すぐに起きますから、絶対に退屈はさせませんよ」
「そうですか、谷藤さんのお墨付きなら、間違いないですよね。では、これをお願いします」
「お買い上げ、ありがとうございます」
谷藤さんは僕から受け取った本をレジに持っていき、いつものようにカバーを掛けてくれる。
「谷藤さんって、カバー掛けるの上手ですよね」
「えっ? そうですか。ありがとうございます。カバー掛けは、書店員のたしなみですから」
「実はですね、この〈谷藤屋〉が開店する前も、ここは本屋だったんですよ。そこにもカバーを掛けるのが上手い店主がいて、あ、谷藤さんとは違って、凄いお爺さんだったんですけれど……」
「はい、永城さん」
僕が言い終える前に、谷藤さんは綺麗にカバーを掛けた本を差し出してきた。
「あ、ああ、はい」
僕は慌てて財布を取り出して会計を済ませる。
「感想、聞かせてもらえるのを楽しみに待っていますね」
「はい。それじゃあ……」
結局、前の本屋についての話は続けられないまま、僕は谷藤屋をあとにして家路についた。