第五話:自分
・・・
数か月後のある日、自分から少し離れたところのケースで歓声が上がった。
研究者たちは肩を組みあって喜んでいる。
ケースの中で様々な推測をしてきた。おそらくこの研究所では何らかの能力を持つ、もしくは能力の高い子供を人工的に作っているのではないか。
そう根拠付ける確かな理由というのはない。
しかし、人為的にDNAの配列を組み換えたりして優位性を持つ人間を作り出そうという考えは、前世の世界にもあった。前世の世界では倫理性を問われ、表向きには禁止されていたが。
この世界でも恐らくだが禁止はされているのであろう。人を見た目で判断するなとはいうが、例外を除いて人の全体像というのは表に出てきてしまうものである。この研究者たちには、倫理性を理解した上で、自分の知識、理解の欲求を満たすために、その倫理を無視している節が見られる。
その証拠に、
彼らは、赤ん坊が死んでも、まるで消費期限が切れた残飯を処理するかのように、死体を扱っていた。
そんな彼らが喜んでいる。恐らくだが、特異的な力を持った、能力の高い子どもが完成したのであろう。
吐き気がする
また別のケースでも歓声があがった。
・・・
自分には特異的な能力はなかったのだろう。
数か月がたったが研究者たちは歓声の上がった二つのケースに入っている子供にいまだにつきっきりになっている。
ケースを囲む研究者たちの顔はいつも興奮と探求心のつまった真剣な表情で固められていた。
対して自分には、腫物を見るような、ごみを見るような視線が向けられていた。
自分に能力がなかったことに関しては悲しみはない。(今後普通に暮らしていけるならという条件付きだが)
しかし、疑問が残る。
能力が無かったのならどうして自分はまだ生かされているのだろうか。
完成された子どもが生まれてから、彼らは新たな子どもを作らなくなった。
他にたくさんいた赤ん坊は食料が与えられなくなり栄養不足からか次々と死んでいき、次々と処理されていった。
しかし、自分にはわずかながら食料が与えられなんとか生かされている。
どうしてだろうか。
自分が一番最初に作られた個体(実験体)であったのは、少し前に研究員たちの話から知ることができた。
最初に作られた個体だから、記念に生かせてやっている?
暇つぶし?
なんとなく?それともまだ何かの実験に使うから?
様々な推測が浮かんでは、答えが出ないままに宙に漂っていく。
目的のない「生」というのは、とても怖い。
生きる、生きている理由といのは、また生きることを支える柱になる。力になる。
この環境で、自分の精神が少しづつ狂ってきていることは自覚していた。
とにかく
自分が生きている理由がほしい