第一話:転生
自分の歩んできた人生を一言で表せ、と問われたら、あなたはどう答えるだろうか。
「波乱万丈」、「順風満帆」、とまあ色々と答えようはあるだろう。
どうしてこんなことについて話している(正確には口に出してはいないのだが)のかというと、今まさに自分の今世が終わりを迎えようとしているからだ。
僕の寝ているベットの周りには、心電図、脈拍、酸素飽和度、呼吸数などが表示されているモニターが置かれていて、その機械がけたたましくアラームを鳴らしている。僕のボロボロな体に何か異変が起きているということだろう。
(死ぬんだろうな)
看護師さんとかお医者さんが僕の病室に入ってきて、大丈夫ですよ、と励ましてきているのだが、自分の体のことは自分がよくわかる。
ここで、自分の歩んできた人生はどんなものだったか一言で表せ、の下りに戻るが、まあ特筆するまでもなく「平凡」なものであった。
普通のサラリーマンとOLの両親を持ち、普通に愛され、普通に育てられてきた。普通に友達を作って、普通に部活動に、勉強に取り組んで、普通に青春をおくってきた。得意なものは特になかったが、強いて言えば記憶力がよかったということだろうか。ジャンルを問わず、たくさんの本を読んでたくさんの知識を蓄えていた。
特にやりたいこともなかったので、両親の勧めから、まぁそこそこな進学校にすすみ、そこそこな国立の大学に進んだ。
給料が安定しているから、と勧められ地方公務員の試験を受け、適当な、特に思いよりのない街の市役所に務めることになった。
仕事も安定してきた20代半ば、父が病気で他界し、後を追うように母も病気で他界していった。
現代日本の平均寿命からしてみたら短い人生であったであろうが、父も母も亡くなる時は安心した顔だったので、特に思い残すこともなく満足のいく人生だったのであろう。悲しみがなかったといえば噓になるが、最後の父と母の顔を思い出すと、自然と両親の死と決別することができた。
30代半ばになり、ふと何を思ったのかがん検診に来てみれば、このありさまだった。
がんは体中に転移していて、末期の状態だった。
流されるまま行先のない、人生をおくってきた。
(それにしても...)
死ぬ時ぐらいは静かになってくれないだろうか。
鳴りやまないアラームに看護師たちの声。
うるさいくらいに僕を照らしつけてきている夏の太陽。
外で鳴いているセミ...この鳴き声はクマセミだろうか、と無駄に蓄えられている知識から、セミの種類を特定してみた。
ふと体が無重力の空間に投げ出されたような、、軽くなる感じがした。
(死ぬって、こういう感じがするんだな)
新しい知識を得て笑いをこぼしてしまった。(知識を得た喜びからくる笑いではなく、死ぬという時まで無意識のうちに知識を得ようとしていた自分に対してだが)
死ぬことに対して恐怖はない。この世に未練も後悔もない。
...強いて言うならば、職場の後輩に適当に見繕って買ってきてもらったこの本たちの情報を頭に詰め込めないことだろうか。
そんなことを考えているうちに、真っ白な光が僕の身体を包み込んでいった。