吸血鬼
目が覚める。ここは・・・どこだ?
目の前には、星がほとんど輝いていない夜空。そして寒い。
確か、俺の最後の記憶ではとても暑い夏だったはずだ。
背中が痛い。どうやら俺はコンクリートの地面の上で仰向けになっているようだ。
ゆっくりと立ち上がる。体に異変はない。
「風が強いな・・・。うおっ・・・!?」
眼下には、無数の巨大な光の柱。それがビル群だと気づくには少し時間がかかった。そして同時に、自分が今立っているところは、その巨大なビル群よりももっと高い、タワーか何かのてっぺんだということも分かった。
「た、高っけえ・・・。」
記憶を辿ってみる。俺は日本にいたはずだ。季節は夏で、俺は高校3年生。塾へ夏季講習に行く途中だった。
俺の知っている限り、この異様なビル群は見たことがない。ビルの高さや光量は東京の比ではない。
ドスッ
背後で鈍い音が響く。
「はあ・・・はあ・・・」
赤い服を着た女が倒れている。・・・いや違う。血だ。全身血まみれの少女が倒れている。一体どこから現れたのか。つい数秒前までこの場所は俺だけだったはずだが。
「お、おい!大丈夫か!?」
「痛い・・・。痛いよぉ・・・。死ぬ・・・私・・・死ぬの?」
全身に、刃物で切り付けられたような傷。もはや何か所切り付けられたかわからないほどだ。
触れるのをためらうほどの出血。素人の俺が見ても、もはやどうしようもない状態だということが分かる。
「死にたくない!死にたくない!シニタクナイ!」
「喋るな!傷口が広がってしまう!誰がこんな酷いことを・・・」
「・・・・・チ。」
「え?」
「血・・・。血を飲ませて・・・。お願い。死にたくないの・・・・飲ませて・・・・。」
なんだ?血を飲ませてってどういうことだ?出血多量で頭が混乱しているのか?
「何言っているんだ!?今救急車呼んでやるから、気をしっかり持て!」
「だめ・・・。人を呼んでも無駄・・・。」
彼女の俺を握る手に力が入る。そして消え入りそうな声で、けれどまるで命を振り絞るように俺に訴えかける。
「助けて・・・。お願い。シニタクナイ。だから・・・血・・・を・・・。」
「・・・!?・・・分かった・・・!けど、どうやって血を・・」
「首筋を・・・私の口元に・・・。」
「こうか?」
次の瞬間、彼女は俺の首筋に噛みついた。そう、まるで吸血鬼のように。
「ッ!?」
痛みはそんなに感じなかった。
10秒、20秒・・・。恐らく時間にすれば1分にも満たないはずだが、俺は時が止まったように感じた。
このまま止まってもいいとさえ思った。
「・・・ぷはっ」
ようやく血を吸うのを終えたかと、彼女を確認すると俺は目を疑った。ドクドクと流れていた血は止まり、体中の傷がまるで何事もなかったかのように消えている。
「・・・ありがと。助かった。・・・ごめんなさい。関係のない一般人にこんなこと頼めないのは知っていたけど、まさか本当に助けてくれるなんて。」
「助けるのは当たり前だろ!それで説明してくれ。ここは一体どこで、なんでお前は血だらけで倒れていたんだ!?なんで血を吸ったら傷が癒えるんだ!?」
「傷が癒えるのは私の能力だから・・・、え?ここはどこって、トウキョウだけど?」
「東京?俺の知っている東京とは違うぞ!?」
「どういうこと?トウキョウは世界に一つしかないよ?・・・・やばい。」
「は?やばいってなにg」
「見つかった!逃げるよ!」
「!?」
叫ぶと同時に彼女は俺の腕を掴み全速力で走りだした。なんていう速さだ。それに俺の腕を掴む力も尋常じゃない。
「お、おい!待てよ!逃げるってここは屋上だぞ!どこへ逃げるっていうん・・・・うわああああああああああああ」
気が付いた時にはもう遅かった。体は浮遊感に包まれ、目の前には幾つにも連なる光の柱。
ああ、俺はここで死ぬのか。ここが何処かも分からない状況で、人間かどうかも分からない少女と飛び降り自殺。ひどい終わり方だな。
「くっ!重ッ!」
「!?」
そのまま落下すると思われた俺の体は、ぎこちないながらも空を滑空している。
「おまっ!どうやって!?というか下ろせ!死ぬ!」
「暴れないでっ!うまく飛べない!落ちちゃう!重いんだから!」
恐る恐る彼女の方を見る。すぐになぜ飛べるのかが分かった。『羽』だ。彼女の背中からは、先ほどまでなかった羽が生えている。羽と言っても鳥のような羽毛ではなく、よく漫画やファンタジーの世界に出てくる、いわゆる『吸血鬼』の羽。大きさは体の倍以上あり、色は漆黒。彼女は両手で俺の腕を掴みながら、落ちないように必死に飛んでいる。
「マジで・・・飛んでる・・・・!!!」
「チッ、まだ着いてくる!しつこい!悪いけど、一回下に降りるよ!このスピードで飛んでたら追い付かれる!」
「お、おう!」
どうやら何かに追われているようだが、彼女に掴まるのが精いっぱいで後ろを確認する余裕はない。
彼女は額に汗を流しながらも、ニコリと笑う。まるで俺を安心させるかのように。
「無事逃げ切れたら全部話してあげる!とりあえず、ようこそ"闘京"へ!」