どうやら、「まだ」プロローグは終わらないらしい
“イラつき”と“呆れ”に蓋をしては、柏田の心を想像しながら仕事場へと歩いていく。
「おはよ。」
「おはようございます」
「ぉはよー」
一人二人と出勤してくる人に挨拶を交わしながらタイムカードを押した。自分の机の前まで歩いて来てはあずみの席に目を通し、椅子をひいては鞄を下に腰をおろした。
「お?早いじゃん、ぅはよー」
後から近藤が手をかかげては挨拶をして歩いてきた。
「あーおはよー」
僕は近藤を見ては挨拶を返しキーボードの上に置かれる書類に目を通した。
近藤は僕の肩を触り自分の机の上に立てるように鞄を置いては、満面な笑顔を見せてきた。背中越しに“何か”を隠し持っている。
「なんだよー。にやにやして」
目を細め“いやらしい”顔をして近づく近藤は「ジャンジャジャーン」と声をだし、隠し持つ“カメラ”を体の前に出しては両手で見せてきた。
「お?カメラ?買ったのか?」
「んふふ とうとう手にいれたよ」
「やるじゃん」
ニタニタと「いいだろ?」と言いたげに子供のような目を向けては、ソワソワと体を揺さぶっている。
「おいおい、子供じゃないんだから、“そう”興奮するなよー」
「なんだよ。。いいだろー あっ、そっか 羨ましいんだろ?んふふふふ」
近藤は持つカメラに頬ずりをするように顔を近づけてはゆっくりと腰をおろした。趣味で写真を撮っているってことは前に聞いたことがあった。僕はそんな近藤を横目で見ながら「まったく」と顔を揺らしてはパソコンの電源をつけた。
「あー、、おはよーさん ちょっとみんないいかー」
就業時間が始まる頃、後から入ってくるかずっさんが手を叩きながら部署の皆に話すように声をかけてきた。
「あー、なんだ。。今日から新しい“仲間”が入ってくるんだが、まぁ、その、部署移動ってとこなんだがな。それとだ、、、ついでにグループ内移動もすることにした。各々貼り出した紙を見て移動してくれー」
かずっさんは歩きながら伝えると、「じゃ、そーゆーことだ」と、左手を高く上げては席に着いた。
部署にいる人達は、ザワザワと話だし一人二人と壁に貼り出される“紙”を見に詰め寄っていった。
「なんだよ。。かわんねーじゃん」
「あー移動するのかぁ」
「まじか?って、横にずれるだけ?」
「そっちになるんかー」
皆は貼り出される“紙”を見ては一喜一憂している。
「あ、、あの。。。移動するとしても、仕事内容はどうなるんですか?」
かずっさんの近くに座る女性が問いかけた。ザワつき話す声は小さくなり、その言葉に全員が耳を傾けた。
「あー。。そのまま仕事内容も変わるから、変わる“やつ”は変わらない“やつ”に聞いてくれー」
かずっさんはぶっきらぼうに問いかけに答えると、リクライニングのつく椅子にもたれ掛かるように体を寝かした。
「まじか?」
「えー、、そんなのあり?」
「とりあえず、席かわるかぁ」
かずっさんの言葉に反発するように愚痴をこぼし、しぶしぶ移動を開始していく。
「。。。僕はどうなるのかな?」
皆が見終わる頃僕は席をたち、貼られる“紙”を見に行った。
「。。。変更なしか、、、えっ?」
自分の“移動”がないことを確認しては、周りの“名前”を見ては目を疑った。
「そ、それはないだろ。。。」
僕の席はかわらずに、右に近藤左にあずみ。あずみの前に“よし乃”が移動してくる。そして前の席には“あの”山下の名前があった。
「、、、あ、、あぁ、、、」
驚きとも落胆とも取れる声をだし、目を見開いては数回瞬きを繰り返した。
「あっ、、近くになりますねぇ?色々とお願いしますぅ」
“紙”の前で固まる僕の腕をつついては、横から上目使いをしながら恥ずかしそうによし乃が声をかけてきた。
「う、、うん。。。」
よし乃の声に反応するように声を出し、心の中で呟いた。
「なんだよ。。これ。。まじか、、、?」
恋する心に、恋される心。そして“何者”かもわからない“山下”とのグループ分け。近藤だけが唯一“変わらない”状況にホッと胸を撫で下ろした。
僕は複雑な思いに“先”を考えると重くなる足を引きずるように席に戻っていった。よし乃も自分の道具を整理しに席に戻っていった。
自分の席に戻ると隣に座る近藤が“興味”なさげに、“自慢”のカメラを布で拭きながらニヤニヤとしている。僕を見ると声をかけてきた。
「あ、俺変わってなかった?」
「あぁ、、変わってなかったよ」
僕はカメラをいじる近藤に返事をしては、椅子の背もたれに手をかけて目の前にいるあずみに声をかけた。
「あ、あの、、あずみ、、さん?」
昨日の今日で話しかけるのも“恥ずかし”く、気後れする思いがあった。けど、話しをするなら“今”だと、移動準備をするあずみに声をかけた。あずみは僕の声に“ビクッ”と肩で反応しては「は、はい?、、な、何ですか?」と、“気まずい”声を出してきた。
「あの、、この事って知ってた?」
恐る恐る様子を伺うように聞いた。あずみは「え?あ、はい」と、仕事道具を整理しながら答えてきた。
「、、、そうなんだ」
僕はあずみの言葉に頷いては椅子に腰をかけた。
「あ、あずみさん。これからよろしくお願いしますぅ」
書類を整理するあずみに、自分の道具を抱えるように持っては新しく席につくよし乃が声をかけてきた。
「あ、よしよしー。お願いしますね」
あずみはよし乃の顔を見ては優しく笑みを作り、にこやかに返事を返した。
「おいおい?どうなってるんだ?」
隣に座る近藤がカメラを手に、チラッとよし乃を見ては冷やかすように顔を近づけてきた。
「や、やめろよー。」
僕は右肘を振るように回しては冷やかす近藤に笑い返した。“今”の僕の心境では、そうやるのが精一杯だった。
新しく“入る”山下は、まだ来ていない。
“引っ越し”始めてから小一時間がたった頃“新しい”席についた人達は各自作業にとりかかりはじめた。馴れない作業に四苦八苦する人達をよそに、仕事は流れていく。
慌ただしく“始まった”仕事も、昼近くにはいつもと同じ雰囲気に戻っていた。
「あ、そろそろ“昼”だね。ちょっと早いけど“先”に行くね」
僕は壁に掛かる時計を見ては周りで仕事をこなす人達に声をかけた。やり途中の仕事を手に離しそそくさと部屋を出ていった。
「なんなんだ今日は?。。。」
出勤途中で柏田に“屋上”と言われ、仕事場では“移動”と、僕の“心”を惑わそうとしてくる。進み行く“状況”に身も心も混乱してくる。
僕は休憩所でコーヒーを買っては、屋上へと足を走らせた。
屋上に出ると日差しが真上から射し込み、風が体を触ってくる。
「まだ、来てないか。。。」
フェンス越しに体を寄せては、背中から寄りかかった。
「ん、、、なんかな。。。」
複雑に絡み合う思う心に思われる心。意図したことに後悔をしては、意図せぬことにあわてふためく。人の噂ほど頼りないものでもあるが、人の噂ほど怖いものもない。よし乃との広がる噂。どこまで作られているのか、どこまでいってしまうのか。自分の気持ちとは裏腹に物事はどんどん進んでいく。それはまるで、枉駕と凌駕が手を組んで歩いてくるような勢いだった。
「山下か、、、あいつ、なんなんだ?あの時の“電話”もそうだけど、」
柏田がやって来る間、僕は今までのことを考えていた。初恋からの別れ。そしてあずみとの、柏田との出会いによし乃との出会い。思う心に思われる心、いつしか当たり前のような温かさに心が落ち着いていたのがあった。けど、ジェシーとの別れから、少しずつ変わりゆく気持ちに、焦りと不安が押し寄せてくる。“答え”と“関係”。自分の気持ちが目に見える形で表れるとしたら、今までの関係が崩れてしまうのではないかと、怖いぐらいに襲ってくる。自分から崩すのか、それとも崩されるのか。何も“決まっていない”からこそ怖さは倍増してくる。
「それにしても柏田のやつ、遅いな」
携帯の画面を開いては時計は20分を過ぎていた。
「、、、一回戻るか、、な。。。」
携帯の画面を閉じてはポケットにしまい、腕を胸の前で伸ばしては屋上から戻っていった。
階段を降り休憩所に寄っては飲みきった缶を捨て仕事部屋まで歩いていく。
「これ、良いですねぇ欲しいなぁ」
「でしょ?そうでしょ?」
新しく配置された席でよし乃は近藤のカメラを覗きながら楽しげに話をしている。
「こういうのだったら、もっと“良いの”撮れたんだけどなぁ」
「吉川さんもカメラやるの?」
「それほど詳しくはないんですけどぉ、、ちょっと、、、やり始めというかぁ、、、やっていたというかぁ」
「へーそうなんだぁ 」
近藤はここぞとばかりによし乃と話をしている。
「あ、お帰りなさーい」
よし乃はカメラのファインダーを覗きながらシャッターを押すように僕を見てきた。
「へー、“さま”になってるね。よし乃もやってるの?」
僕は自分の座る椅子に手をかけながらカメラを持つよし乃に話かけた。
「おいおい 何言ってんだよ?吉川さんは、お前とは違うよ。“見る側”じゃなく“撮る側”だよ ねー?」
「少しですけどぉ。でも“これ”があればもっと上手くできたんですけどねぇ」
隣に座る近藤が割って入ってきては、よし乃が答えてきた。
よし乃はカメラを手の上で回転させながら見ては「ありがとうございます」と丁重に近藤に返した。
「ちなみに“何”を撮るの?」
近藤に優しい笑みを作りながら返し渡すよし乃に、僕は問いかけた。
「そんなの決まってんだろ?“電車”だよねー?」
近藤が趣味の話に“全開”に、割って入ってきた。僕は「近藤にじゃないよー」と右手で近藤の体を制止するように伸ばしては、もう一度よし乃に質問した。
「そうですねぇ、、風景も撮りますが
、、、」
よし乃は一瞬あずみの席に目をやっては前屈みに肘をたて、上を見つめるように顎を支えて話をしてきた。
「風景もですけど、人物も撮りますよぉ」
「そうなんだ?」
「はい。それで、そのあと妄想したり、手を加えたりして勝手に一人で遊んでたり、、、えへ あー言っちゃった もう恥ずかしー」
よし乃は手で顔を隠しては耳まで赤くしている。
「吉川さん。恥ずかがることないよー 良いよね 良いよね うんうん 撮るモノが違くても、、うん 良いよねー」
恥ずかしがるよし乃を見ては近藤は“同じ”趣味のカメラに激しく同意を求めるように、目を瞑り何度もうなづいている。
「そんなに良いものなのかなぁ」
僕は二人を見ては腕を組み、首を傾げては口を窄ませた。「そうなのか、、なぁ」とよくわからない“領域”に言葉を飲み込んだ。
壁に掛かる時計は13時を回っている。結局、柏田からの“昼”の連絡はこなかった。あずみは、“昼”の間、席をたっていた。
「みなさーん。少し良いですかー?仕事前に紹介します」
部屋の入口であずみが部署の全員に話しかけるように声をだし姿を現した。
仕事を始めようとする人、電話に手をかける人、書類をまとめようと棚に向かって歩く人。部署にいる全員は一斉に手を止めあずみの方を見た。
「朝、話があったと思いますが、これから一緒に働く人を紹介します 」
あずみはそう切り出すと、後ろから入ってくる山下に手を引くように案内しては皆に紹介した。
「山下くん。山下徳一くんです。何かとあると思いますが、皆さんお願いしますー」
山下の背中をさわるように叩いては、皆の前に支えだした。
「あ、どもっス 自分山下っス 」
頭に手を当てて、首で挨拶するように会釈しては言葉をだした。あずみはその姿を見ては「では、仕事に戻ってくださいー」と手を叩いては促した。
あずみはその場で山下と一言二言話をしては、僕らの席を指差して山下を送り出した。
「、、、山下」
僕は椅子の背もたれに肘を置きながら上体を回し山下を見ていた。山下は僕の視線に気づいたのか少し口角を上げてはギラつく目を抑え、笑みを作りながら歩いてくる。
「どもっス ここっスカ?いいんスか?あざッス」
山下は机を指差し、確認するように周りを見てはヘコヘコと頭を下げ椅子に座った。
山下は座る間際に僕に目をやり「どうもっス」とゆっくりと挨拶をしてきた。僕はその目を見ては体全身に寒気を感じた。




