どうやら、「まだ」プロローグは終わらないらしい
先に走る山下を見失わないように車を加速させていく。抜き去る車に捕まる信号。急げば急ぐほど目の前が赤になる。
「あーもう。。」
止まる度に太ももを叩き、焦る心に熱を帯びる。慌てふためく僕をよそに山下はどんどん見えなくなっていく。
渋滞する道を事も無げに進んでいく山下を目で追っては隣に座る柏田を見た。柏田は怒りを通り越したように毅然と冷静に前を見つめていた。僕はそんな柏田を見ては一つ声にだした。
「山下のやつあずみをどうしようっていうんだ?。。、」
僕は柏田の顔を見ては声にだし、動き出す車にハンドルを握った。柏田は冷静に見る目を閉じては話をしてきた。
「さっき俺の過去を話したよな?」
「あぁ」
「あずみと俺は過去に出会っていた」
「。。。幼馴染みなんだよな」
「幼馴染み、、か。。まぁ、幼馴染みと言えば聞こえはいいが、実はそれ以上の関係だったんだから、驚いちまうよな?」
柏田はさっき話した過去をもう一度話すように口を動かしては、前を見ている。
「あいつのおやじ。。。木ノ下徳次郎。。山下徳一の元上司にして、あずみの父親だ。。あいつが全ての元凶なんだ」
「。。。でも、、お前も、、」
「ああ、そうだよ。俺もあいつと同じ血が流れてる」
「あずみはその事を、、」
「あずみは知らねーよ。あいつが喋るわけねーしよ」
「。。。じゃぁ、何で黙ってたんだ?」
「黙ってた訳じゃねーだろーよ。言う必要がなかったんだろ?」
「言う必要がなかった?」
「あぁ。あいつにしてみたら“俺ら”の事なんか過去の事なんだろうよ。」
柏田は憎しみにも似た悲しい目を見せては、拭い去るように深呼吸をし気を戻しては、先の路地を指差しては横道に誘導してきた。
「え?なんでよ?山下は真っ直ぐいったんだよ?」
僕は誘導する柏田に声を荒げて声にした。柏田は「いいから」と一言はいては、深く目を瞑り言葉とともに目を開いた。
「あいつは昔から同じことを繰り返してんだ。俺の母親にしてきたように」
「え?」
「あいつはよ、いく先々で女を捕まえては“よろしく”やってたんだ。俺の母親もあいつに。。。まぁ、けどそれで俺が生まれたんだから、なにも言えねーがな」
柏田は自分の言葉に苦笑いしては、話を続けた。
「あいつと、、あずみと初めて会った時に俺はあいつとも会ってんだ。けどよ、あいつは“見たくもねー”と毎度門前払いしてきやがってよ」
「。。。」
「俺としては、“なんでよ?”と言いたくもなったけどな。けどそれは後から聞けば納得だった。わかるだろ?俺はあいつには“要らねー”存在だったんだ」
「それって酷くないか?」
「あ?まぁ、仕方ねーんじゃねーの?自慢の息子ってのと違ーし、ましてや、“遊びの種”なんだからよ」
柏田はそう言いながら、また指を差しては車を誘導してくる。
「それでよ、俺はしょーがねーかと納得していたんだ。けどよ、去年母親が死んじまってよ」
「。。。」
「その時に母親に言われたんだ。。。それをあいつに伝えに行った。したら、案の定門前払いだ。しかも、あずみの“話”も俺の性にしやがってよ」
「。。。」
「そんな事もあって、俺は“わからせてやる”って思ったわけよ。したら、あいつは俺の行動を見越して“先に”山下を送り込んできたってわけだ」
「。。。」
「それとな、、あずみが別れられないのは、旦那のせいじゃねーよ」
「。。。父親、、、か」
今までの一件が、全て流れるように繋がってくる。柏田にあずみ、そして山下。描いていたシナリオとは違うストーリーに身を震わせては柏田の母親があずみの父親に寄せる思いを想像すると悲しみさえ沸いてでてくる。
「柏田、お前あずみのこと“好き”だったって言ったよな?」
「あ?あぁ」
「じゃぁ、僕にあずみに行けって言ってたのは、お前“この事”を始めから知っていたから、、、」
「さあ、、どうだろうな。。。」
どうにもできない立場に繋がらない思い。聞けば聞く分だけ切なくなる。“好き”と言う感情を“過去の過ち”で消え失せるものなのかと、自分本位ではないことに煮え切らない心に憤りさえ感じていた。
僕は柏田の指示を聞きながら車を走らせていく。あずみを乗せた山下の車は何処にも見当たらない。何処に向かうのか何処に行くのかわからぬまま、柏田の指示に耳を傾ける。
「柏田、、お前“場所”知ってるのか?」
僕は案に適当に指示をしているのかと不安になりながら、柏田に問いかけた。柏田は一瞬鋭い目付きで僕を見ては「ああ」と頷いた。
「知ってるんなら始めから“そこ”に行けばよかったんじゃないか?」
返事をする柏田に僕は苛つき混じりな声をだしてはため息をついた。
「あ?。。。俺も確証はなかったんだ。けど、山下があずみを乗せたビルを見て“わかった”んだよ」
そう言っては窓に頭をつけるように寄りかかっては冷めた目付きで外を見ている。
僕はそんな柏田を横目にハンドルをにぎっている。
「おいっあぶねーぞ?」
窓に寄りかかる柏田が身を乗り出しては急に声を発した。僕は柏田の声にブレーキを踏んでは車を止めた。
「何だよ柏田?急に声出すなよ」
「んたことよりもあれ見ろよ」
柏田は僕の肩に手をつけては外で横転する車を指差しては言ってきた。僕は「酷いな」と横転する車を見ては、車を走らせようとした。
「クソっ、、仕方ねー」
柏田は舌打ちをしては声にだし、車から降りてはその横転する車の方へと走っていった。
「え?なんで?あずみは?」
僕は走り出る柏田を見ては車から降り、ボンネット越しから救出する柏田を見た。
横転する車はガードレールに突き刺さり、車体の前半分は大破していた。運転席のドアは外れ飛び、白い煙が漂っている。
「お前も手伝えーこっちこい」
柏田は大破する車の助手席の窓に手を入れては、野次馬のように見る僕に声をかけてきた。僕は「はい」と咄嗟に声をだしては、言われるがまま柏田の所まで走っていった。
「お前はここ持ってろよ、引き開けるからな、行くぞ」
柏田は僕に向かって言葉を投げると、掛け声とともに力を入れた。僕も判断する間もなく柏田の言われるがまま力を入れた。
大破する車の中には足を挟まれ、朦朧とする意識で小刻みに揺れる女性がいた。
「大丈夫。助けてやる 頑張れ」
柏田は女性に声をかけながら助けようと力を入れた。僕はそんな柏田を見ては「僕はこんな男にはなれない」と自分と違う男の姿に歯痒い思いに唇を噛んでは、柏田と声を合わせて力を入れた。
「よしっ、大丈夫だ、もう大丈夫だ」
曲がるドアをこじ開けては震える女性の体を触り、外へと運び出そうと体を入れた。
助ける姿に沸き起こる歓声。見て見ぬふりをしようとすればできたはず。だけど柏田は助けに走った。今の状況を考えれば“こんなこと”をしている場合じゃない。けど、柏田は“そういうヤツ”なんだと、悔しくも“負けた”思いが駆け抜けた。
柏田が女性を助け出し、救急隊が駆けつける。警察官が道を整理し、集まる群衆をその場から離し、手際よく事故現場を抑えていく。
柏田は女性を救急隊に預けては状況を話している。僕はその場を見ては警察官と救急隊に話を伝えた。
状況と目撃を話しては、前で話す柏田を目にしては、柏田の姿がなくなっていた。僕は話す言葉を繋げては乗ってきた車に目を動かした。
柏田は車に乗り込み、僕の事を見てはそのまま一人で走り出していった。
僕は走り出す車を見ては呆気に取られ、その場に取り残された。
事故検証と実況検分。その後の事を聞きながら、自分が関わった事故ではない事を説明しては、その場を離れた。
取り残された僕は、今起こり得る状況に頭が働かなかった。あずみを追っては車に乗り、行く場所を聞く間もなくに人助け。自分のことのようで、自分のことじゃない。目まぐるしい状況に自分だけが“蚊帳の外”にいるように思えては関わりを持つ関係にため息がもれる。
「僕ってなんなんだ。。。」
関係を深めれば深めるほど離れていくような感覚に一気に冷めていく思いがあった。僕もそうだが、人は皆自分のことで精一杯で、その精一杯の中で相手を思う。けど、それは人を思うことで自分を立たせる行為でもあることを、僕はまだわからなかった。
出会いによって移り変わる思い。交わることで見えなくなる。全てが必然で全てが幻なのか。取り残される僕の心は複雑に混ざりあっていた。
行く場所もわからないまま、途方にくれていると反対斜線から声が聞こえてきた。僕は声のする方に顔を向けた。
手を振っては声をかけてくる女性はどことなく見覚えがあった。
「チャチャチャッチャッチャー」
手を振る女性を目にしていると携帯の音が鳴る。僕は携帯を耳につけては手を振る女性を見ていた。
「おーい、わかります?ここでーす」
携帯から聞こえる声に思い出しては手を振る女性に振り返し、携帯を切っては反対斜線へと足を走らせた。
「どうしたんですか?こんなところで?」
「いや、、、何て言ったらいいのか、、それよりもみずきさんはなぜ?」
反対斜線に止まる車に寄りかかっては、僕を呼ぶみずきが待っていた。
「んー。私は別に。。。なんだけどね。」
そう言葉をついては車の後部座席に目をやっては言葉を繋げてきた。窓には黒いシールが貼られている。
「チャチャチャッチャッチャー」
みずきと話をしていると、またしても携帯の音が鳴り響いた。僕はみずきに作り笑顔を見せては鳴る携帯の画面を開いた。
「。。。。!!」
そこには柏田からのメールがあった。僕を取り残しては走り出した柏田からだ。僕はメールを見てはみずきに話しかけた。
「あ、あの、急な話で申し訳ないんですが、車貸してもらえません?」
「え?」
「無理を承知でお願いできませんか?」
僕は恥も見聞もないまま、我が儘な事をお願いした。みずきは「うーん」と考えては後部座席に目をやり「なら」と条件を提示してきた。僕は柏田の言う“場所”まで行けるのならと、その条件を受け入れた。
「じゃぁ、乗って」
みずきはそう言っては運転席へと乗り込み、僕は助手席へと体を入れた。
「で、何処に行けばいいの?」
「あっ、それは、、、」
僕は柏田からのメールを見ては、みずきにも見せた。みずきは「あー、あそこね」と口にしては「いっくよー」と勢いよく車を走らせた。
あずみが山下に連れられて行ってからどれだけ時間が経っただろうか。それに柏田は山下と会って何をするつもりなのだろう。
余計な詮索をしながら、取り残された思いを消すかのように前を見つめている。
「そんな怖い顔して、なにかあったんでしょ?」
「えっ?あっはい。すいません。。。」
「何かあったのかはわからないけど、少しでも話したら楽になれるかもよ?」
みずきは横目で見ながら話しかけてくる。僕は何て言ったらいいのかわからないまま、“今”の状況を話した。
「何それ?そんなこと起こってんの?って、ドラマみたいじゃん?」
みずきは普段の口調のまま話に入ってくる。それはまるでジュリアと話しているような感覚に少し戸惑いさえしてくる。
「で、今は柏田って人が追いかけてるわけだ」
「。。。はい」
「そっか、、、それでさぁ、どう思ってるの?“彼女”のこと」
「えっ?彼女のことって、、僕?」
「そう。だって助けに行くって言っても、“そこ”じゃない?その柏田って人も“どう”思ってるかってことだけど、ようは“思い”がなければ、なかなか動けるもんじゃないでしょ?」
みずきは真っ直ぐに聞いてくる。確かに“友達”や“知人”だとしても“大切”だからこそ動くことはあるけど、そこまで“動く”ことはできない。ましてや、個人的なことがないかぎりは。僕は少し間をおいては口を開いた。
「僕は、、、僕は“彼女”のこと“好き”だと思います」
僕は今思う“本音”をさらけ出した。
「彼女は、どう思ってるかわからないですけど、、柏田にも敵わないかもしれませんけど、僕は彼女のことが“好き”です」
「。。。それは“知っています”」
「えっ?みずきさん?」
「ふふっ、私じゃないよ」
みずきは含み笑いをしながら声にだし、バックミラー越しに後部座席に目をやった。僕はみずきの目線に後部座席を覗くように顔を振り向けた。
「知っていましたよぉ。あなたがあずみさんを“好き”なことぐらい。。。」
「よ、、よし乃?!」
よし乃は僕の声を聞いては「はい」と返事をしては頭を下げてきた。僕はよし乃とみずきを見渡しては声にならなかった。
「あれ?言ってなかったっけー?」
「えっ?あ、はい」
「そっか、、、ごめん。“よし”と私は大学の先輩後輩なの。少し“離れて”いるけどねぇ」
「えっ?」
みずきの言葉に目を丸くしては後部座席に座るよし乃に目を向けた。よし乃は「本当ですよ」と頷いては声にだした。




