サーフィンロックノベル
価値観は人それぞれで、にもかかわらず自分の価値観を人に押し付けてくるやからがいる。
たいがいは鬱陶しいうんちくを聞かされ、あなたも改宗しなさい、こんな視点で見ている俺かっこいいやろ、みたいな話になって人生の中で最低な時間を過ごすことになる。
でも、時には自分の中に新しい価値観をもたらすこともある。
それはめったにないことで、しかも注意深く謙虚な心で人の話を聞く心構えが必要なのだ。
性格的にわたしには無理だと思った。あの時もそう思った。
それは、どぶ川の中から砂金を見つけるようなものなのだ。
「読ませてみ」
いつの間にか小太り同居男が背後に立っていて、わたしの作品を見下ろしていた。
「い、いいけど」
まだ修正途中だったが、とりあえず小太り同居男に原稿をわたした。
彼はキッチンの冷蔵庫からミントアイスを持ってきて、ダイニングの椅子に座った。そしてわたしの原稿を読みながら時折アイスを口に運んでいた。
わたしは彼の横顔を見つめながら、
『結構読むスピードが速いなぁ』とか、『本当にちゃんと読んでいるのだろうか?』などと思いながら、ドキドキとしながら読み終わるのを待っていた。
そして彼は全てを読み終えるとアイスの残りを一気に口の中に運んで溶かしながら飲み込んだ。
「……」
「どう?」
「ええけど、今風やな」
「いまふう?」
「話重いし、説教臭いし、妙に恋愛がリアリティありすぎや」
「いいじゃん。最近のノベル読んだけど、このくらいの重厚感と読みごたえは普通だよ?」
「いや、今時ないようなものを書けや」
「今時ないような?」
「こんなの今時たくさんあるやん。もっとアホらしいような、そんで軽―いノリの小説書きいな」
「えぇー!」
「君が高校の時に描いていた小説で、えっと、彼女の風が、じゃなくて、えっと『寝る王子と生き人形』ってやつあったやん」
「よく覚えてるね」
「あんな感じでアホらしくてナンセンスドタバタみたいなノリのにしてや」
「あんなのがいいの?」
「今ないもの書かな」
確かに重い話を書いている時や書き終えた時に、軽いコミカルな話をちょいちょいと書いていた。そういうものの方が筆も軽く、サクサクと進んでいったのでよく昔は書いていた。
「最近軽いノリの話なんて考えたことなかったんだけど」
わたしの言葉を聞いているのいないのかわからない小太り男は、急に上の自室に戻ったかと思うと何冊かのマンガ本を持ってきた。
「これ読んだことあるか?」
「なにこれ、このマンガを参考にしろってこと?」
「参考っちゅうか、ノリやノリ」
わたしは言われるままに持ってきたマンガを読み始めた。
なぜか小太り男まで読みだして、しばらく静かな時間が流れた。
「どうや?」
読み終えたわたしに感想を求めてきた。
「うーん、このマカロニなんとかって言うのは初めて読んだけど、絵が白黒はっきりしてるって言うか、こんなに特撮のキャラとか出しちゃっていいのかなって。それとひざかたさん、渋カッコいいのにかわいい!」
「そうやなくて中身や中身!」
「只々ドタバタしていてそれが繰り返されるって感じだよね。でもなんかすごい一気に読めちゃった。」
「こっちは?」
「これ昔アニメで見たことあったけど詳しく知らなかったんだよね。これも毎回ドタバタとして、でもちょっと恋の要素が入っていい感じだよね」
「犬夜叉の人やで、この作者」
「あー、どっかで見た感じだと思ったらそうなんだ」
「もの知らんとは怖い限りやな」
「で、結局何が言いたかったのよ?」
「こういったノリで書いてくれっちゅうことや」
「無理!」
「即答やな。もう少し熟考せえや!」
「マンガと小説は違うでしょ」
「せやけどな、君が昔書いたドタバタ小説に、これとおんなじ風を感じたんや」
「風とかって……表現キモいんですけど」
「そこは今突っ込むとこちゃうわ! っていうかな、もっとライトでもっと軽いノリのノベルがあってもええと思うんや。今みんなある程度のレベルまで洗練されすぎなんや」
「そんなのなら、アマチュア投稿サイトでも見ればいいんじゃない?」
「ちゃうねん、そんな書きっぱなし自己満足じゃなくてやな、世間にこれでも喰らえって感じで突き付けていくんや! そう、ロック、ロックなんやぁ!」
頭おかしい発言になってきた。
なにがロックなのか。
「世に問うんじゃ! こんな軽いノリでもいいじゃないか、乗れるやつだけ乗って来い! そう、サーフィンロックノベルやぁ!」
「あんたが頭おかしいことだけはわかったけどそれにわたしを巻き込まないでよ」
「なんやて?」
「わたしはそんなサーフロック小説とかわけわかんないノリには乗れないから」
「いや、君はその素質があるんや」
「ないって」
「君が書いた小説見てビビッときたんやで、わしは」
「高校生の時に書いたおちゃらけ小説を褒められても嬉しくないから」
「あんな、笑いって言うのは好きじゃなきゃ書けへん。君は心の奥にお笑いに対して好きって感情を持ってるんや。昔も、今も」
「勝手に決めつけないでよ。これが今のわたしが書きたかった作品なんだから!」
「よっしゃ!」
急にテーブルを叩いて彼が立ち上がった。
「な、なによ?」
「そこまで言うならそれ投稿してみようやないか。君の作品、審査してもらおうやないか。そんかわり!」
「そのかわり、なによ?」
「それあかんかったら、俺の言う通り、ドタバタコメディ小説書くんやで?」
「い、いいけど」
「ちゃうわ!」
「な、なにが?」
「ドタバタコメディ小説ちゃう! サーフィンロックノベルやった」
そのダサいネーミングはやめて欲しいんですけど……。




