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終着駅に待っていたもの

ちょっと前に、

銀河鉄道999という昔のアニメ映画を見た。

困難を乗り越えて主人公が終着駅にたどり着いた時に、

待っていた悲しいネタバラシのシーンがラストの別れのシーンよりも

胸にぐっときた。

わたしが走ってきた終点にはなにが待っているのか? 

それとも終点はまだまだ先にあるのだろうか?



前回と同じ、デブと打ち上げで行ったクラシックなレストランの前まで行くと、

またも薄暗い店の前に老紳士が立っていて、

店の中へと先導してデブの待つテーブルまで連れて行ってくれた。


打ち上げの締めに出てきたデザートは、

暗闇の中で青白く燃える炎が神秘的なベイクドアラスカというやつだった。

以前に後輩の結婚式で食べたことがあったが、それよりはるかにおいしかった。


「デザートおいしいね」

「味としては焦げたケーキやけどな」

「もうちょっといい表現できないの?」

デブの発言は、相変わらずロマンチックな雰囲気を台無しにしてしまう。


デザートともに運ばれてきたティーからさわやかな香りがあふれてきていた。

「あれ、このお茶……」

一口飲んでわたしがデブの方を見つめると、

デブはちょっと笑みを浮かべてわたしを見つめ返した。

「君の好きなナツコイや」

「覚えててくれたの?」

「あたりまえやろ?」

なんてことない会話を覚えているなんて、

普段のデブからは想像もつかなかった。

それだけに、少し胸がキュッとなってしまった。

「やるじゃん。ちょっと見直しちゃった!」

わたしも思わず笑顔になってデブを見つめた。

デブは余裕の表情からお茶をすすり、そしてそっとカップを皿に置いた。

「最後くらいええ恰好せんとな」

「さいご?」

「今日で君とはお別れや。長いこと尽きおうてもろて、すまんかったな」


え、なに?

この会話。


「わしな、もういかなあかんわ」

「どこいくのよ?」

「おるべきとこにおる。それだけやってゆうたやんか。だからそこにおるだけや」

「いまここが、そのいるべきところなんじゃないの?」

「ちゃうな。本来ここにおったらあかんかったんやけど、なかなかここ離れられなくてな」


またデブのわけのわからん感性からくるくだらない冗談だと思った。


そう思っているはずなのに、


わたしの指は震えだし、なぜだか胸の鼓動が早くなっていくのを感じていた。


「な、なんでそんなバカみたいなこと言いだすの?」

「もう迎えが来とるしな」

「迎え?」

デブが見つめる先、わたしの背後に誰かが立っている。

わたしは恐る恐る振り返った。

「く、くれは、ちゃん?」

そこには白いドレスを着た、呉羽ちゃんが立っていた。

「なんでここに?」

「彼が今日は打ち上げだって言うから迎えに来ました」

そう言って呉羽ちゃんはわたしの横を通って、デブの後ろに立った。


「そっか、そういうことだったんだ……」


つまり、わたしとの本作りが終わったらまた付き合うことになってたんだ。

やっぱ元カノとキレてなかったってことだよね……。

ま、いいや、これくらい想定範囲の出来事じゃん?

よし、落ち着こう!


「わたしが本作りにつき合わせちゃったから、それまで待ってたんだ……なんだ、ゆってよね! 別にわたしは構わなかったのに。彼女待たせることなかったんだよ?」

「あんな、ちゃうねん」

「なにが違うのよ? それに、別にあんたが誰とどう付き合おうと関係ないし!」

そう。関係ないじゃん!

なのに、なんでわたしこんなに悲しい気持ちになってんの?

「あんな、俺と呉羽は付き合ってるゆうような関係ちゃうんやって」

「この状況でまだそんな言い訳すんの?」

「呉羽はな、俺を召しに来たんや」

な、なに?

「簡単に言うと成仏させに来てくれたんや」

……なんのことよ?

「成仏って、あんた幽霊か! いつも言ってるけど、そのオタ臭いわけのわかんない表現やめてよ!」

「せやから幽霊や」

「は?」

「世間一般でゆうとこのな」

「な、なにいってるの?」

デブがお茶を一口飲んでから、ゆっくりと話しだした。

「俺はあの建物にずっとおった。なんもできずにいた俺は、あそこから離れられなくなってもうてな。ずっとおったんや。でも君のおかげで、なんとか一つのことを成し遂げられて、やっとあそこから動く気が起きたんや。本来あるべきとこに行こうっちゅう気になったんや」


なにを言っているのかよく分からない、いや、わかりたくなかった。

それでも当惑しているわたしを置いて、デブの話は続いていた。


「もう生前のことなんかはっきり覚えてへんけど、俺はなにかせなあかんかったのに、なんもせんと死んでしまい、気持ちがあそこに縛られてたままになっとった。そこに君が来てくれて、同じような思いを持っとって、そして一緒に一つのプロジェクトを成し遂げたおかげでやっと重い腰を上げることがでけたんや。このレストランでの打ち上げは俺をあるべき所へ連れて行ってもらう儀式なんや。俺を迎えに来てくれるのが呉羽で、やっとちゃんと迎えに来てくれる準備がでけたんで、儀式をして、正式に呉羽を呼ぶことがでけた。ま、あまりに呉羽を呼ぶのが遅かったんで、途中見に来てくれたりと心配かけてしまったが、今夜、やっとお願いできるようになったっちゅうわけや。これも君のおかげや。きみと一緒に、大きなこと成し遂げられたからなんや。ありがとな」


デブが頭を下げた。

デブがわたしに感謝の意を表して頭を下げるなんて、今までなかった気がする。

それにそんな光景、見たくなかった。

だから、黙って聞いていたわたしの中で何かがブッチリとキレた気がした。

「そ、そこまでして」

「ん?」

「そんな大げさな設定まで作って、わたしと別れたいってこと?」

「は?」

「別にあんたとわたしは付き合ってたわけじゃないし……そうだよ、わたしあんたの彼女でもなんでもないじゃん! だからそんな大げさなウソゆってまで元カノとより戻す必要ないんですけど! 普通にまた付き合えばいいのに……なんでそんなウソつくの?」

「そ、そうやないねん、ええか」

デブが何か言おうとしたがわたしはそれを遮って立ち上がった。

「そんなことより!」

「な、なんや?」

「これからも一緒になにか作っていこうよ。別に呉羽ちゃんと付き合ってたっていいじゃん! これからもわたしと何か一緒に作ることに問題があるの? 呉羽ちゃんが嫌だって言うなら、わたしあの部屋から出ていくし、離れていたって担当さんみたいにメールのやり取りだけでもいいじゃん。これからもなにか作っていこうよ!」

デブはうつむいたまま答えなかった。

「いいでしょ?」

答えろよ、デブ! その沈黙はなに? 

わたしの期待するような答えが言えませんってこと?


「わかった……もういい。もう、一緒につくらなくてもいいよ」


わたしは唇をかみしめて拳を握りながら、体の震えを抑えつつ息を吐いた。


落ち着け、落ち着くのよ。


冷静に、慎重に言葉を選んで、


「……すまんな」

「あやまらないで。そんなこと、もうどうでもいいよ……」


なんてことないよ。

大したことじゃない。

普通の事だよ。


「もう、一緒につくらなくていいし、そんなことはもういい。でも、でもね」


なにも、問題ない。

だから、普通に話せばいいのよ、わかってくれるって!


「い……いなくなっちゃうとか! 消えてなくなるとか! そういうのはダメ!」

「そ、それは」

「それだけはなし! だからさっきのくだらない幽霊話、あれは嘘だって言って!」

小学生だって信じないような幽霊話、あるわけないじゃんそんなこと!

嘘に決まってるじゃん! それを『うそでした』って言うだけでいいんだよ?

それだけだよ、そう言ってくれるだけで、

わたしの体の震えも心の動揺も消えてなくなるんだよ!

そんなくだらない幽霊話でわたしが動揺しているのかって?


してるんだよ! 


笑ってくれていいから、

だから、さっきの話はウソでしたって言ってよ!

「なんで、黙ってるの? 簡単なことじゃん? 嘘でしたって言ってよ……言ってよ!」

わたしは思わず叫んでテーブルを殴っていた。

グラスが倒れ、白いテーブルクロスを濡らし、しずくが床にこぼれ落ちていた。


わたしはいつの間にか涙をこぼしながら、滅茶苦茶叫んでいた。

なのに、デブは何も答えないで、申し訳なさそうに下を向いてるだけだった。


「ねえ、わたしはいなくならないでって言ってるだけだよ? さっきの幽霊話がウソだって言うだけで、それだけでいいから……」


それでもデブは答えなかった。

なに? なんなの? どうすればいいのよ?


「わかった……じゃあ、わたし、なにすればいい? なんでもする、なんでも言って。なんでもやるから……だから、消えちゃうとか、そんなこと言わないで……お願い」


こんな、男に捨てられそうになった女が縋り付くようなセリフ、

元カレに振られた時だって言ったことなかったのに。


ここまでわたしに言わせたんだよ?


うそでしたって、言ってよ! お願い……。


「すまんな。ほんま、すまんかった」

「謝ってほしくて、ゆってんじゃない……お願い、うそでしたって……」

「ありがとう。ほな、いくわ」



わたしは……わたしは、座っていた。


ベンチに座っていた。


横には小さな祠があって、その奥に古びた洋館が立っていた。

そこはわたしとデブが一緒に食事をしていたレストランだと気がついた。

外は朝になっていた。

「夢、じゃない」

自分は昨日着ていったワンピースのままだし、

レストランに行ったことは確かだ。

でも目の前の建物はどう見ても、もう何年も人が出入りしていないような、崩れそうな洋館だった。

そうだ。

部屋に戻らないと。

デブが、いるはず、いなくなるなんてありえないし。あの野郎、わけのわかんないこと言うから、わたしはきっと動転して気を失って、それを見たデブはビビってわたしを置き去りにしたんだ! 早く戻って思いっきり肩にパンチくらわしてやるんだから!

でも、このボロボロの洋館、あれは……いや、よく似たお店があるんだ。そこと見間違えているだけ。そう。早く帰ってデブに文句言わなきゃ!

デブとわたしが住むあの建物に向かって、わたしは足が痛いのも我慢しながら高いヒールの靴で走った。

階段を登って、玄関のドアを開けて、ダイニングに駆け込んだ。

デブはいなかった。

けど、3階の部屋でドアが開く音がした。

いるじゃん! もう逃がさないから!

わたしは靴も履かずに3階への階段を駆け上った。

「あら、どうしたの? 息切らせて」

わたしの目の前には管理人さんで大家さんのイトウさんがいて、

マスターキーでドアのかぎを開けていた。

「お、大家さん、なんでここに?」

「ああ、3階の部屋の換気をしにきたの。閉めっぱなしじゃよくないからね」

閉めっぱなし?

「ここは、あの」

大家さんはわたしに背を向けて部屋の中に入っていく。

真っ暗な部屋の突当りにある窓のカーテンを開けると、

眩しいほどの光が部屋の中に差してきた。

「こ、これは……」

部屋の中にはたくさんの本が積まれていた。

中は埃臭い空気が漂い、長いこと締め切られていたことが感じられた。

「新鮮な空気入れないとね」

そう言うと大家さんは窓を大きく開け放った。

「あの、大家さん、この部屋って」

「ああ、結構いい部屋でしょ? 見晴らしもいいのよ。でも、あんまりあなたにはお勧めできなかったから、あなたが来た時に2階のお部屋勧めたの」

「お勧め、できない?」

大家さんは少し複雑な笑みを浮かべた。

「この部屋借りた人たちが、なにか出るなんて言う人たちがいて。もちろん、みんなじゃないのよ。わたしも見たことないんだけど……中にはそういう人がいたから、あなたにはお勧めしなかったの」

「この本は?」

「ああ、前に住んでいた人たちが少しずつ置いていったものね。よかったら、読む?」

大家さんはそう言ってわたしに鍵を渡してくれた。

「明日にでも返してくれればいいわ」

そう言って大家さんは出ていった。


わたしはどのくらいの時間だろうか。

その部屋の真ん中に座り込んで窓の方を見ていた。

頭の中に、いろいろなことが渦巻いて、整理できず、

そして、これは夢なんだと思いこむことにして、頑張ってみたけど、

窓から差し込む太陽の光がそれを拒否しまくって、

わたしが現実から逃げることを許そうとしなかった。


「ばかばかしいよ。そんな非現実的なこと、あるわけないじゃん。いいよ、夢じゃなかったでいいよ。でも、絶対カラクリがあるんだよ、トリックだよ。いるんだって、デブはいる! わたしの幻覚なんかじゃない! そ、そうだ、そうだよ!」

思い出した、わたし以外にもデブに会った人はいるじゃん!


担当さん、担当編集者さんのレイさんが会ってるじゃん!


そうだよ、いたんだって、幻覚じゃないじゃん!!!


「そうだよ、レイさんが……レイさん、って、確か、前に……」

急にレイさんと会った時のことがフラッシュバックしてきた。


『ボクはね、霊感があるってだけでオカルトもの編集部にいたんだ』

『でもね、見えすぎちゃってだめなんだよね』

『ところで、君の後ろにいるのは……もしかして』


あの時、レイさんは何て言おうとしていたんだろう?


わたしは体が震えはじめていた。

「嘘だ、嘘だよ、そんなこと」

なんで体が震えているの? 怖い? 

違う、これは、

現実が、

悲しすぎる現実が、

本当の現実だってことを頭で認めてしまっていることへの、

拒否。

心も体も現実として認めることができない、

もう限界だって、言ってる、

その震えなんだよ。


「デ、デブ! ひどいよ、なんで? なんでこんな気持ちにさせんのよ、あんたは、ひどい……」

わたしはあふれる涙を抑えきれず、その場にしゃがみ、泣き続けた。


次回で終わるのでつづく

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