小説を書き始める。
誰にでも、自分で封印して忘れてしまった好きだったことがあると思う。
ヒロインになりきって遊んだり、へたなマンガを書いたり、寝る前にたくさんのドキドキするような冒険のお話を考えたり、プラモデルを作ってみたり、お人形や小物を作ったり……人それぞれなにかあったと思うんだけど、
その封印をある日突然解かれたら……それも思いもよらない人に。
あの学生時代に授業中書いていた小説のことを持ちだしてきた。
「あれやったらええやん」
「あんな子供の頃にかいたもの、どうすんのよ」
「大人が鑑賞するにはちっと内容が幼いけど、少年少女にはええんやないか?」
確かに昔は本を読んでいた。
少年少女が読むような冒険や魔法やちょっぴり恋の要素が入った小説を、図書館から借りてきたり、誕生日に買ってもらって何回も読んだ。
「そう言えば、働き始めてからまともに本も読まなくなったなぁ」
「少年少女の感性で書いてみたらええんちゃう」
「そんな感性はとっくになくなったよ」
「今の感性でもええし、やってみ―や」
「書いて、それをどうするのよ? あんたに読ませて批評をもらうわけ?」
「ちゃうよ。投稿すんねん」
「投稿? 雑誌のお葉書のコーナーにでも?」
「ちゃうって。小説の新人賞とかあるやん。あれやあれ」
「あ、あんなの、まじめにたくさん本読んだ文学少年少女とかミステリーマニアとかが応募して小説家目指すとこでしょ? とても太刀打ちできっこないって」
「でも、応募資格には素人でもOKなんやで。おっしゃ、俺が応募先探してやっから。とりあえず何か書いて」
「なに書くのよ、いったい」
「お題は、そうやな……ボーイミーツガールで恋と魔法と冒険。これでいこ」
「な、なにそれ? そんな適当なキーワードで」
「そやけどこのキーワード、少しワクワクするやろ? 心の中で」
わたしは言葉に詰まった。
胸の奥できゅっと何かが収縮して、今にも反動で何かがはじけそうな感情が芽生えた、いや、目覚めたような気がした。
それはわたしの体の奥で、ずっと眠っていた感情、だと思った。
なによりも、またあの頃のように、想像を膨らませ、自分で創造したキャラクターたちを動かして、お話を構築していく。そんなワクワクするような時間が戻ってくるのだというときめきを感じていたのだ。
全くのまっさらな状態から始めようとしてもなかなか話は思いつかなかっただろうが、彼がくれたお題で縛りがつくので、逆に話が作りやすかった。
わたしはお話を作り始めた。
外出する時に小さなノートパソコンを持ち歩き、そこにエピソードを断片的に書き留めていき、帰宅後に話をつなぎ合わせていった。
お客さんが来るまでの待ち時間や、カフェなどの少し騒々しいところの方がアイディアがよく浮かんできた。
これはきっと学生時代に退屈な授業中にお話を書いていた時に似ている。
あまり静かなところではなんか落ち着かなくて、何か別のことが行われている中で黙々と考える方がよくいろいろとアイディアが浮かんでくるのだ。
「つくづく、授業とか講習会とか苦手なタイプやな」
こいつは余計なことしか言わない。しかし実際その通りなので反論もできなかった。




