この小太りの男は
誰もが、時に、過去の自分が想像もしたことのない今を生きていることがあると思う。
わたしの現在がまさにそれに当たるのだ。
高校生の頃のわたしが、まだ見えない未来がこんな生活だと分かったら、
きっと失望して何もかもをやめていたかもしれない。
わたしは、小太りの男と共同住宅に住んでいる。
なぜこんな男と共同住宅にいるのか?
思い出すのもなんだが、あれはちょうど長い恋が終わって、傷心の日々を送っていた頃だった。
わたしは就職してから社員寮にいたのだが、どうしても一人暮らしがしたくなった。
この寮生活の不自由さが、恋愛における大きな障害だったのだと思ったからだった。(今思えば根本的に間違った考えだが)
確かに仕事に専念するには便利だったが、恋に生きるには不自由この上なかった。
彼氏を呼ぶこともできなかったし、ちょっとおしゃれをして出かければ『デートですか?』と誰かしらに声をかけられるし。
常に会社関係者に監視されているような気がして息苦しかった。
わたしはなるべく安いアパートを探し始めた。
その矢先に、この格安の物件を見つけたのだ。
外観は古い3階建ての建物だが、2階にダイニングキッチンと小さな部屋が3部屋、3階は少し大き目な部屋と洗濯場であるベランダがあった。
ちなみに1階は大きなロッカーがいくつかあり、物置になっていた。
これで格安の家賃で丸ごと賃貸に出ていたのだ。
わたしは詳細も見ずに契約し、引っ越してきた。
そしてそこに……彼が先に住んでいた。
もともと4人の男女でシェアしていたそうだが、みんな出て行って彼だけになっていたらしい。大家さんも困って、格安の賃貸料を出して入居者を募り、そこにわたしが引っかかってしまったのだ。
なるほど、だからこんなに家賃が安かったのか、と落胆したが、
今更寮にも戻れないので、そのまま暮らすことにした。
彼は3階に住んでいた。
部屋に入ったことはないが、結構大きめの部屋を独り占めしているのだ。
わたしは2階で、空いているので3部屋中の2部屋を使わせてもらっていた。
この安さで2部屋使えるのだから満足しなければならない。
いつもそう自分に言い聞かせて納得することにしていた。
2階のダイニングキッチンは共用だったので、最初は夜寝ている時にあいつが降りてきて台所でガチャガチャやるたびに、少し緊張していたが、最近では気にも留めなくなった。
意外にもわたしは他人と生活することへの順応性が高かったようだ。
今わたしはダイニングでテーブル席に座って、ハーブの香りを漂わせながらお気に入りのティーを堪能していた。
「なにか作るような仕事が好きなんだよね。でもいまさらそんな部署に行けるわけもないし」
「ほな、仕事やのうてもええやんか」
わたしのボヤキに対面に座るあいつが反応した。
奴はお気に入りのナッツ入りのアイスをちまちまと小さなスプーンですくって食していた。
「どういうこと? 趣味でなにか作るの? 園芸とか、料理とかって?」
「ちゃうよ。自分、小説書いてたやん」
「小説って、あれは……」
学生時代に退屈な授業の時に暇つぶしに書いていたものだ。
引っ越してきた時に頼んでもいない荷ほどきに付き合ってくれて、勝手に読まれたのだ。




