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あの夏の日と初めての不安

その年の夏は、いつもの夏と変わりない夏になるはずだったのに、

一生忘れない夏になった。

ただ、お話を作っていた、それだけだったのに。

その夏の始まりは、『海』だった。


「リ、リフレッシュ?」

「せや。夏といえば海やろ? 海も行かんと籠ってばかりじゃええアイディアも出えへんで」

同居人小太り男は引きこもりだと思っていたので、

夏、海、といった単語とは縁ないと思ってたんだけど。

「ちょいと弾丸列車載っていけるんやし、行こうや」

弾丸列車って、新幹線のことか?

普通に言えよ、普通に! そういうとこが鬱陶しい。


でも、去年くらいから海に行くような相手もいないし、たまにはいいかも。

しかも彼がすべて段取ってくれるらしいし、お任せしちゃおう。

久々に水着も新調しちゃおう! 

ああ、せっかくだからシャチの浮き輪(輪じゃないか)も欲しいなぁ。

あれ、あこがれてたんだよね……。


会社に夏休みの申請をして、課長から

「お、婚前旅行か?」

なんて、セクハラ発言をされつつも、

久々の旅行なので全部許すことにしたよ! 今だけは!


「ほな、ここでがんばってもらうで」

旅行当日、彼の指示通りに現地集合したわたしは目を疑った。

「現地集合もビビったけど、ここ、なに?」

「知り合いから貸してもろうた別荘や。海も見えるし結構ええやろ?」

うわぁ、海が遠くに見えるよ。ここ山じゃん、山。

「確かに景色はいい。海も見える。でも海まで遠いじゃん、これ!」

「海なんて見えればええやんか。まさかべったべたの潮風に吹かれて海水ん中入るつもりやったんやないやろな?」

「潮風に吹かれて海に入ることが海水浴の目的でしょ!」

「誰が海水浴行くゆうたんや」

ちがうの? 

「じゃあ何よ、何のためにここに来たの?」

「創作活動に決まっとろうが!」

「ええ?」

「さあ、書け、書くんや、ジョー!」

誰がジョーなんだよ? ジョーって誰?


そして2泊3日の別荘での創作活動が開始された。


別荘は2階建て木造で、1階はエントランスから続くダイニングとキッチン、2階に2部屋の寝室があるだけの小さな建物だった。

外観は白いペンキが部分部分剥げかけている年季の入った建物で、海の近くの小高い丘のようなところにぽつんと立っていた。

背後は鬱蒼とした森と山ながら、前方には眼下に海が広がっていた。

わたしは寝室のデスクか、もしくは1階のダイニングでノートに構想を書いたり、PCに話を打ち込んだりしていた。

エアコンはなく、うちわか、いつの時代の物かわからない妙にモーターの音が大きい扇風機しかなかった。

「暑い……」

文明社会に暮らす人間には向かないかも。

あのデブ(小太り同居人男)はどうしているのかと思えば、

日陰で風通しのいい場所で本を読んで、陽が落ちてきた辺りで一人でバーベキュウを始めるというマイペースな時間を過ごしていた。

「お腹空いたよ!」

「肉焼けてるで。冷蔵庫にビールもあるし飲みいや」

わたしはこの小さな建物には不似合いな大型冷蔵庫を開けて、中から瓶ビールをとりだして栓を抜いた。

「コップは?」

「そのビールはそのまま飲む奴や。コップなんかあるかいな」

しょうがないから直接口をつけてビールを喉へと流し込んだ。

冷たくて、おいしい!

周囲が暑いからたまらなくビールがおいしかった。

「それにしても、この別荘BBQコンロと冷蔵庫しか文明の利器がないの?」

「PCと携帯電話があるやんか」

「そうじゃなくて、エアコンなくてきつくないの?」

……デブのくせに。

「暑かったら水バケツに足いれて、服脱いで風通しのええとこおったらええやん」

「意外だよね。暑さには弱そうなのに」

「夏の暑い時は、涼しい場所で自然の風に吹かれて過ごすんが一番体にええんや! 文明に毒されたらあかんで」

デブに言われるとムカつくけど、

まあ、こんな時もめったにないし、郷に入らば郷に従って、自然と過ごすのもいいかもしれない、と思った。


翌日、わたしは外にあったタライに水を入れて、新しく買った水着に着替え、部屋のドアも窓も全開にして風を通した。

「うわ、水、冷たい」

机の下にセットした水タライにそっと足を入れてみると、徐々に体が涼しくなってきた。

それに素肌を撫でていく流れる風が心地よく気持ちいい。

窓の外に見える海が青い。

後ろの山から聞こえてくる木々のざわめきや鳥の声が和む!


なんか、なんか創作意欲涌いてきたぁ!


わたしは自然と一体になって、夏を感じながら、

頭に浮かんでくるキャラクターたちが飛び回って、

話している姿を文章にしていった。


そんなご機嫌な時間を過ごしていたら、

「あかん、1日切り上げて帰らへん?」

デブが訴えてきた。

デブは昨日あんな偉そうなことを言っていたのに、早くも根をあげていたのだ。

「なによ? 自然の風に吹かれて過ごすのが一番、文明に毒されるな! って言ったのあんたじゃない」

「いや、正直すまんかった。昨日の夜寝苦しゅうて、もう我慢の限界や」

「ダメだよ。せっかく乗ってきたんだから。却下却下。肉焼いといて」

「マ、マジかいなぁ……」

しょげるデブは放っておいて、

わたしはまだ日が高いうちから冷えたビールの栓を開けた。


うーん、きもちいい!


冷たい飲み物さえあれば、人間生きていけるような気がした。


別荘から帰ってきても、続編の構想と文章化を続けていた。

思い浮かぶアイディアを書き留めつつ、文章化してエピソードにしていったが、書けば書くほど「これ大丈夫?」という思いが強くなっていった。

「こんなノリでいいの?」「話の流れ緩すぎない?」「これ面白いと言ってくれるのかなぁ?」

いつもノリノリで書いていたのに、

書き進めると次々と不安が涌いてくるといった経験は初めてだった。

それに自分の文章を本当にプロの編集者がまともに相手してくれるのかどうかも不安だった。

「そんなん考えたってしゃーないやろ?」

「でも」

「答えが出えへんこと考えてもドツボにはまるだけやで。とにかく書いて形にするこっちゃで」

デブ(別荘から帰ってきてからの小太り同居人男の呼称はわたしの中でデブになった)の言うことはもっともだった。

だからわたしは不安を吹っ切るために、とにかく書き進めていくことにした。

そして、そんなことをしているうちにいよいよ顔合わせの日が近づいてきていた。

つづく!

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