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星の扉  作者: 斎木 涼
第三章 extravaganzas――狂想曲
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 その宙域に、突如として姿を現したブルーグレーの高速戦闘艦。

 熱源探知システムや、空間センサー、エネルギーセンサーなど、所謂複合センサーへの対応策も万全であるが故の無謀な行為だ。しかもその場所は、星系内部。通常であれば、星系内部へワープアウトすることなど考えられない暴挙だった。ワープ時に周囲へ及ぼす影響が、あまりに大きいのだ。ただこの戦艦は、銀河連邦軍が採用しているワープ技術と、根本的に違うものを使用していた。

 技術の一端を端的に述べると、まず通常のワープインの際と同じ様に、亜空間が(ふね)に及ぼす影響を最小に抑える為にエネルギーでバリアの様に艦自体を覆う。銀河連邦軍の採用しているワープ技術は、このバリアに守られて空間を跳躍するのだが、彼らが使用しているそれは、更にその上から、ワープインの瞬間には跳躍開始地点に、ワープアウト時の瞬間には到達地点へとワープドライブに使用するのと同じエネルギーを転写し、その中心に艦を配置するのだ。そしてそのバリアを展開したと同時に、亜空間が通常空間と一時的に重なることによって起こる歪みを、その外側にあるワープドライブのエネルギーで相殺させる。それにより、ワープイン、ワープアウト時に生じる、亜空間フィールドが通常空間へ及ぼす影響を殆ど消していた。

 所謂、オーバーテクノロジーだ。極限られた者達が呼ぶところの、スリップ・ワープと言うのが、この戦艦で使用されているワープ航法技術だった。

 小惑星群の向こう側に、瞬きする様な軌跡が見える。

 「イグナーツ。準備は良いか?」

 淡い金髪。すらりと伸びた長身。

 そしてその顔には、何者をも拒絶するかの様な、ミラーグラスがあった。

 「勿論です」

 その返答を聞き、満足気に笑みを浮かべた。

 「よし、ではまず、救出用のシャトルを落とせ」

 彼の命を受け、イグナーツが指示を下す。そしてそれを確認後、彼は大きく手を振りかぶり一言言った。

 「カラドボルグ、小惑星群を迂回した後、Σドライブへと移行」

 「小惑星群を迂回した後、Σドライブへと移行っ!!」

 復唱したイグナーツが命じると、高速戦艦であるカラドボルグは、一挙に加速を開始した。

 「──?!」

 弾かれた様に、そのミラーグラスの男が面を上げる。

 「どうされましたか?」

 怪訝な顔で見つめる部下を、何でもないと手を振ることでいなすと、背後のシートへと身を埋めた。

 そして宙を見つめて一言。

 「リック、お前はもう忘れたか?」




 『来たな』

 「何?」

 ヴェンツェルのその声に、シェスティンはすかさず反応した。

 『あれはっ──!!』

 ライヒアルトのあれと言う言葉に、何かを見たと察したシェスティンは、直ぐにコンソールパネルを弾き、HUDへレーダーセンサーの詳細を映し出す。

 「コロニーが……っ」

 そこに映し出されたものは、蝿の様にまとわりつく戦闘機に攻撃を受けているコロニーと、その戦線の背後に悠然と存在しているメタリックな輝きを持ったブルーグレーの戦艦だった。

 その戦艦が、遠目にも良く解る程、眩しい光を放出する。

 「成程……」

 瞬間、シェスティンは確信した。

 あれがカラドボルグなのだと。

 不意に今までうるさく周囲を取り巻いていたかつての僚機が、彼らに興味をなくした様に、一目散に機体を翻して帰投し始める。

 『させるかっ!!』

 すかさずヴェンツェルの機体が反転し、その彼らの背後から一閃する。

 ヴェンツェルに習い、シェスティンがスロットルを全開にしたと同時。ライヒアルトの機体もまた、彼の一声と共に駆け抜ける。

 後れをとってなるかとばかりに、シェスティンは即座にかつての僚機へと照準を定め、容赦なく撃墜した。

 ここでカラドボルグをやらせる訳にはいかない。

 微塵の戸惑いすら浮かべず、シェスティンは神業とも思える動きで機体を操っては帰投するそれらに襲いかかった。

 あちら側の様子にちらりと目をやると、瞬間、シェスティンは固まる。

 「なんだ……あれはっ──?!」

 思わず手を滑らせそうになるも、すぐさまスクリーンに映ったあり得ない光景を意識の上で抹殺した。今はそんなものに、かかずらってはいられない。

 後ろを見せる元僚機だけでなく、この場にはモルゲンロートもいるのだ。

 スコープで狙いを定め、逡巡の間もなく撃ち抜いた。被弾したそれは、眩い光に包まれる。

 その閃光が収まらない内、機体内部にロックオンアラートが鳴り響いた。

 「やはりそう来るだろうな」

 モルゲンロートのそれだと解ったシェスティンは、フンとばかりに鼻で笑い飛ばし、アンチレーダー波粒子(チャフ)を射出する。ロックオンを悠々外し、そのまま攻撃へ転じたようとした瞬間。

 『シェスティン、ライヒアルト。時間だっ!!』




 コンフォーマル・レーダーを作動させていたライヒアルトは、警告のアラームが機体に響くのを聞き、すかさずHUDにその方角を映し出す。

 コロニーのある箇所に滑る様にして出現した光点。そこから射出される戦闘機。

 それが何だと思う間もなく、唐突にコロニーの一部へ光の矢を放った。

 「あれはっ──!!」

 ヴェンツェルの呟きを聞き、思わず反射的にそう叫ぶ。だが、問わなくとも解っている。

 あれがカラドボルグだと。

 メタリックに輝くブルーグレーの船体。先ほど見えた矢は、その艦のエネルギー砲だった様だ。当然コロニーの周囲に都度展開される光子防御壁が、それを難なく相殺する。反撃とばかりにコロニーから撃ち出される閃光は、しかしその艦を撃沈することは出来なかった。完全に直撃していると思われる射線。けれどそれは艦へと辿り着くことなく、ぶつりと消え去った。その消え去る直前、鏡面形状に粒子の様なものが輝くのが見える。

 途端に帰投していく、モルゲンロート以外の機体。

 『させるかっ!!』

 ヴェンツェルの声と共に、機体はその元僚機を撃墜した。

 聞くまでもなかった。ヴェンツェルのその行動で全てを察する。

 「やってくれるじゃない。オレ達、囮にしてくれた訳ね」

 皮肉気に笑ったライヒアルトは、心でそう呟き、コンマ数秒の躊躇いもなくヴェンツェルに続く。

 「行かせるかよっ!!」

 無謀とも思える動きで機体を操るライヒアルトと共に、シェスティンの機体もまた容赦なくかつての味方に襲いかかっていた。

 目の端にHUDへポップアップ状態で表示した映像を捉えつつも、ライヒアルトの射撃の精度は高い。

 そのいきなり出現した艦は、砲撃の隙間をつき、コロニーへと接近したかと思うと、艦の行く先が、何かに押しつぶされるかの様にして崩壊して行く。

 「……何なんだよ、あれっ?!」

 視界に入ったあまりな光景に唖然とするも、コンソールパネルとサイドスティックとに忙しなく手が動く。

 半円状に崩れ落ちて行くコロニーの外壁。まるで腐った林檎が(ひしゃ)げる様に潰された後、衝突したかに見えるそこだけが消滅して行くのだ。そこには爆発すらない。ただ、カラドボルグを覆う何かに耐えきれず、徐々に消えて行く。こんな崩壊の仕方は、見たことがない。

 そう考えるライヒアルトだが、悠長に眺めてる訳にはいかなかった。ロックオンアラートが機内に響いたのだ。にやりと笑ったライヒアルトは、機装セレクトパネルに指を滑らせて武器を選択する。

 「ちょっとばかり邪魔するぜ」

 元々モルゲンロートが割り入ってからは、彼らとモルゲンロートのみの戦闘だった。けれど他の機体が帰投しようとした時から、ほぼ乱戦状態に陥っている。帰そうとするモルゲンロートとそれを阻もうとするアーベント三機。

 小惑星群から徐々に離れつつあるのは解っていたが、それでも構わない。戻ろうと思えば直ぐに戻れる距離だった。

 漆黒の宇宙に飛び交う白い閃光は、遠目からは儚いイリュージョンの様に見えるだろう。宇宙と言う深淵は、自分の感覚だけが全てだ。その空間を上へ下へ、右へ左へと自在に機体を操り駆ける。

 ライヒアルトが、まるで自分がその宇宙の一部になったと錯覚する様な感覚に捕らわれた瞬間。

 『シェスティン、ライヒアルト。時間だっ!!』

 ヴェンツェルの声がそう知らせる。

 デジタルタイマーを見ると、定刻だ。

 彼らは今まで構っていた僚機になど見向きもせず、一気に小惑星群へと突っ込んで行く。ゆらゆらと前方を防ぐそれを、皮一枚で躱し、その奥底へと突き進んで行った。


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